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『関係の終結』 Written by Takumi


 白い病室。
 そっと足を踏み入れたその空間は妙に無機質で。
 規則的な音を立てる様々な機械と、目の前のベッドで眠り続ける男が目に入った。
 いつの間に、彼はこんなにも老け込んだのだろう。
 その横顔を眺め、そんなことを思う。
 かつてはその全てを愛し、今もその気持ちは変わらないのに。いや、むしろ歳を取り、多くの人間を知るにつれ、彼の存在が必要不可欠となっていくのを感じた。
 クリストファー・オブライエン。
 火星保安部からの誘いを受けたとき、真っ先に頭に浮かんだのが彼だった。
「クリス………」
 そして今、目の前で静かに眠る男の顔を見つめる。
 深く刻まれた目尻の皺。堅く閉じられた唇は、歳を取ってもなお愛しい彼自身で。
 横になった彼に覆い被さるようにして見下ろした。
「クリス…起きてるんだろう……?」
 囁くように問いかければ、答えはない。
 寝ているのだろうか。それとも、寝たふりをしているのか。
 わからない。
 試すようにゆっくりと腰を屈め、彼との距離を縮めた。
 規則正しい呼吸を感じ、安堵すると同時に迫る唇に目が奪われる。
「………人の寝込みを襲うのが趣味か」
 低い声音に反射的に身体を起こした。
 ハッキリとした声に、彼が自分が来る前に目を覚ましていたことを知る。
 こちらを見据えるヘイゼルの瞳に知らず唇が震えた。
「クリ…ス……」
「そういうつもりなら出ていってくれ」
「そうじゃない!」
 辛辣な言葉。厳しい視線に晒され、耐えきれず顔を覆う。卑怯だとわかっていても、言い訳をせずにはいられなかった。
「そうじゃない…私はただ、君の容態が安定したと聞いて……」
 心配だったんだ。
 そう呟く。まるで叱られる子供のように身体をちぢこませて。
 だが実際、彼が思った以上の重傷で病室に運ばれたと聞いたときは血の気が引くかと思った。
 そして脱いだばかりのスーツに彼の血が僅かにこびりついていることに気づいたのは、それからすぐのこと。
 赤茶けた染み。
 乾いたそれに舌を這わせ、口腔内に広がった鉄の味に切迫した思いを感じた。ここで終わるわけにはいかない。終わらせるわけにはいかないんだ、と。
「もうやめようと、言っただろ」
 溜息と同時に、疲れたように言うクリスの声。
 弾かれたように顔を上げれば、疲れた様子の彼と目が合った。
「クリス……」
「こんな関係は無駄だと、あの日言ったはずだ」
「だが………」
「私は君のことをそういう対象では見られないんだ。今後君がどんなに願っても、その想いに応えることはできない」
 告げられた言葉に、拳を握りしめる。
 まるで死刑執行を命じられた囚人のように、再び俯いて床を見つめた。
 だが脳裏に思い浮かんだ彼の姿に、たまらず叫んだ。
「だが君は……守ってくれたじゃないか!」
 あの時私を。
 突然襲われた保安部の車。だが咄嗟に自分の上に覆い被さった彼のぬくもりに、涙が出そうになった瞬間。
 条件反射だ、とその後すぐさま否定されたそれらの行為。
 だが自分は気づいていた。
 彼があの時微かに身体を震わせていたのを。
 それは恐怖からか、はたまた高揚からか。
 答えはわからない。だが、スーツ越しに伝わる激しい動悸と荒い呼吸だけが、あの瞬間の唯一の真実だったようにも思える。いや、そうだと思いたい。
「だからそれは条件反射だと……」
「いい加減取り繕うのはやめてくれ。クリス…頼むから私の目を見て言ってくれないか」
 その一言で、それまで痛む頭を抱えるように俯いたクリスの頭がゆっくりと持ち上がった。
 ヘイゼルの瞳。生真面目そうな唇。
 それら全てを愛した日々はもう遙か遠い昔のはずなのに。
 なぜ今も彼を目の前にしてこんなにも動悸が早まるのだろう。なぜ、彼の瞳を見据えるだけでこれほど胸が苦しくなるのだろう。
 まるで若者のようだ。
 自分の周りだけ時の流れが遅れているのかとも思えてしまう。
「………なにがおかしい」
 小さく笑った様子に怪訝そうに眉根を寄せるクリス。
 左眉が微かに上がる癖は今も健在だ。
 学生時代、よく見た彼の姿。嘘をついているときの、癖。
「どうして…こんな風になってしまったんだろうと思ってね」
 なにもかもが馬鹿らしく思えて苦笑した。
 結局彼はあの時からなにも変わってはいない。
「私は昔から君が好きで……」
「サイモン!」
「本当に、今でも好きなんだ……嫌われているとわかっても、どうしようもなく君が好きだ」
 遮る声を無視して強引に想いを告げれば、厳しい顔をしたクリスが目の前。
 嬉しいなんて表情など全くない、困惑した顔。
 だから笑った。
 喉奥で悲鳴のように鳴った叫びを消すかのように、声を立てて。
「冗談だよ」
 そして肩をすくめてみせる。
 明らかにホッとしたような彼を見て、逆に胸が掴まれたように痛むのを悟られないよう口端を引き上げた。
 どうしても認められない想い。叶わない想い。
 捨てることもできず、だが向き直ることもできない。
「早く良くなるといいな」
 肩を軽く叩いてきびすを返した。
 おい、と背後から呼び止める声に聞こえない振りをして部屋を出る。
 閉まった扉。その冷たい板に背中を預け、息を吐いた。
「冗談、か……」
 呟いて顔を覆う。
 長い間、そうしていた─── 。


思い切り趣味に走ったカップリング……『罰』の頃のオヤジだと思ってください(笑)
しかし今回の新刊『叛逆』に目を通したあとだとこういう関係もまた味なものだと再認識。
ちなみに俺の中でこの2人はあくまでプラトニックです。
昔は何かあったのかもしれないけど…まぁ、それは各自のご想像に任せるとして(笑)
まずは記念すべき管理人自らの切り番ゲットはこんな結果に落ち着きました。
次回は…頑張って訪問者の方々で取ってくださいね(笑)

 

 

 


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