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『婚約指輪』 Written by Takumi


 ―悪いが、娘との婚約は破棄させてもらう―
 突如言われた言葉を理解するのにはかなりの時間を要した。
 そして理解した瞬間、相手に食ってかかった自分がいた。
 どうしてですか、と。
 すると返ってきたのはあまりにも冷淡な答え。
 それは君が一番良くわかってるはずだ、と。
 なにがいけなかったのだろう。
 それほど、航空部隊に転属することはいけないことなのだろうか。
 常に危険にさらされているから?死亡率が高いから?
 でもなぜ、私が生き残るかもしれないとは考えてくださらないんです。
 そう言いたかった唇は、だが側で諦めたように頭を項垂れた彼女を見た瞬間、凍り付いた。
 
「………………」
 嫌なことを思い出した。
 もう何年も前のことになるのに、今みたいに気分が鬱になってるときに限って蘇る。
 大好きだった彼女との婚約破棄。
 半ば一方的に断ち切られたそれに、当時はひどく相手の両親を恨んだものだが。
 自分が彼女の父親なら、同じようなことをしていたかもしれない。最近はそう思うようになった。
 当時は英雄として扱われていた飛行機乗りも、今や使い捨ての兵士と同じ扱いを受けている。いつ死んでもおかしくない状況、そんな場所に身を置いている相手との不安定な婚約など、たしかに断らない方がおかしい。だが……
「好き…だったんだがなぁ……」
 呟いて、フォークの先で皿の上に乗ったブロッコリーを突っついた。
 その鮮やかな緑色が彼女の瞳を思い出させたのか。我ながら感傷的な考えに苦笑を浮かべる。
 まったく、なにを弱気になってるんだか。
 たかがほんの少し機体に弾を食らっただけじゃないか。ほんの少し、グラついただけで相手のスコアにもなってないってのに。
「なんだかなぁ……」
「なにがなんだかなの?」
 ひょい、と隣から伸びてきた手がブロッコリーを摘んでいった。
 脳天気な声。顔を確かめなくてもわかっている相手に、溜息を返す。どうせこいつには俺のこの繊細な気持ちはわからないだろう。
「お前には関係ない」
 素っ気なく答えれば「つれないなぁ」の台詞と同時に勧めもしない隣の席にちゃっかり鎮座する青年が1人。
 柔和な笑顔は兄同様、その本性をなかなか相手に読ませない。
 ロタール・フォン・リヒトホーフェン。
 彼の人と同じ姓を持つこの青年を、羨んだときもあった。だが時折見せる瞳の影に、彼自身その姓の重さに耐えているのだと知ってからは見る目が変わった。
 彼も1人の、自分と何ら変わりのないただの男なのだと思えるようになった。そうすることで、自然ロタールとの距離も縮まり今に至る。
「元気がないからどうしたのかと思って声をかけたのに」
「ご苦労なことだ」
「……もしかして恋煩い?」
 前触れもなく言われた言葉にフォークの先で突っついていた人参が皿から飛び出した。
 行儀が悪いなぁ、と笑いながらそれを摘みあげたロタールをしばらく見つめる。
「なに?どうかした?」
 そんな自分の視線に気づいたロタールが怪訝そうに首を傾げる。
 どうか……したんだろうな、きっと。
 今一瞬、こいつに昔話をしてしまいそうな気持ちになってしまった。緑の瞳が印象的な可愛い娘と、航空部隊への転属を志願した若者との悲恋を。
「いや、なんでも……たぶん、ナーバスになってるんだ」
 気にしないでくれ、と言えば苦笑を浮かべたロタールが肩をすくめてみせる。
 その顔が気に入らなかった。まるで小馬鹿にしたような、そんな表情。
 だからキッと鋭い視線を投げつける。微かにひるんだ彼が誤魔化すように先ほどの人参を弄んだ。
「まぁ、今はちょうど五月病の時期だから。そのせいかもしれないね」
「………そうだな」
「でもほら、ゲーリングなら大丈夫だよ」
「なにがだ」
 たしかに俺は格好いいし、世界的なエースだから女は選り取りみどりだ。
 そんなことは言われなくてもわかっていたが、やはり人の口から言われると改めて気分が良くなる。そう思って口にしたのだが、返ってきたのはロタールの爽やかすぎるほどの笑顔。
「失恋しても僕が最終的には引き取って上げるから♪」
「なっ…なんだと!?」
「大丈夫だよ、うちは両親共に息子のことには寛容な方だし。家のローンだってお互いの給料を合わせればすぐ返せるよ」
「そ、そういう問題じゃないだろ!」
「じゃあどういう問題?」
 どこまで本気なのか。
 目の前でにこやかに笑むロタールを見ていると脱力してしまいそうになる。
 ここでなにを言っても無駄という気がしないでもないが、一応無駄を承知で説教しよう と唇を開いたとき、
「あっ…そうか!」
 なにが、そうか、なのか。大声で閃きを明らかにしたロタールがパタパタと自分のポケットを探り、1枚のハンカチを取り出す。
「ゲーリング、左手出して」
 次いで強引にこちらの左手を引っ張ったと思うと、クルクルッと器用に薬指にそのハンカチを巻き付ける。嫌な予感がした。
「ほら、これで婚約指輪もバッチリ♪」
「…………ふ、ふざけるなぁーーッ!!」
 満面の笑みを浮かべるロタールを見た瞬間、頭の血管が何本か切れる感触を覚えた。
 大声を上げながらイスから立ち上がり、ハンカチを結わえられた左手をブンブン振る。
 だが意外にも強く結ばれたそれはなかなか離れようとせず、それどころかますます指を締め付ける羽目になった。
「え、ダメ?やっぱりハンカチよりスカーフの方が良かった?」
「だからそういう問題じゃないと何度言ったら……!」
 怒鳴る傍らで意識が遠のくのがわかる。
 あぁ、やっぱり今日は厄日だ。
 ヘルマン・ゲーリング。
 どうやら俺には一生、平安の恋は訪れないらしい……


どのへんが傷心なのか……書いてる俺が?(爆)←際どい洒落はやめましょう
とはいえ、そもそも美生さんから頂いたリクエストは、
『婚約者に振られ傷心気味のゲーリングとか、一年の半分は病院生活経験者のロータルの入院生活とか、亡きレッド・バロンのことを語る二人とか』
という、総じてほのぼのしたドイツ軍が見たいという要望だったので(笑)
今回はこれで勘弁してもらえないかな〜、と。
でもゲーリングとロタール。無事嫁げばどちらが玉の輿になるんだろう?(笑)←そんなことはあり得ません(素)
なにはともあれ、少しでも楽しんでいただければ幸いですm(_ _)m

 

 

 

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