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体脂肪率』 Written by Takumi


 むにゅ…――
 右手を伝わった得も言われぬ感触に、一瞬動きを止めた。
 だがそんな絶好のタイミングを、相手、アルゼウスが見逃すはずもなく。
「隙あり!」
 ほどなくして、容赦ない蹴りがお腹に決まった。
「………っつ!こ、の…馬鹿力が……」
「よそ見してるお前が悪いんだろ。いい加減そのアホ面を改めたらどうだ」
 口調こそ余裕を含んでいるが、その実、自分同様に肩で息をするアルゼウスがふふん、と嬉しそうに笑う。
 彼との喧嘩は既に日常茶飯事だった。
 きっかけはいつも小さなことで、だがそれが結局毎回取っ組み合いになるのは、お互いが負けず嫌いだからだろう。
 一度負ければなんとかもう一度勝負をして勝ちたくなる。
 負けたままではいられないというのが、たぶん自分たちの子供ながらのプライドだった。
 だが先ほど感じたあの感触は………
「どうした、バカ猿。いい加減バナナでもほしくなったか?」
 考えに耽ろうとしたところを、せせら笑うようなアルゼウスの言葉で我に返る。
 カーッと頭に血が上るのがわかった。
「バカ猿だと!?」
 その言葉を言い終わる前に、見事突き出した右拳がアルゼウスの左頬に決まる。
 頭からは先ほどの出来事がすっかり忘れ去られていた。

