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『知られざる事実』 Written by Takumi


 酒の席になると決まって出る話がある。
 簡単に言うとそれは女の話で、とどのつまりは猥談だった。
 次々と杯を潤す美酒に喉を鳴らし、歌うように語り合えばお互いの気心も知れるというもの。
 特に砂漠という時に閉鎖的な地域に於いては、こんな酒の席での猥談こそが男達の唯一の気晴らしだった。

「なんだ、もう飲まないのか?」
 傾けた酒瓶の先にある杯。それを形の良い掌がそっと塞いだところで酌を断られたのだと知り、無精ひげのある顔を多少大げさに歪めて見せた男が仕方なく自分の杯に酒をつぎ足した。
 その視線が妙に未練がましくて、酌をされた男が小さく笑う。
「別にあなたの注いだ酒が飲めないとか、そういうわけじゃないんですよ」
 言った途端、当たり前だ、という叱咤が飛んだ。
 だがその言葉に怒りの欠片も含まれていないことを承知の男は、ゆったりとした着衣の胸元を心持ちくつろがせ、背中に敷かれたクッションに背中を預ける。
 その途端、頭を覆っていたターバンがスルリと解け、しどけない風情で彼の身体に滑り落ちた。
 見守っていた無精ひげの男が何も言わずに杯に満ちた酒を一気に煽ったのは、それとほぼ同時刻。
「大体な、お前は常日頃から付き合いが悪いんだ」
 既に空けた酒瓶の数は数知れず。今更部屋に散った空瓶の数を数えるのも億劫で、だがただほしいままに酒を飲み続ける男は、とてもそれほどの酒量を摂取したとは思えぬしっかりした口調で話し出した。
 苦笑しながらもそんな彼の話を聞いていた男も、肩の辺りでたゆっているターバンの端を掴んで指先で弄びはじめる。
「酒に誘ってもいつも最後まで飲むのは俺の方で、お前は少しも酔った試しがないぞ」
「一応これでも小姓頭ですからね。主より先に酔ってはまずいでしょう」
「誰が決めたんだ、そんなこと」
 ふてくされているのか、多少飲むペースがハイになった彼の様子に小さく苦笑した。
 代わりに空になった杯に酒を注ぎ足してやる。
「大昔の偉い人…なんじゃないですか?私も良くは知りませんが」
「フン…昔は昔、今は今だ。そんな大昔の決めごとを今でも後生大事に守ってるなんて、滑稽以外の何物でもないぞ」
 彼らしい物言い。
 マヤルという地位に相応しい、位高げでかつ自分の意見を絶対だと思える自信がそこからは伺えた。
 更に苦笑を深めたところで、そういえば、と話題の転換を示す言葉を発した男がにやりと顔を歪ませた。こちらを見る眼差しがなにやら妖しい。
 なんです、とばかりに視線をやれば口端をつり上げたままの状態で男がそっと自身の唇を舐めた。
「お前の好きな女のタイプというのはどんなのだ?」
「………は?女性の…好み、ですか?」
「聞いたことがないからな」
 目が点になるというのはこういうことを言うのだろうか。
 話題を振られた男は予想もしなかった質問にしばらく面食らい、だがすぐさまターバンをいじっていた手元に目をやる。これまでの経験から、相手の突拍子もない質問への免疫はいくらか付いていたのだろう。
 だがそうは言っても、こうした話題ははじめてで、何を考えればいいのかいまいちわからない。
 実際にはこれまで数多くの女性と言わず時には同性とも関係を持ち、あまつさえ年齢にも特にこだわらない自分にその手の経験がないということはないが。改めて「好み」と言われると言葉に窮するものがある。
 普段は…そう、なにか直感めいたもので相手を決めてしまう癖があるからか、情事が終わったあともロクに相手の顔を覚えてないことが多かった。
 それゆえに、いくら酒の席とはいえはっきりとした答えがでないことに知らず焦っていた。ターバンをいじる指先がせわしなく動く。
「どうした?わからないのか?」
 その様子を知ってか、面白そうに目元を細めた男が杯を傾かせながら再び新しい酒瓶を取り上げた。慌てて酌をしようと伸ばした手を、いいから、という声に邪魔され大人しく引っ込める。
「あの…参考までにマヤルの好みをお聞きしてもよろしいでしょうか?」
 仕方なく助けを求めた。
 だが返ってきたのは呆れたような眼差しと、肩をすくめるジェスチャー。
「俺はこれでも一応二人の妻と子供がいる身だぞ」
「ですから、どういった基準でお相手を選ばれたのかと……」
「そうだなぁ……」
 改めて言われると困るかもな、と同じく腕を組み悩み始めた男にホッとした。
