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『父として』 Written by Takumi


 ガブリエーレ・ミノーニ中尉の密やかなる習慣。
 自室の机に座り、引き出しから一枚の便せんを取り出す。ペンを片手にスラスラと紙面に文字を書きつづった。
『拝啓。ミノーニ家の皆様』
 やや角張った、だが本人同様几帳面な文字が形良く並ぶ。
 家族に宛てた手紙だった。これが彼、ミノーニ中尉ことパードレの毎週欠かさない習慣の一つ。他にも毎日の祈りや告解と彼自身の習慣はあるが、この作業が目下彼の最も楽しみとするものだった。
『元気にやっていますか。こちらでは日に日に戦争が激しくなっています』
 冒頭には決まり文句と近況。
 子供達があまり心配しないよう、言葉を選んで書いている。まさかここで「今日は敵を何機撃墜した」と書くほど彼も馬鹿ではない。
 だがペンを運ぶ顔が微かな笑みを浮かべていることに本人は気づいているのか。
 時折顔を上げては、傍らに置かれた数枚の封筒に目をやりその一つを手に取る。読み返しすぎて少しへたれた紙に、妻の読みやすい字が並んでいた。
『娘達も最近ではませてきたのか、好きな男の子の話をしているようです。私が聞いても教えてくれませんが、意中の彼がいるのではと思っています』
 その部分を読んだパードレの顔が少し曇る。
 まだ五歳になったかならないかの娘に既に思い人がいるという事実は、父親にとっては面白くないものだ。
 ペンの先をこめかみに押し当てながら、小さくため息をつく。
「少し前まではパパが良いって言ってたんだがな」
 脳裏に浮かぶのはどちらが父親のお嫁さんになるかで喧嘩をしていた娘二人。
 今思えば、幸せな記憶だ。
 さてどうしたものかと、返事に窮してイスの背もたれに身を預けたところで、背後の扉が前触れもなく開かれた。
「よう、パードレ。入るぜ」
 言い終わる前に既に入室を果たし、ベッドにどっかりと腰を落ち着けたのは先ほど基地のバーでウォッカのがぶ飲みをしていたピロシキ本人だった。
 あれほどの酒を飲んだというのに顔には全く出ていないのはさすがというべきか。
 だが同時に、さりげなく机に広げた便せん類をひきだしに隠したパードレも相当なものだ。
「なにか用か」
 イスを動かし彼と対峙してみれば、いいや、とばかりに顔を振る彼が目の前。
「別に用ってわけでもないんだけどね。ちょっと暇だったからお前はどうしてるかな〜と思ってさ」
 かかかか、と快活に笑うピロシキ。
 まるっきり他人の迷惑を考えずに行動する男で彼の右に出る者はいない。
 そんな彼を呆れとも取れない表情で見ていたパードレが一瞬目を見開く。そうだ、とその唇が声に出さない形を作った。
 ごほん、と一つ咳をすれば予想通り褐色の瞳が、なに、とばかりに自分に向けられる。
「少し聞きたいことがあるんだが」
「お前が俺に?」
 珍しいこともあるもんだ、と面白そうに呟く彼を無視して極力平静を装いながら言葉を続けた。
「異性に好きだと言われたのはいつ頃からだ」
「…………熱でもあるのか?」
 至極まじめな顔で額に手を当ててきたピロシキに、普段は無表情な顔がややムッとする。
 だがここで事実を言うのはさすがに恥ずかしい。
 まさか娘へのアドバイスの参考にさせてくれなどと、言えるはずがなかった。そっぽを向き、何気ない風を装いながらその実頭では計算に余念がない。
「別に話したくないなら話さなくていいぞ」
「だ〜れもそんなこと言ってないでしょ」
 愛の告白ねぇ……と、案の定作戦に乗ったピロシキがう〜んと首をひねる様子をしばらく見つめる。
 こいつにもそんな相手がいたのか、とはあえて言わないところにパードレの賢明さが伺えた。だがそんな彼も所詮は恋愛経験の少ない一男子だった。
 そういや、と言葉を続けるピロシキを今度は食い入るように見つめる。
