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『焦りと願いと告白と』 Written by Takumi


 ゆっくりと右足を持ち上げる。
 鉛のように重いそれに戸惑いながらも、なんとか再び床に着地させ体重移動を試みた。
 じわりと右足に掛かる慣れない重み。
「………痛ッ!」
 瞬間背中に走った引きつるような痛みに思わず顔をしかめた。
 倒れそうになるところを、間一髪で壁により掛かって事なきを得る。
「くそ……」
 痛みを堪えるように噛みしめた唇から焦りを含んだ声が出る。うっすらと額に浮かんだ汗が気持ち悪かった。
『なんだ、もう諦めるのか。情けないな』
 ミューカレウス、と突如どこからか自分を嘲るような声が聞こえる。少年独特の変声期前のもの。
 忘れたことなどない。これまで何度、その声を頭の中で反芻してきたか。
『それともお得意の父上にでも告げ口するか?ああ、それも良いかもしれないな』
 相変わらず1人じゃ何もできないんだろう。
 ふふん、と鼻を鳴らす音すら聞こえそうで。
 憎まれ口を叩かれているにも関わらず、つい苦笑が浮かぶ。
「黙れよ」
『黙れ?私が黙ったところでなにか変化でもあるのか?へぇ、それが何かぜひ教えてもらいたいな』
 目を閉じれば肩をすくめる彼…いや、彼女の姿が瞼の裏に鮮やかによみがえる。
 最後に彼女を見たのは、手傷を負った自分を守ろうとする小さな背中。
 震える手には血で塗られた短刀が握られていた。こちらに背を向けた彼女の表情は見えない。
「アルゼウス」
 名前も知らない彼女の偽名は自分の義兄の名だった。
 だがその事実に気づいてすぐ、事件に巻き込まれた。
 今も背中に残る手術の痕は痛々しいまでに存在を誇示しているらしく、着替えの手伝いをする侍女が未だ背後で密かに息を飲んでいるのがわかった。
 だが気になるのはそんなことではない。
 この傷を受けたことでアルゼウスがどれだけ責任を感じているのか、想像するといても立ってもいられなかった。
「違う」
 お前のせいじゃない。
 そう伝えたくて、もう一度彼女に会いたくて。辛いリハビリにも耐えているのに。
 まるで身体全体が自分の物ではないような錯覚に陥りそうになる。
 早く、とどこかで声がする。
 急いでいるのは自分なのに、その想いに身体がついていこうとしない。
 それがひどくもどかしかった。
 そうこうしてる間にも彼女は一人で思い詰めているかもしれない。自分のことを忘れてしまうかもしれない。
 妙な不安に苛まれる。
「忘れるなんて、許さないからな!」
 壁に拳を打ち付けた。鈍い音がしてじわりと伝わる痛みに舌打ちする。
 早く会いたかった、彼女に。
 そしてあの海のような瞳に見据えられたかった。黄金色の髪に指を絡ませたかった。
 好きだと、伝えたかった。
 初めて異性に抱いた感情に戸惑いを覚えつつも、漠然とした幸せを感じていた。これまで感じたこともない、充実感。
 だがそれを感じる一方で、彼女の苦しみを想いどうすることもできない自分の現状に歯噛みした。
 アルゼウス行方不明の噂はここまで届いている。だがあの彼女が大人しくやられているはずがない。
 彼女はどこかで生きている。
 そう、どこかで確信していた。
 だから……
「早く…少しでも早く……」
 力強い腕を。俊速な足を。彼女を守るための力を自分に。
 痛みを訴える足を無理矢理立たせた。壁に手をつき、ゆっくりとだが確実に歩き出す。
「待ってろよ…僕が行くまで、待ってろ」
 再び彼女の目の前に現れる日を夢見て。
 この腕に再び彼女のぬくもりを感じる日を思い。
「あ〜あ……」
 ふぅ、とため息をつく。痛む膝に手を当て、天井を仰いだ。
 しみ一つないそこに彼女の笑顔が浮かぶ。
「名前ぐらい聞いとくんだった」
 悔しそうに舌打ちしたところで再び歩き始める。
 もう痛みは気にならない。
 それは彼女との再開を暗示する、唯一確かなものだから。
 第四皇子、ミューカレウス。
 彼の野望がその後現実になったかは、いずれわかることである。


あれだけ待ってもらって結局これか……というため息が聞こえてきそうだ(-_-;)
おかしい。血伝は得意なジャンルだったのに。
ミュカに対する期待も日に日に増していったはずが…文章力が追いつかなかった結果だろうか。
なんにせよ、今までのリクエストの中で一番難産だったことはたしか。
神崎さん、いかがでしょう?(T-T)
ミュカに関する小説は改めてなにかしっかりしたモノを書きたいところです。
それこそ兄上を凌ぐほどの美男子になったミュカが白馬に乗って登場するぐらいのやつを……(笑)←しっかりか?
今回は少しでも…微塵でも楽しんでもらえれば幸いです。

 

 


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