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『雪解けに、君を想ふ』 Written by Takumi


 雪が降った。
 季節などない、火星という名の地で。
 人工的に作られた、かつての故郷を夢見た名残の産物がはらはらと。
 無数に散るそれらを見上げ、二人の少年がそっと互いの手を繋ぐ。
 握り合ったのは果たしてどちらからか。
 繋がった掌から伝わる温もりに涙したのは、雪が解けたせいだと囁く少年。
 そんな彼を間近に見つめ、頬にキスをした少年を雪は優しく包み込んだ。

 辺り一面を覆う銀世界。
 足跡一つないそこに、そろりと足を踏み出した少年が微かに頬を上気させる。
「すごいね、ヴィクトール」
 振り返り、自分と瓜二つの顔をした少年を呼び寄せる。
 無言で近づいた彼に手を伸ばし、埋まった足を抜こうと奮闘すれば呆れたような声が耳の近くで響いた。
「子供じゃあるまいし」
 雪なんて珍しくもないだろ、と微かにあどけなさを残す表情とは裏腹に、感情に乏しい声が少年の唇から発せられる。
 クスッとその言葉に笑みを浮かべ、無事足を抜き出した少年が勢いのまま目の前の彼に抱きついた。
 至近距離に迫ったブルーグレイの瞳と、微かに上気した頬にしばし見とれる。
「だってこんなに積もるなんて久々だよ?」
「気象庁が降雪量を間違えただけだろ」
「そうかもしれないけど……ほら、覚えてないかな」
 五年前のこと。
 続けた言葉に彼、ヴィクトールが微かに顔を曇らせたのを見つけ、アルトゥールは微笑んだ。
 あの日も希にみる降雪量で、施設を出て以来はじめて見る銀世界に二人して顔を輝かせた。
 雪だるまを作ろう。
 そう言いだしたのはアルトゥールから。
 渋るヴィクトールの手を取り、庭へと駆け出した。
 だがやはり所詮は子供のやること。転がした雪の塊は、結局二人の頭の大きさにも満たないものだった。
 頬を上気させ、息を弾ませてできあがったばかりの雪だるまを見れば、しばらくしてヴィクトールが再び手を動かし始めた。
 どうしたの。
 尋ねても答えは返ってこない。
 黙々と雪をいじる手が次第に赤くなるのを心配しながら、彼の行動を見守っていた。
 出来上がったのは二回りも小さな雪だるま。そっと大きな雪だるまの隣に並べ、怒ったような表情で半身を振り返る。
 恥ずかしさを隠すときの、彼の癖。半身の自分だからわかる、些細な彼の心情にクスリと笑みを浮かべた。
「寂しそうだった?」
「別に。でも……」
 この方が暖かい。
 そう言った彼の言葉が今も色濃く記憶に残っている。
 昔から、彼は優しかったから。
 そして十五になった今も、そんな彼の本質に変化はなかった。
「ねぇ、雪だるま作ろうか?」
「………何歳だと思ってるんだ」
「十五だよ。まだ人生の半分も生きてない」
 笑いながら答えたところで、ヴィクトールの表情が一瞬引きつった。
 その顔を見て、ああ、と思う。
 最近感じている違和感。彼の自分を見る目が尋常でないことなど、すぐわかった。
 殺したいのだ、彼は。自分を。
 ユーベルメンシュという深い絆で結ばれた自分たち。だがその絆故に、多くの苦しみを背負わなければいけないことを聡い彼は知っていた。
 寝静まった夜、静かに開かれる扉。そっとベッドに近づいては、触れるか触れないかの距離で喉に手を伸ばす彼。わざと寝返りを打てば、驚いたように手を引きそっと自室へと引き返す。
 何度も繰り返した行為。
 気づかない振りをしたのは、もはや自分でも意図的だったのかはわからない。
 だが士官学校への入学が決まった彼は、それまでとは明らかに違った、決意に満ちた目をしていた。
 その目を見て、自分もまた決心した。
