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『謹慎処分に反省文』 Written by Takumi


 やや曇り空。大気の様子は湿気気味。
 肌で感じる空気に小さく舌打ちし、パイロットは操縦桿を握る手に力を込めた。
 こんな日は小さな動き一つにひどく力を使わなくてはいけない。
 無駄な体力の消費は避けたいのに。
 そう内心思いながらも前方を行く真紅の機体に羨望の眼差しを向ける。
 自国が誇る空のエース。
 その彼をこんな近くで見られることに今は満足しよう。
 操縦士ヘルマン・ゲーリングは偵察中であるというにも関わらず、いやそれとも偵察中だからか、周囲のことはお構いなしに上司レッド・バロンのあとを舐めるように見つめた。
 だがそれも思わぬところで急変する。
 前方に突如現れた数機の複葉機―――連合軍だった。
 瞬間的に隊全体に緊張感が走るのがわかる。ゲーリングも例外なく顔つきを改め前方を睨み付ける。
 数発の銃弾をすれ違いざまギリギリによける。だがそのとき視界に映ったヒヨコ・マーキングを目にした途端何かが切れた。
「ヘルマン……ッ!」
 聞こえるはずもないレッド・バロンの声を聞いたような気がしたが、構わず隊を抜けてスパッドを追いかける。
 奴は俺がしとめるんだ。
 乾いた唇を舌で舐めとり、強く自分に言い聞かせた。
 操縦桿を握る手が手袋の中でじっとりと汗ばむ。
 全ては緊張からか、それとも喜びからか。複雑な想いが胸の内でごった返す。
 大空を翔けるバカは、時に自分の命すら粗末に扱うモノだと言ったのは果たして誰だったか。
 そんなことを考えながら、ゲーリングは機銃に手を伸ばす。
 スパッドは射程距離内に入った―――。

「謹慎!?」
 素っ頓狂な声をあげたゲーリングに、隣で食事をしていたロタールは苦笑し、目の前のレッド・バロンは変わらぬ微笑みを浮かべた。
 夕飯時、珍しくレッド・バロンと近い席になったことで喜んでいたのに。
 食べかけのスープがスプーンからボタボタ垂れるのも気にせず、ゲーリングは呆然と柔和なその笑顔を見返した。
「あ、の…今なんと……」
「だからしばらくの謹慎だと言ったんだよ」
「どうして……」
 ようやくスプーンをテーブルに戻し真摯な瞳で見返すゲーリングにクスッと笑みが返される。わかってないのか、と言うように少し困った感じで。
「最近のお前の行動は少し目にあまるからね。私は良くても、他の者に示しが付かなくなるんだよ」
 身に覚えがあるだろう、と上目遣いで訊ねられれば思い当たることは両手で数えても余るぐらいだ。
 おまけに今日の偵察が決定打というところか。
 最終的には突如降り出した豪雨のおかげで獲物を逃したが、隊を乱した責任は重いぞ、と着陸後ロタールに苦笑がちに言われたのを思い出す。
 たしかに責任はゲーリングが考えてる以上に重かったらしい。
 だがだからといって謹慎とは。そんなことを受けるのは士官学校以来だ。
「ですが……」
「今回は大人しく受けた方がいいよ、ゲーリング」
 なおも言い募ろうとしたところで、隣からロタールの声が混じった。
 布巾でこぼしたスープを拭いてくれているのは元来の世話好きによるものか。
 だがそれに対してお礼を言う余裕すら、今のゲーリングにはなかった。
「しかし今私が隊を抜ければどれほど影響が出るか……今の戦況をわかっておいでですか?」
 傲慢とも思える台詞。
 だがそれを言えるだけの実力をゲーリングは持っていた。そして周囲もそれを認めている。
 だから今の戦況から見て自分を外すわけがないだろう、と高をくくってみたのだが。
「しばらくは私が前線に出るからその心配はないよ」
「大尉自らが、ですか!?」
「そうだけど……なにか都合が悪いかな?」
 都合が悪いもなにも、空の悪魔と言われるほどの、飛行戦法においては世界一と見なされているレッド・バロンだ。彼と同じ飛行を1回体験することは、他の隊長と10回の飛行を体験するに等しいとまで言われている。
 だからこそ、レッド・バロンの指揮する中隊には誰もが憧れ、また入隊すればめきめきと頭角を現すようになる。
 最近は指導に徹しているためか、レッド・バロン自身が攻撃に回ることは滅多にない。その彼が、自分の謹慎中に限って連日攻撃に徹しようと言っているのだ。
 ゲーリングでなくても、この事態には食ってかかりたくなるだろう。
 おまけにゲーリングは血の気が多い。当然予想もしなかった出来事に身体を震わせテーブルに拳を打ち付けた。
「納得いきません!大尉自らが出る必要などどこにもないですよ!」
「だが今お前はこの戦況がわかってるのかと……」
「あれは言葉のあやです!」
 隣でやりとりを聞いていたロタールがプッと吹き出すのがわかった。だが一度頭に血の上ったゲーリングはそう簡単には落ちつかない。
 ざわついた食堂の中で激昂する彼はひどく目立つ。そのためか、食堂はいつしかシーンと静まり返っていた。
 何事だ、と誰の目も奇異の眼差しでゲーリングを見やる。
 それを感じたゲーリングが更にイライラとこめかみをひくつかせながら、大げさに両手を広げて見せた。
「この中で俺に文句のある奴がいたら名乗り出ろ!陰口で大尉に俺を謹慎させようと仕向けるなんてやり方が汚いぞ!男なら正々堂々と正面から文句を言ってこい!」
 どうだ、とばかりにそれまで座っていたイスを盛大に蹴り上げた。
 ものすごい音がして、木製のそれが木っ端微塵となって食堂隅へと転がる。
 だが誰1人として手を挙げ名乗りを上げる者はいない。
 ぐるりとそんな食堂を認め、満足そうに頷いたゲーリングは再び目の前のレッド・バロンに向き直った。
「どうです。これでもまだ私を謹慎処分にしますか?」
「そうだね……」
 指を組み、そこへ顎を乗せたレッド・バロンがゆっくりと唇を開く。だがすぐさま組んだ指を外し、食堂隅で転がっているイスを指さした。
「器物破損の罰で3日間の謹慎と、反省文の提出だ」
「…………は?」
「ぷっ…くくくく……あははははは……!」
 目を丸くしたゲーリングを見て、たまらずロタールがテーブルに突っ伏して笑い出す。
 それを機に、再び食堂にざわめきが戻った。
 どうせまたゲーリングがバカなことをしたんだろう、誰もがそんなことを思いながら。
 その後ゲーリングが3日間の特別休暇を使って3枚の反省文を書いたということは、歴史には残らない、だが小さな事実だった。


バカで怪力なゲーリング……そんなイメージしか受けられない今回の作品(爆)
でもやはりドイツ軍3人組は良いコンビですよ(笑)
ボケ・短気・仲介が揃ってて(笑)←誰がどれかはあえて言わない
天バカは次回の雑誌連載で終わりなんだけど、また文庫になったときに燃えるんだろうね(笑)
そのときはまたなにかしたいと思うのだが。
ひとまず、今回はこんな感じにしてみました。
少しでも楽しんでもらえれば幸いですm(_ _)m

 

 


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