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『吐き気』 Written by Takumi
深夜を回った薄暗い部屋。
明かりはスタンドだけ。目の前に広げたノートにただ一心にその単語を書きつづった。
――グレイス・キャッスル――
他の言葉はなく、ただその名だけを何度も取り憑かれたように書く。
いくら手が痺れようと、目が霞もうと、飽くことなくその単語だけを繰り返し形にしていった。
ノートはほぼ最後に近いページにまで近づいている。『グレイス・キャッスル』という単語で、埋め尽くされている。
誰に見せるわけでもなく。ただ、自分のためだけにやっていた。
この気持ちを整理するために。
自分を、納得させるために―――
「いらっしゃい」
突然の訪問に少しもイヤな顔をせず、彼女、グレイス・キャッスルは自分を迎えてくれた。
それにホッと安堵の息を漏らしながら、勧められるままにリビングへと足を向ける。
「紅茶で良いかしら?いい葉っぱを貰ったの」
こちらに背中を向けながら問う彼女に、ええ、と返事をし、そのまま彼女の後ろ姿に見とれた。
豊かな赤い髪。背中を覆うほどのそれは、彼女の華奢な肢体をより一層儚く見せる。どんな格好をしていようと、内から滲み出るものは隠しようがない。そこに立っているだけで、彼女はその存在感の強さを周囲に誇示していた。
「どうぞ」
目の前に置かれたカップから、おいしそうな香りが匂い立った。
「で、今日は一体どうしたの?」
自分専用のカップに紅茶を注いだグレイスが、向かい側のイスに座ると一口それを飲み、次いでその緑褐色の瞳をじっと見据えてきた。
「すみません。特にこれといった用事はなかったんですが……ご迷惑でしたか?」
「いいえ。あなたが来るとレジーナが喜ぶから助かるわ」
やや目を細め笑みを浮かべた彼女が、チャイルドチェアーに収まった赤毛の女の子を見て嬉しそうに言った。
自分のことを言われているのがわかったのか、レジーナは言葉にならない声で喜んだ。
それにふと笑みをこぼし、目の前の紅茶に口を付ける。
「あ…おいしい」
「でしょ?あなたに絶対飲ませてあげようと思ってたの」
無くなる前に来てくれて良かったわ、と控えめに笑うグレイスを見て、嬉しい反面心にどす黒い気持ちが満ちるのがわかった。
今の台詞に特別な意味などないのに。
どうしても期待してしまう自分がいる。
もしや、彼女も自分のことを愛してくれているのではないか、と。
そんなことがあり得ないのは、自分が一番良くわかっているくせに。
彼女は、父の愛人だ。それ以上でも、以下でもない。
そしてその父の息子という自分の立場を考えると、彼女は母親の憎き恋敵で。こんな和んだ雰囲気など到底持てるはずがないのに。
「お菓子もあるの。ちょっと待ってもらえる?」
「それも僕のために?」
「そうよ。ネズミにかじられてなきゃ良いけど」
クスクスと子供のように笑う彼女を見ては、とても憎しみなど沸いてこない。
むしろ、そんな彼女に愛しさすらこみ上げてくる。
――自分は、グレイス・キャッスルが好きなんだ――
この気持ちに気づいたのは昨夜だった。
ベッドの中で、そうかも、と一度仮定してみれば、それまで彼女に対して抱いていた想いの数々は全て説明がいったのだ。
胸の動悸・頬の上気・絡まる舌・うまく言えない言葉の数々。
「サウル?」
「え……あ、ごめんなさい」
考えに陥りかけていたところを、彼女の心配げな眼差しで引き上げられた。
顔が赤くなるのを必死で堪え、苦笑を浮かべて彼女を見つめる。
「どうしたの?やっぱりなにか……」
「そうじゃないんです。ただボーっとしてただけで……すみません、キャッスル」
最後に取って付けたように、彼女の名前を呼んだ。
本当はグレイスと呼びたい。
だがその名を呼んだ途端、目の前の彼女の笑顔が凍り付きそうで。彼女に自分の気持ちを知られてしまいそうで。結局、今も心の中で呼ぶだけにとどめている。
「お菓子ってこれですか?」
話題を変えようと、彼女の手にあるクッキーを行儀悪く摘んで口に運んでみせた。
それだけで、彼女の表情がホッとしたものになる。
こんなやりとりをする度に、自分の選択が間違ってないことがわかる。
彼女の笑顔を、失いたくはなかった。
「すごくおいしいです」
「良かった」
飲み込んだお菓子は少し甘かったが、それでもこれを自分のためにと残してくれてた彼女の気持ちが嬉しかった。
またそんな小さなことで浮かれられる自分が愚かだとわかってはいても、彼女の笑みが一瞬でも自分に向けられるのなら、それでも良かった。
そう、これで充分だ。
多くを望むことは決していいことじゃない。現状に満足することも、時に必要なのではないか。
まるで年寄りのような考え方だが、今はそんな自分の考えに納得している。
だから今は、少しでも彼女の近くでその笑顔を見ていたい。
それだけで、いいから―――。
