Thank you 10000hit over!
This counter getter is "Kirika"

『この雨が上がれば……』 Written by Takumi


 深夜を幾ばくか過ぎた薄ら寒い夜。
 窓の外ではうっそりと大きな雨雲が月を隠していた。
 家政婦のフォイには2日間の休みを与えている。
 数日前、彼からの来訪の手紙を受け取ったときから全ては予想できたことだった。
「クリス」
 背後から躊躇うように声を掛けられれば、つきそうになる溜息を堪えて振り返る。
 ソファーに鎮座する長年の友。
 一目見て最高級品だとわかる仕立てのいいスーツは見慣れたものだ。ロスマイヤー家の長子が着るのであればこれぐらいは当然だろう。
 初めて会ったときからさほど変わらない、端整な顔立ち。年を追うごとにますます人を和ませる穏やかな雰囲気と独特の色気を纏うようになった。
 だが交わった視線はあまりに痛々しく、目を細めることでなんとか顔を背けたい衝動を押さえ込んだ。
 彼の手に収まったグラスが空なのを確認し、半ば話を濁すように声を掛ける。
「ブランデーのお代わりはどうです?」
 ミスタ・ロスマイヤー、と取って付けたようにその名を呼べば悲しそうな瞳が自分を捕らえた。
 その昔、何度も見た目だ。
 親友サイモン・ロスマイヤーの漆黒の瞳。見る度に様々な感情を宿すその二対の玉に、過去の自分はどれだけ翻弄されたことだろう。
 言葉を受けたサイモンがゆっくりと頭を振った。手にしたグラスをサイドテーブルに預ける。
「冗談はよしてくれ」
 冗談だと?そう思いたいのはこちらの方だ。
 咄嗟に出そうになった言葉を飲み込み、すんでの所で肩をすくめてみせる。彼の前で余裕を纏うことなど慣れたものだ。数年来の演技は既に自分の本性となりつつある。
「どうして今日、私がここに来たと思う」
「昔話で和むには少し遅い訪問ですね」
「クリス!」
 バンッと荒々しく拳をソファーの手すりに打ち付けるサイモンに、やれやれと首を振る。
「ではどう言ってほしいんですか」
「まずその口調を止めてくれ。吐き気がする」
 吐き捨てるように言われればこちらとしても従うほかない。自らのグラスにブランデーをつぎ足し、彼の隣へと腰を下ろした。
 微かにきしんだソファーのスプリング音にサイモンが微かに身じろぐ。それに気づかないふりをして、再びグラスに口を付けた。
「こんなやりとりを何度繰り返せば気が済むんだ」
 ブランデーを口に含んだところで押し殺したようなサイモンの声が届く。
 多忙な2人が顔を会わすのは良くて1ヶ月に1度だ。長ければ数年会わないこともざらだった。
 だがその度に敬語を駆使した会話をする相手に憤っているのだろう。もう何年も、この会話をなくして自分たちの会話は成立しなくなっている。ある種の儀式と言っても良いのかもしれない。
 だがそう思っていたのは自分だけのようだ。
 クスッと口端に微かな笑みを浮かべた。飲み込んだブランデーがスルッと喉を通っていく。
「君はロスマイヤー家の長子、私はただのしがない地球赴任の一軍人。つまりはそういうことだ」
 それこそ今更だろうサイモン、と要望通り名前を呼べば忌々しげな視線を投げられた。
 悔しげに唇を噛みしめる様は、昔とほとんど変わりない。
「そうやって自分を卑下するのはやめろと言ってるんだ」
「卑下などしてないさ。私は事実を述べたまでだ」
「だが私たちは……!」
 声を荒げたサイモンを制し、静かに首を振った。中身の入ったグラスをサイドテーブルに押しやる。
「昔のことだ」
 一喝し、窓の外に視線を向けた。
 ポツ…ポツ…と窓ガラスにいくつかの滴が浮かんだ。雨が降りはじめたか。
 思わず陰鬱になりそうな気持ちを鼓舞し、隣で拳を握り震えるサイモンの肩を叩いた。
 弾けたように顔を上げる様子にたまらず苦笑する。これではまるで捨てられた子犬のようだ。必死に主人の機嫌を伺い、不安定な感情に左右される。今のサイモンは……いや、いつでもサイモンは深すぎる情に身を滅ぼしてしまうのだ。
「いい加減忘れろ。あれはお互い割り切ってしたことだろう」
「……忘れられるのか、君は」
「忘れたよ」
「嘘だ!」