「たしか五歳の時に幼なじみから結婚しようって言われたのがはじめかなぁ……」
「………五歳、なのか」
「可愛い子だったぞ〜。髪の毛なんかもくるくるで」
 思い出し笑いに顔をにやけさせたピロシキとは対象に、パードレの顔はひどく沈んでいる。実のところ、彼の娘も髪の毛はくるくるで愛らしい顔立ちをした美少女だったのだ。
 どうするべきか、と思案顔で乾いた唇を舐めれば、面白そうに当時を回想しているピロシキが言葉を続けた。
「思えばあれが俺の初キスだったんだよな〜。いや〜、我ながらませたガキだった」
「キ、キスだと!?」
 その言葉に、それまで極力無表情を決めていたパードレが突如立ち上がった。
 勢いに気圧されたイスが大きな音を立てて床に転がる。
 どうしたんだ、とばかりに怪訝そうな顔をしたピロシキが、おいおい、と宥めるようにその方を叩いた。
 その顔を見返したパードレの瞳が尋常でない光を宿していたことに、果たしてこの陽気なロシア人は気づいていたのか。
「な〜に今更キスの一つや二つで驚いてんの。ガキじゃあるまいし」
 怖いモノ知らずの台詞に、だがパードレは蒼白に近い表情で応える。
 それじゃあ……と小さく唇が声を発したのが微かに聞こえた。
「今まで何人の女性をたぶらかしてきた」
「たぶらかしたなんて人聞きの悪い」
 大げさに肩をすくめてみせるピロシキ。
 だがすぐさま真剣なパードレの顔に気づき、慌てて両手を目の前に広げ指を折り出す。
「えっと…まず初恋の子だろ、それから近所の女の子が三人と、小学校で二人、たまたま酒場で知り合った子達が……ざっと見ても二十人ぐらいかな」
「…………よくわかった」
「あ、もしかして行きずりの女の子達も入れないとダメとか?」
「…………いや、いい」
「そっか?でもなんでこんなこと急に聞いてどうしたんだよ」
 俺に対抗する気だったのか?などとペラペラと愉快げに喋り続けるピロシキだが、それに応えることもなく、パードレがベッドに座った彼を毛布ごとベッドから引きずり降ろした。
「うっ…わ!なにすんだよ、危ないだろ」
「いい加減部屋に帰れ。俺まで酒臭くなる」
 心底嫌そうな顔をしてみせれば、わかったよ、とばかりに渋々部屋をあとにするピロシキ。
 どうせ再び基地のバーに戻って、そのまま夜を明かすつもりだろう。
 バタン、とドアが閉まるとそれまでの喧噪が嘘のような静けさが訪れる。
 一つため息をつき、床に転がったイスを起こしたパードレが思い出したように引き出しから先ほどの便せんを取り出した。
 慌てて押し込んだせいか、少し皺の寄ったそれを丁寧に手で伸ばしながら考えること数分。
「……………」
 再びペンを手に、最後の〆の言葉を手紙に添えた。
 その言葉とは―――
『追伸、陽気なロシア人には気をつけなさい』
 どんなに厳粛な司祭様も、所詮は人の子、父親である。
 手紙を読み直し、満足げに頷いたパードレは丁寧に便せんを封筒に入れた。
 その脳裏には、可愛い愛娘達の笑顔が浮かんでいたに違いない。


親馬鹿パードレ(笑)
俺の中で彼は作中一の親馬鹿なんですよ……って、他に家庭持ちのキャラはいないけど(笑)
でもシマダさんのリクエストには「ラテン人」という注釈があったんですよね(^-^;
…………どこがラテン人なんだ、俺。
本当なら手紙の存在に気づいたピロを誤魔化すためにパードレがタンゴを踊り出す、というシーンも考えたんですが(笑)いい加減彼を馬鹿にしていたのでやめました(笑)
やめて正解だった(=w=)
とはいえ、ピロの女歴は個人的に非常に気になるところです。
過去に一度、大恋愛を経験したのでは……と予想なんかをたててるんですが(笑)
なにはともあれ、少しでも楽しんでいただければ幸いですm(_ _)m

 

 

 


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