 まるで謀ったように降り積もった雪を言い訳に、彼を外に誘いだし。不必要にはしゃいで見せた。
 きっと最後の交わりだと自分に言い聞かせながら。
 そして今、再び五年前と同じように雪だるまを作ろうと言った自分に、彼が何を思っているのかはわからない。
「良いだろ。次はいつ作れるかわからないんだから」
「……………」
 わざと意地悪な言い方をした。
 案の定、目を伏せた彼が腰をかがめて黙々と雪を掻き出す。その隣に座り、同じように小さな雪の塊を作り出せば、地面を見つめてばかりの半身がそっと手を握りしめてきた。
「ヴィク……」
「馬鹿なこと言うな」
 ギュッと手に力がこもる。視線は未だ地面に釘づけたまま。
 微かに解けはじめた雪と、繋がった掌の温もりに奇妙な感触を覚える。
「ごめん」
 小さく呟けば、そっと掴まれた掌が離れた。
「できた」
 うっすらと額に浮かんだ汗を拭いながら、目の前に鎮座する雪だるまを見上げてアルトゥールが満足げな笑みを浮かべた。
 その横でも同じようにヴィクトールが軽く息を整えている。
「すごいね。見てよ、これ。僕たちの背より高い」
「お前が大きいのを作ろうって言うから……」
「でもムキになって作ってたのはヴィクトールの方だろ?」
「……………」
 ふいっと顔を逸らす半身に、笑いを堪えた。
 不器用な彼。でもそこが可愛いと思ってしまうのは半身ゆえの甘さだろうか。
「あ、そうだ」
 思い出したように再び地面にかがむ。雪をかき集め、小さな塊を二つ作った。
 巨大な雪だるまの隣にそれを並べれば、背後でヴィクトールが息を飲むのがわかった。
「これでもう、寒くないよね」
 いつの間にか、小さな粉雪が降りはじめていた。
 満足げに二つ並んだ雪だるまを見つめ、それから思い出したように背後を振り返る。
 目にした光景に苦笑した。
「どうして泣くの?」
「……………」
 わからない、と首を振る半身の顔を覆った掌からスルスルと涙がこぼれ落ちる。
綺麗な、まるで雪解けの水を思い出させるような澄んだ涙。
 そっと手を伸ばし、その頬に触れた。
「馬鹿だな」
 自然と出た柔らかい声。指先を濡らす涙に、笑みを浮かべた。
「愛してるよ、ヴィクトール」
 やや強引に顔を覆う掌を引きはがす。
 現れた赤い目に苦笑し、涙を受け止める赤い唇に目を奪われた。
「アルトゥ…ル……」
 触れるだけのキス。
 微かに震えるそれに、何度も唇を押しつける。
 この寒空の下で互いの存在しか認められないと言っているかのように、きつく身体を抱きしめて。
 やがて激しくなった雪に、心配した使用人が呼び出しに来るまでそうしていた。
 雪が積もる度に思い出してほしくて。
 自分の存在を、半身だと言われた少年の面影を忘れてほしくなくて。
 強く抱きしめる。
 震える身体をできる限りの力強さで。
 最後の交わりを、忘れないようにと―――。


約2ヶ月お待たせした撲殺モノの記念リクエスト……。
でもこれを書くことでこれまで感じていたスランプらしきものは脱したかな…という感じです。
別に今までと何がどう変わってるってわけじゃないんだけど(笑)
本人的には「お……」と思えるものがあったわけで。
久々に書き上げてホッとできた作品ですね。色んな意味で(笑)
とはいえ、クリュガー兄弟は絶対イケると思うんですが皆さん的にはどうなんでしょうね?(笑)
いつかこのネタでも熱い討議を繰り広げたいと思ってるんですが(笑)
とはいえ、まずは今回はとにかく「綺麗なイメージ」で頑張ってきました。チューしちゃってるけど(爆)
いや、でもこれは…今内からの……ゴホゴホ…!
なにはともあれ、少しでも楽しんでもらえれば幸いです(笑)

 

 

 

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