「あら、寝癖?」
ふいに、彼女の手が僕の髪の毛に掛かった。
それまで触れたことのない、だが想像通りの柔らかな指先が優しく後頭部を撫でる。
「…………ッ!」
予期せぬ出来事に、身体が強ばる。だがそれを彼女に知られまいと、目をつむったのが逆効果だった。
「サウル?」
不信げな彼女の声が鼓膜に響く。
「……な、んでもありません………」
押し殺したような、掠れた声。こんなんじゃ、すぐばれてしまう。
気持ちが悪くなるくらい、動悸が激しかった。
「そう?でも顔色が……」
「あのっ、紅茶ありがとうございました……おいしかったです。それじゃ!」
再び彼女の手が、今度は額に触れそうになったのを察して慌ててイスから立ち上がり、そのまま逃げ出した。
そう。文字通り、逃げ出したんだ。
背後で彼女が呼び止める声がしたが、それすら振り切って、この収拾のつかない気持ちを抱えて家路へと急いだ。
グレイス、と何度も心で呟きながら。
最後の一文字を書き終えた。
ノートは最後のページ・最後の行までたった一つの単語で埋められてしまった。
「……グレイス………」
ここではじめて、彼女の名前を声に出してみる。
思い出す、彼女の顔・髪・声・匂い・身体……。
それだけで、それまで力んでいた身体がフッと緩むのがわかった。握っていたペンを離し、引き出しからライターを取り出す。
シュッと火をつけて、ノートの端に火を近づけた。すぐさま乗り移った火がじわりと独特の臭気を放ちながら次第にノートを焦げ付かせていく。
「…………っつ」
ひときわ燃え上がった炎が器用に指先を舐めとった。
それが最後の最後まで自分の元に留まろうとしない彼女のようで、苦笑を浮かべ、次の瞬間ダストボックスにそれを投げつけた。
ガコッと音をたててうまく中に収まったノートが、次第に炎を弱めていく。
「…こん、こんなに……愛してるのに………」
気がつけば、止めようのない涙が溢れていた。
顔を覆い、必死に堪えようとはするが一向に止まらない涙がスルスルと指間を抜けて机上にシミを作っていく。
自分を納得させようとはじめた行動だったのに、終わってみれば、更に自分を追いつめるだけでしかなかった。
彼女への愛を、その深さを再確認する。彼女しか、いらないのだとわかっただけだった。
忘れようと思ったのに。この気持ちを、捨て去ろうと思ったのに。
「ふ…っく………ぅ…」
食いしばった歯の間からたまらず嗚咽が漏れる。
先ほど焼かれた指先がチリチリとその存在を誇示した。ほんの小さな痛みなのに、無視することが出来ない。
まるで彼女のように。
決して自分のものにならないとわかっているのに、忘れようと思えばその存在をわざとらしいほどに目の前に見せつけてくる。
でも諦めきれない自分がいる。わかっているのに、それでも彼女が欲しいと思う自分がいる。
絶望的だった。
「グレイス…グレイス…………」
押し殺した声で、何度もその名を呟いた。
ふとダストボックスに目をやれば、既に炎の姿を消したノートが無惨な有様で燻っている。
自分も、ああなれれば良かった。
一瞬にして燃えあがり、跡形もないほど燃え尽きてしまえば、こんなに苦しむこともなかっただろう。
でも自分は不器用で、未練がましいほどに彼女を思い続けている。
きっと死ぬまで、この想いを手放すことはない。
今頃になって、彼女からもらったお菓子の甘さが喉奥に蘇った。
「…………ッ」
甘ったるいそれに、吐き気がした。
吐き出せるものなら、全て吐き出してしまいたい。
彼女を想うこの気持ちも、父への嫌悪感も、自分への羞恥心も……。
そして様々な自分の想いに一旦ケリを付けるように、僕は洗面所へと急いだ―――。
シリアスは苦手だ……いや、今回はそれ以前の問題だろうが(爆)
まずはサウル!なんでこんなに妖しい奴になっちゃったんだろう!?黒魔術専攻してそうだよ!(爆)
ノートに相手の名前を書き連ねるって……ストーカーの素質とかありそうだね(爆死)
そしてグレイスは既にアナザーの域を越えてるし(T-T)
本編で一言も喋ってないキャラなだけに、今回自分の書いたものが影響力を持つものでないことを祈ります(ToT)
とはいえ、なんかサウルが純情だね〜(笑)<後半はともかく
まるで生娘のようだ……って、そんな発言表でするなよッ!!(爆死)
ふぅ、まずはこんな試練を与えてくれたシュカに感謝しよう(笑)
おかげで2日間、頭の中をサウルがブツブツ言いながら机に向かってる絵が離れなかったよ(爆)
とはいえ、こんなもので良いのだろうか?(^-^;
今回はかなり賛否両論って感じになるだろうな……あまり痛くない批評、よろしくお願いします(爆死)
最終的に、楽しんでいただければ幸いですm(_ _)m
………………しかし、言い訳が多いからここのコメントもいつもに比べてかなり長いな(爆死)
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