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  『別れの儀式』 Written by Takumi


 豪雪の中、狩りに行けと言った父。
 くたびれたからと、新しい外套を羽織らせてくれた母。
 何もかもが違和感に溢れたあの日。
 嫌な予感はしていた。なにかがあると、漠然とわかっていたのに。
 従ったのは、それでも両親を信じていたから。
 彼らが自分を裏切ることはないだろうと、信じていたから。
 だが荒れ狂う雪の中、視界すら危うい世界で突如目の前に現れたのは灰色の瞳をした冬の王。
 見る者を凍り付かせるほどの美貌と、無感情な眼差し。
 誰、と訊ねた瞬間にはもう意識を手放していた。
 そして次に目を覚ましたとき。
 私は多くのものを、失った―――。

「わたしはあなたに謝らなければなりません」
 覚悟の一言は、思った以上にすんなりと口から滑り落ちた。
 目の前で片眉を上げ、手にしていたペンを机に置くのは、ほんの少し前まで兄と呼んでいた第一皇子ドミトリアス。
 本当なら口も利けないような存在。雲の上の人だった。
 その彼と同じ言葉を話し、同じ食事を取る。
 全てが夢のような時間だった。でもそれは同時に彼を騙しているという現実を常に目の前に突きつけていて、心から楽しむことは出来なかった。
 キュッ…と唇を噛みしめる。
 一言一言を確かめるように口にすれば、目の前で静かに耳を傾ける兄。
 手を伸ばせば届く距離なのに、今はそれをすることすら躊躇われる。見えない距離に、翻弄されそうだった。
「ずいぶんな目に遭ったな」
 全てを話し終えたあと、掛けられた言葉は意外な優しさを含んでいて。
 肩に触れる掌の感触に、身体が強張る。
「……はい」
 やっとの思いで口にした声は、自分でもおかしくなるぐらい震えていた。
 見えない距離を一瞬で消してくれた兄。
 それだけで、良かった。
 それだけで、これまでの嘘が全て許されたような、そんな気がした。
 俯いて感情の波をやり過ごそうとすれば、それを阻むように耳に届いた優しい声音。
「カリエ」
「………っ」
 名前を呼ばれ、とっさに顔を上げる。
 微笑んだドミトリアスと目が合った。
 視界が潤む――それは涙のせいだ。
 唇が、震えた――見慣れない彼の笑顔を間近で見たから。
「は、い…」
 震える唇からは震える声しか出てくれない。
 はじめて知った事実。
 そしてはじめて認識した、自分の気持ち。
 本当はいつだって名前を呼んでほしかった。
 「アルゼウス」ではなく、小さな村の娘だった「カリエ」という少女の名で。
 いくら演じていようと、自分自身は誤魔化しきれない。
 「私」と言いながらも、いつだって一人称は「わたし」だった。最期まで、自分を捨てきれなかったのは単に往生際が悪いという一言では済ませられない、複雑な気持ちがあったから。
「カリエ」
 もう一度、名前を呼ばれる。
 まるで確かめるかのように。確かめて、くれるかのように。
「はい……」
 だから涙を拭いて、顔を上げた。
 少しでも自分を覚えてもらえるように。思い出される顔が泣き顔だなんて、そんなみっともないことにならないように。
 顔を上げて、目の前の鷲を思わせる瞳を見据える。
 多くの物を失ったあの日。
 世の全てを呪い、こんな境遇へと落ちた自分を哀れんだ、あの日。
 だが気がつけば、今はこんなにも多くの物を手にしていた。
 二度と得難い存在。
 幸せだった、カデーレでの日々。
 フッ…と身体の力が抜ける。
 この笑顔を、いつまでも彼の記憶の中で在り続けていたい。
 そう思った瞬間、満面の笑みが浮かんでいた。
 虚勢だと言われても良い、今だけは彼に最高の笑顔を見せてあげたかった。
 これが私なんだと。
 カリエ・フィーダなんだと、伝えたかったから。
 返ってきたのは深い頷きと、目だけで笑う微かな笑み。
 それだけで良かった。
 それだけで、もう何も未練はなかった。
 長い間苦しめられてきたアルゼウスという虚像に別れを告げた、それはほんの小さな儀式だった。


兄上、全然出てないじゃん……(爆)
しかもまたどこかで読んだようなパターンだし……。
なんと言うか、俺の中ではこの「カリエがアルゼウスを演じたことに対する気持ち」みたいなものがすごく気に掛かってるんですよね。自分を殺してまで演じるっていうのはどんな気持ちだったんだろう、とか。
それはアルゼウスから見るカリエのパターンでも同じことが言えるんですけど。
本編では結構サラッと終わってるだけに、どうもこのあたりのカリエやアルゼウスの気持ちを表現したいみたいという気持ちが強くて、でもその反面なかなか納得できる作品ができなくて、ついつい同じようなパターンを書いてしまうという。
悪循環ですよね〜(^-^;
でも少しずつ…なにかが見えかけてるんだと思います。
希望としては今後もまだミュカから見たカリエとか、シオンから見たカリエとかも書いてみたいんですが。
お、お付き合いください……ね?(爆)
そして今回その犠牲となった越後屋さん…とにかく平謝りッス(-_-;)
本当なら2人のほのぼのした話とか書いた方が良かったんだよね…もしくはグラを交えてのラブラブとか……。
もう少し落ち着いたらそっち方面も書き始めるから!
今回はこれで勘弁して下さいm(_ _)m
……しかしやはり言い訳&謝罪が入るとこの後書きが長くなるな(^-^;

 

 

 


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