 答えられないのは自分だけだという安堵感がそうさせたのか。だがすぐさまポンッと拳を掌に叩きつけ、ひらめきを表した男が妙に納得した顔で口を開いた。
「やはり気の強い女が良いな。と言っても強すぎるのも問題だが、時に俺を諫めるぐらいの遠慮のなさと、対照的に甘やかせてくれる……飴と鞭を巧く使い分ける女が好みだ」
 たしかに言われてみれば、彼の妻は両方ともタイプは違えど彼の言う好みにどこか共通した部分がある。
 だがそう思う一方で、どこか釈然としないものを感じながらも改めて自分に同じ質問を問いかけた。
「私は…そうですね、こんな性格ですから多少強引でも引っ張ってくれる方が良いかもしれません。容姿には特にこだわらないんですが、あえて言うなら…漆黒の髪の人が理想と言えば理想ですね」
「なんだ、黒髪が好きなのか?」
「ええ、自分がこんな色ですから」
 そう言って笑いながら自分の髪をつまみ上げた男に、別にその色も悪くはないぞ、と呟いた男が恥ずかしさを隠すように酒を煽った。
 だがそれを聞き直すような無粋なことを、男はしなかった。ただゆったりとした笑みを浮かべ、マヤルはカラスの濡れ羽色ですよね、などと多少笑いを含んだ声で返す。
「でも何事も巡り会いですから。そう巧く理想の相手に出会えるとは限りませんよ」
「まぁ、俺としては長く寄り添っていける相手が一番なんだがな」
「では今の両ラハジルは最良の相手、と?」
「いや…まぁ、そうなるか」
「納得されていないんですか?」
 言葉を濁した相手に、ここぞとばかりに意地悪げな眼差しを投げた。
 彼がこんな弱気の発言をするのはひどく珍しいから。ついつい突っ込んだ質問をしてしまう。
「そういうわけじゃないが…もう少し俺を知ってる、言葉を交わさずともお互いの考えがわかるぐらいの相手がなぁ……」
「それはこれからですよ。そんな関係、今すぐ作れるわけ……」
 更にお互い言葉を交わし、やがて話が佳境になったところでハタと気がつく。
 それとほぼ同時に、目の前で豪快に杯を傾けていた男の手もぴたりと止まった。
 おそらく同じ事に気がついたのだろう。
 気まずい沈黙が漂う。
「お前、俺に就いて何年が経つ?」
 妙にまじめ腐った男の眼差しに、自然緊張する身体を鼓舞して唇を開いた。いつの間にか乾いた喉が唾を飲んだ拍子に痛みを訴える。
「今年で……ちょうど十三年ですけど」
「俺のこと、誰より良く知ってるな?」
「ええ…着替えの時にどちらの腕から袖を通されるか、という程度ですが」
「十分だ」
 ビアンもジィキもそこまでは知らん、と苦虫を潰したような顔で言う男がおもむろに酒瓶を取り上げ、そのまま瓶口から直接酒を煽った。
 苦しげに眉根を寄せ、再び酒瓶を床へと置いた男がじっとりとした目で目の前の男を見つめる。見られている男は、いつの間にか姿勢を正していた。
「どうやら……」
 重々しい口調で男が言葉を発する。
 ビクッとその声に肩を震わせた男が、身体に絡まるターバンを乱暴に放り投げた。
 宙を舞ったそれが部屋の隅に落ち、線状にうねる。
 だがそれを無視して更に言葉を続けた無精ひげの男は息を吐くようなさりげなさで、最後の一言を告げた。
「俺達の好みというのは…お互いのことらしいな」
「オライフッシム!」
 途端、露わになった髪の毛をかきむしった男が無精ひげの男の手から乱暴に酒瓶を奪い取り、一気に煽る。
 それを見守る男は、さすがに酔いが回ったのか。微かに赤くした頬を隠すように、ズルズルと地面に横になる。
 酒の席での猥談、陰口、秘密ごと。
 普段ならばこれ以上ないというほど場を盛り上げる話題も、だが今の彼らにとっては苦い事実でしかなかった。
 二度とこの手の話はしない。
 そう胸に誓ったのは、おそらく二人同時。
 どこまでも意志の疎通が取れた二人だった。


実は今血伝で一番注目してるカップルなんですよね、コル×バル(笑)
おかげで楽しく書けました。微妙にそれっぽい表現があるのは間違いなく俺の趣味です(爆)
とはいえ、はじめてたつき宛に小説を書くことになってかなり緊張してたことも事実。
切り番から一ヶ月経って、やっとその緊張も和らいだってところです。
「好みの女性談義をするバルアンとコルド」というリクエストをもらって以来、色々と考えてはみたんですけどね。
個人的には「俺の前で他の女の話をするな!」なんて逆切れするバルアンも見てみたかった……(笑)
まぁ、でも少しでも楽しんでもらえれば幸いですm(_ _)m

 

 


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