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『チョコレート』 Written by Takumi


 彼の私を見る目が時々怖い。
 感情のない灰色の瞳に映る自分は、果たして本当に自分なのかと。
 カリエ・フィーダという人間を見ているのかと不安になるから。
 同じ顔をしているという理由で、ある日有無を言わさず連れてこられた。
 彼の敬愛する主人、アルゼウスと瓜二つの自分。
 幾度も剣を交え、言葉を交わし、だがその実彼が誰に向かっているのかがわからない。
 目の前にいるのは私なのに。
 その瞳はなにを、誰を見ているのか。想っているのか。
 時折、意味もない不安に駆られる―――。

「脇が甘い。腕を一定の高さに保てと何度言えばわかる」
 何度目かの注意と、同時に腕に走った痛みに思わず剣を取り落とす。
 慣れない剣術の修行は柔らかだった掌を血塗れにさせるほど厳しい。だが弱音を吐くのは嫌だった。そうすることで、エドが次に言う言葉を自分は知っているから。
「わかってるわよ!」
 だからすぐさま落ちた剣を拾い上げ、言われたとおりの型を作る。
 腰を低く落とし相手の瞳を睨み付ければ、忌々しいほどに落ち着いた灰色の瞳と目が合った。その瞳が、来い、と無言の合図を送る。
「………はっ!」
 タッと地面を蹴り目の前の男へと飛びかかる。
 キンッ…と交わった切っ先。
 だが次いで刀身に与えられた衝撃に、柄を握る手がたまらず滑った。無機質な音を立てて地面へ転がった剣を拾おうと慌てて身を屈めれば、耳横を掠めるように切っ先が通った。
「今のでお前は死んでたぞ」
 冷ややかな声。見なくてもわかる無表情。
 彼のそんな態度が癪で、乱暴に剣を手に取り立ち上がる。
「………わかってるわよ」
 だが先ほどと同じ言葉しか返せない。
 それ以外のことを口にすれば、彼がまた「あのこと」を持ち出すから。それを聞くのが嫌で、ここ数日は取り憑かれたように練習をしていた。
 私なりの意地。私なりの精一杯。
「続き、やるんでしょ」
 それでもやはり感情を殺すことは難しくて、ついふてくされた声が出る。思い通りに動かない身体に腹が立つのか、エドの態度に腹を立てているのかもうわからないけど。
 そんな感情全てから切り離されたくて、身体を動かすことに没頭する。
 そうすれば、夜にはなにも考えずに眠ることができるから。
「……なにをそんなにムキになってる」
 だが今日はそんな私の反応に険しい表情で問いただすエドがいた。
 答えたくなくてそっぽを向く。
 するとわざとらしいまでの溜息をついて、エドが耳慣れた小言を口にした。
 私の一番聞きたくなかったこと。一番、忘れたかったことを。
「殿下はいくら必死であられても、気品だけは失わなかったがな」
「………そう」
「あの方は生まれながらにして皇子としての気品と気質を兼ね備えられてらした。もちろん文武の方でも幼い頃から秀でておられ、それでいて少しも傲ったところがなく……」
 延々と続くエドのアルゼウス賛歌。
 一言言われる度に胃がキリリと痛む。そんな繊細な質ではなかったのに、彼の言葉を聞けば聞くほど自分の存在を認めてもらえないようで、ただ苦しかった。
「それに比べ、お前は………」
 言葉は起爆剤。
 胸の内に溜めていたなにかが、その一言でカッと熱くなるのを感じた。
「悪かったわね!どうせ私はあんたの尊敬するアルゼウス様とは雲泥の差よ!私がどんなに努力したって彼には敵わないんでしょ!なら最初から高望みなんかしないでよ!」
 気がつけば怒鳴っていた。
 今まで堪えていた、アルゼウスに対する劣等感。
 そんなものを感じている時点で自分が情けなかったが、今はもうそんなことを考える余裕すらない。
 目の前で微かに目を見開いたエドを相手に、溜めていた全てを吐き出すようにがなり立てる。気品高きアルゼウス様とはほど遠い、だがカリエ・フィーダという自分を嬉しいほど実感しながら。
 鼻の奥がツン…としかけるのを意識しないように声を限りに怒鳴った。
「殿下殿下殿下……もういい加減うんざり!私はアルゼウス様じゃないし、たとえ彼に成り代われても彼自身にはなれないのよ!だから……」
 それから先は言うつもりなんてなかったのに。
 激昂した唇が、止めようとする理性に反抗してその言葉を発してしまう。
 言っちゃだめ。
 そう思うのに、うっすらと浮かんだ涙が視界をぼやけさせるから、なにもわからなくなってしまう。
「だから私を見てよ……ッ!」
 悲鳴のように絞り出した声。
 エドの顔を見る勇気がなくて、剣を放り出してその場を駆け出した。
 言うつもりなんてなかった。こんな弱い自分、エドに晒すつもりはなかったのに。
 どうして―――。
 頬を伝う涙がただ悲しみだけを伝えるから。
 考え事になんか、集中できなかった。