 胸についている贅肉とは?
 1つの命題がここ1週間ほど自分の頭の中で繰り返されている。
 出てくる答えは3つ。
 1つ目、アルゼウスはああ見えて実はデブで、行き場のなくなった肉が胸についた。
 2つ目、アルゼウスは単に鳩胸だった。
 3つ目、アルゼウスは実は女だった。
 最有力候補は2の『鳩胸』だったが、実際に自分が鳩胸を見たことも触ったこともないからなんとも言えない。
 そうなると次に考えられるのは……
「…じ……皇子……ミューカレウス殿下!」
 バコッと容赦なく頭を拳骨でどつかれた。
 あまりの痛さで涙が浮かんでくる。
 相手を確認するまでもない。皇子の自分にここまで傍若無人に対応できる相手となると、
「ロイ!貴様、僕を誰と思ってるんだ!皇子だぞ!その頭を軽々しく殴るなど……!」
「では次回からは慎重に殴らせてもらいます」
「そういう意味じゃない!殴るなと言ってるんだ、このモミアゲ!」
「おや、このモミアゲの良さがわからないんですか?そりゃ人生の半分を無駄に過ごしてますよ、殿下」
 ああ言えばこう言う。
 口でロイに勝ったことは今まで1度もないが、それでもついつい怒鳴ってしまうのは自分がまだ子供だからか。
「う〜〜〜〜〜!」
「あ、バカ!なにやってるんですか!」
「うるさい!うるさい!うるさいッ!!」
 言葉に詰まった悔しさに、握っていたペンで目の前の紙にグチャグチャと力任せに書き殴った。
 滅茶苦茶に手を動かした拍子に肘がインク瓶にあたり、倒れる。机一面が真っ黒い墨で覆われた。
「あ………」
 さすがの惨事に我に返ったときは、隣からロイのため息が耳に痛く届いた。
「まったく。どうなされたんですか。先ほどはボーっとしてるし、かと思えば今のような癇癪を起こして」
「………………」
 黙ったまま俯いた自分をどう思ったのか。
 ふむ、とこれ見よがしに顎に手をやったロイが突如耳元にそっと囁いてきた。
「恋煩いですか?」
「なっ……!」
 考えとは裏腹に、情けないくらい血の気が上昇してくるのがわかった。
 鏡を見なくてもわかる。ロイのこのにやけ面を見てれば、自分がまるで完熟トマトのように赤くなっていることなど。
「ほほぅ、皇子も隅に置けませんね。いつの間にそんないい子ができたんですか?」
「違う!勝手な想像するな!」
「ですが、そう考えるとすべて納得がいくんですよ」
 私とあなたの間で隠し事なんて今更でしょう、といやらしく耳打ちしてくるロイを力任せに押しやり、たまらず叫んだ。
「この僕が、女の子のことなんか考えるはずないだろ!」
「ではなにを考えてたんです?」
 あとから考えると、この時点で自分はすっかりロイの話術にひっかかってたんだ。
 カッとなった頭が考え出すことはロクなことがないというのも、このときイヤってほど教えられた。
 人間、頭が真っ白になってるときはその瞬間まで頭を占めていた単語を口にする生き物だってことも。
 とはいえ、まんまとロイの思惑にはまった僕が口にした単語はというと――
「鳩胸について考えてたんだッ!」
「………………は?」
 一瞬ポカンと、それこそ鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたロイ。
 その表情に満足を覚えるが、すぐさま平静を保ったロイのにやけ面に余裕を見せつけられた感じがしてすぐさま怒りがこみ上げてくる。
「ほぅ、鳩胸ですか。いったいどんなお考えをお持ちなのか、伺っても?」
 そして怒りは言葉となり、今となっては信じられないことだが、その拍子にそれまでまるで考えてもいなかった単語が次々と言葉をついて出た。
「いいだろう。そのかわりしっかり聞けよ。僕が今の今まで考えてたのはHATOMUNE、鳩胸だ。わかるか?つまり胸部に常人以上の肉が付いており、そのためにその部分が盛り上がってる現象だ。これは生まれつきのもので、鳩胸に生まれてきた者はおそらく一生「胸を張って歩け」なんて言われなくて済む。なんたって普通にしててもその部分が盛り上がってるんだからな。となるとだ、まずは大人が口にする小言のナンバー1である「胸を張って歩け」という小言が減るわけだ。たかが1つと言っても小言は小言だからな。いくら減っても困るということはない。おまけにそれだけの肉が付いてるということはクッション代わりにもなるぞ。どんなに高い木の上から落ちても、胸から落ちればたぶん大丈夫だ。なんたって肉だからな。痛みは多少あるかもしれないが、命に別状はないだろう」
「あ、あの……殿下………」
 いったいどこからそんな台詞が出てくるのか。
 自分でもわからないまま言葉を続けようとしたところで、先ほどの余裕を消し去った動揺を隠しきれないロイが言葉を挟んだ。
「いいから黙って聞け」
 だがそんな彼を黙らせ、続きを喋るべく口を開く。
 こんなところで止められたら、いかに自分が馬鹿なことを口走ってるか気づいてしまう。
 気づいたが最後、羞恥心で二度とロイにたてつくことできないだろう。
 だから今はその事実から必死に目を背け、鳩胸についてだけを考える。そうすれば、不思議と言葉が出来上がってくるのだ。
「鳩胸のほかの活用法といえば、僕は関係ないが、女装をするにも至って便利だ。まず詰め物をしなくても胸ができる。これはいいぞ。詰め物をしないことで、本来詰め物になるはずだった紙屑なんかが無駄にならなくて済むからな。自然環境保護にもなるわけだ。おまけに実物の肉・脂肪ということでその感触はきわめて胸に近いものがある。第三者を騙すのに、これほど最適なものはないだろ。またその感触を自ら触って確かめることもできる。言っとくが、僕はしないぞ。ただ、そういう奴もいるかもしれないって話だ。それに胸にあれだけ肉が付いてみろ。女装したついでにギュッと相手を抱きしめて窒息死させることも可能だ。つまりあれは十分暗殺兵器としての利用価値もあるということになる。以上の点をふまえて、僕は鳩胸も悪くないなと考えてるわけだ。わかったか?」
 どうだ、とばかりロイに目を向けると、呆けた様子で微かに頷いていた。
「………………殿下がそこまで鳩胸に対して深い思いを抱いていたとは知りませんでした」
「そうか。ならいい機会だったな」
 言いながら、だが内心深いため息を吐く。
 本当はこんなことを言うつもりはなかったのに。
 本当なら、ロイにそれとなく女の子の身体の仕組みなんかを教育という枠内で教えてもらいたかった。
 そしてその教えを元に、アルゼウスの真相を究明したかったのに。
 がっくりと肩を落としたところで、同じく脱力した様子のロイがフラフラとよろめきながら扉へと足を向けているのが視界の端に映った。
「ロイ……?」
「急用を思い出しましたので、失礼します。殿下がこれからもますます鳩胸に熱い思いを持たれますように」
「…………ありがとう」
 パタン、と静かに閉まった扉を見つめ、再び思案に耽る。
 ロイに口で勝てたことは嬉しかったが、今はそれどころではなかった。自らの発言によって、先ほどの答えがほぼ出てしまったような気がするのだ。
 やはり可能性は2の『鳩胸』が最有力候補なのだろうか。
 その夢も希望もない解答に、ますます脱力感を覚えた。
 ということはだ。
 自分は男の脂肪を掴んで胸をときめかせていた、ということになるのだろうか。
 ああ、我らがタイアス大神よ。
 願わくば、僕が掴んだのはアルの鳩胸などではなく、女の子のソレでありますように。
 皮肉なことに、その願いが叶ったことに僕が気づいたのは、まだもう少し先のことだった―――。


俺は別に鳩胸に熱い思いは抱いてません(笑)
いや、一応言っとかないと誤解を招きそうなくらい、作中でミュカが熱く語ってくれたので(笑)
本来なら「アルが女の子?そんな、まさか……」って感じで中学生日記のようなトロくも甘甘な展開になるはずだったネタなのに(笑)
ナジフさんが「ギャグで」と限定してきたので、こうなりました(笑)
しかし既にどこがどうギャグなのかがわかりませんな(爆)
ミュカも完全に別人だろ?なんだよ、胸に押しつけて窒息死ってのは(笑)
とはいえ、最近まともなタイトルがないな(爆)
次回こそ、そろそろ格好良さげなタイトルにしないと俺の感性が疑われる……(笑)←はじめからねーよ(-_-;)
で、こんなもんんでどうでしょうか?(^-^;<ナジフさん
少しでも楽しんでいただければ幸いですm(_ _)m

 

 

 


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