 みるみるその顔が苦悶に歪む。ギュッと握りしめられたスーツの裾はおそらく皺になるだろう。そんなことをぼんやりと考えながら、こちらを見据えるサイモンに静かに告げた。
「忘れた方がお互いのためだ……あれは排他的な、神に背く行為だった」
「神なんて信じてないくせに、こんなときだけ都合良く持ち出すのはよせ!」
 窓を叩く雨音が強くなった。
 それと同時に、サイモンの手が伸びてくる。掴んだスーツの胸元を力任せに引っ張られ思わずよろめいた。だがすんでの所で重なりそうになった唇を掌で覆うことで阻止した。
「クリス……」
 傷心を隠そうともしないサイモンの顔が目の前。
 同年代の間では若い方だと思っていた顔が、このときばかりは老け込んで見えた。
 ガクガクと震える彼の膝を触る。過剰なまでに反応した身体に大丈夫だと軽くさすった。
「私と君は友達だ。それ以上でも、以下でもない」
「でも私は君のことが……」
「多感な時期に君の誘いにつき合ったことは悪いと思ってる。だがあれはあの時だけの刹那的な感情でしかないんだ」
 すまない、と告げれば膝をさする掌に彼の手が重なった。微かに早まった動悸は悟られてはいないだろう。
 多感な時期。誘ったのはお前だと言いながらも、その実そうなるよう仕向けたのは自分だった。
 その身体を切望したのも、この関係がお互いの枷にしかならないことに気づいたのも自分が先だった。
 幕を開いたのなら、責任を持って閉じなければならない。そう思って数十年前、この関係に終止符を打ったのに。
 諦めきれないのは自分だけではなかった。
 だがそれを喜ぶにはお互いのリスクが大きすぎた。もうただの学生ではない。自分たちの関係を暴露したところで起きる影響は、人間2人の恋物語では済ませられないところまで来てしまった。
 おまけに愛だ恋だと言うにはもう歳を取りすぎている。
 若気の至りだと言うには無理のある歳だ。
 なにもかもが都合が悪く、それがよけいに自分たちの関係を否定されてるような感覚に陥った。
 だがこの気持ちをサイモンに悟らせるわけにはいかない。
 気がついたが最後、彼は全てを振り払ってでもこの恋を成就させようと躍起になるだろうから。そんなことはさせたくなかった。そんな展開がイヤで、自分はあの時別れを告げたのだ。
「君には素敵な女性が沢山いる。彼女たちに目を向ければいいじゃないか」
 内心とは裏腹の言葉を吐く。何度も繰り返した行為だ、今更自分に嫌悪感すら感じない。
 だが隣で身じろいだサイモンがふと顔を上げ窓の外を見つめた。
「雨が降ってたんだな」
 どおりで音がするわけだ、とはぐらかすような言葉を発するのを静かに見守る。答えたくないのなら答えなくてもいい。いや、答えてほしくないのはもしかしたら自分の方かもしれない。
「ああ、珍しくね」
「明日は晴れるかな」
 2人でそれまでのやりとりを忘れるかのように、窓を見上げる。
 いつの間にかザーザー降りになった雨が容赦なく窓を叩いていた。
「そうだな……」
 その様子をしばらく見つめ、考えるともなく言葉を続けた。
「明日とは限らないが、いつかは晴れるだろうよ」
 自分たちの関係のように。
 言外にそう含んだ言葉を聞きとめ、サイモンが微かに溜息をついた。
 そっと握られた手。
 だが振り払うことができず、しばらくそのまま止みそうにない雨音に耳を傾けていた。
 いつかこの空が晴れることを願って。


ああ、オヤジーズ最高!!(>0<)
現在オヤジモードの俺にとってこれほど嬉しいリクエストもない!(笑)
やはりオヤジと言うからには独特の雰囲気や、世間体を気にした言動とかをプッシュしないとね……というわけで、今回はこんな感じになりました。
サイモンがかわええのぅ……(=w=)←撲殺
しかし数週間前からずっと孤独に「クリス×サイモン!」と叫んでいた身としては、なにより形にできたことがすごく嬉しいです。内容はどうあれ(爆)
今回このような機会を与えてくださったきりかには心底感謝します。
これを機に、オヤジ好きが一人でも多く増えてくれると俺とI氏も多少は浮かばれる思いです(笑)
ということで、少しでも楽しんでいただければ幸いm(_ _)m

 

 


戻る