 コンコン……
 遠慮がちなノックの音。
 ベッドからのろのろと起きあがる。誰か、なんて聞かなくてもわかってた。
「………開いてるわよ」
 静かにそう声を掛ければ、遠慮がちに扉が開く。今一番見たくなかった男が、馬鹿の一つ覚えみたいに盆を持って部屋に入ってきた。
「………………」
 一言も言葉を発することなく、慣れた仕草でホットチョコレートを小卓に置く。
 いつもなら心躍る風景で、彼がいなくなるのを待ってから飛びつくように口を付ける夢のような飲み物。
 でも今は少しも飲む気が起きない。
 むしろ、昼間のことがあったにも関わらずいつも通りの態度を取るエドの無神経さが癪に障った。
 飲んでやるものか。
 下らない意地だということは十分承知でそんなことを思う。
 ここで飲んでしまえば、彼にすっかり餌付けされてしまったということになる。
 自分がそんな単純な人間だと思われるのは嫌だった。なのに……
「これはお前のチョコレートだ」
 扉付近まで帰ったエドが、ふと思い出したように振り返ってそう言う。
「…………え?」
 思わず聞き返せば、視線を合わせようとしない彼がそれでも同じ事を繰り返し口にした。
 ひどく言いづらそうに。微かに恥ずかしそうに。
「俺はお前を相手にしてきた。お前を皇子と思って見たことはただの一度もない」
「エド……」
「それだけだ」
 明日も早いぞ、そう言って扉の向こうに消える長身。
 残されたのはゆったりと湯気を上げるカップが一つ。恐る恐る手を伸ばし口を付ければ、じんわりと広がった暖かさに緩くなった涙腺から再び涙が出そうになった。
「…………美味しい」
 小さく呟いて、身体を抱きしめる。
 私は私だ。
 カリエ・フィーダという、小さな山村で育った極普通の娘。
 自分の存在を確認してから、手にしたカップの温かさに小さな笑みが浮かんだ。
 不器用な彼の不器用な慰め。
 あいつも思ったほど悪い奴じゃないらしい。
 いつもより少し甘いチョコレートがその証拠のようで、照れ隠しに私は残りを一気に飲み干した。


『血伝ならエドvカリエの幸せでらぶらぶな話』
そう掲示板で言われ、そのつもりで書いていったはずなんだが……あれ?(爆)
なんか暗いんじゃない?カリエ、泣いちゃったりしてるんですけど!
どういうことだろうね、これは(^-^;
エドのせい?(笑)←なんでじゃ!
でも意外なことに、これが俺の初エド&カリエだったりする(笑)
血伝で色々な際モノカップルを手がけてきたのに、王道とも言えるこのカップリングに手を出してなかったとは……まぁ、どうせ本編で幸せになってくれるからね(撲殺)
いや、でも今回は本当にどうなんだろう……ゆりさん、どうです?(^-^;
少しでも楽しんでいただければ幸いですわ。

 

 

 


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