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『君の知らぬ間に』 Written by Takumi


 彼との逢瀬は毎週金曜日。
 決して強制ではない、だが行かざるを得ない状況は逆に命令されるより辛かった。
 だがそんな想いに反し、身体は回を重ねるごとに慣れていく。
 深い口づけ。狂おしいほどの愛撫。そして、痛みを伴う結合。
 吐き気がするほどの行為の数々。
 だがそれらに耐えられたのは、彼の視線があったから。
 常に自分を監視する、潔癖に満ちたあのブルーグレイの瞳があったからだ。

「どうした。気分が乗らないようだな」
 覆い被さっていた男が苦笑混じりの声で問う。バスローブに身を包んだ身体は、その年にしては引き締まっていることがわかった。
 垂れてくる前髪をうるさげにかき上げ、うっそりと上半身を起こす。微かに身体をよけた男がすかさず唇に軽いキスをしてくるのを、なんとはなしに受け止めた。
 慣れた行為。嫌悪感など、今更微塵も感じない。
「今日は試験で…昨夜はあまり眠れなかったんです」
 申し訳ありません、と心にもない謝罪と嘘を吐き散らす。どうせ理由など、この男には関係ないのだから。
 保安部長官としての厳格な仮面を取り除いた男は、性に貪欲だった。
 カール・マッソウが「そうした」性癖の持ち主だと知った時から予想できた行為の数々。
 自らの身体を投げ出すことで、逆に得るものがあったから。
 緻密な計算の上で、現状を選んだのは自分だ。後悔は、ない。
「ユージィン…」
 案の定、伸びてきた手がゆっくりと耳を愛撫しだした。意志に反して身体がぴくりと震える。その様子に男が再び小さく笑った。
「ならその気になるように、今夜はじっくり可愛がってやろう」
 言い終わらないうちに再び執拗な手が伸びてくる。
 反射的に拒んでしまいそうだった身体を済んでところで叱咤した。嫌だとは言えない。彼との関係をはじめた時から、それは二人の間でのみに通用する暗黙の禁句だった。
「……ふ、ぅ………」
 たまらない声を上げながら、考えることは別のこと。
 例えばそれは、明日の休暇の過ごし方。
 例えばそれは、来週に控えた試験の山当て。
 例えばそれは―――。
『勝手にしろッ』
 鮮やかに蘇るシーンで、彼はいつだってその美しい顔を歪めていた。ブルーグレイの瞳が怒りで怖いぐらい綺麗だったことを思い出す。
 真相を知った時の彼。
 震える拳を握りしめ、すんでの所で自分を殴りつけるのを抑えていた。まるでそんな価値もないのだと言うように、だがそれとは裏腹に動揺を隠しきれない瞳が自分を見つめていたことを思い出して苦笑する。
 もしかして自分は彼が潔癖な性格だと知っていて、わざとマッソウとの関係を悟られるような行動を取ったのかもしれない。
 そうでなければ、シャワー室に行く自分の後をつける彼の気配を悟らないはずがない。
 陵辱の印にまみれた自身の裸体を彼の前に晒すことなど、ありえなかった。
 呆然と彼を見つめる自分に、吐き捨てるように言った彼の台詞。
 今でも耳奥に生々しく記憶され、回想する度に妙な息苦しさを覚えずにはいられない。
「…あっ、……ル、カール…ぅ、ふ……」
「そう、もっと深く飲み込んでごらん。できるだろう…そう、それでいい」
「……っく、…や、ぁ……」
 煩わしさから逃れるように、言われるままに腰を振った。
 未だに異物感を覚えるソコが激しく擦られ、どうしようもない感覚を呼び起こす。荒々しい息づかいに促され、高ぶった自身に手を伸ばした。その手を、捕まれる。
「や……」
「それは反則だ、ユージィン」
 微笑んだ顔。普段は精悍だと評されるそれも、だが今は単なる欲情に染まってみっともないぐらい歪んでいた。
 思わず唾を吐きたくなる衝動に駆られる。だがそれを堪え、涙で潤んだ瞳で目の前の男を見上げた。その逞しい首に両腕を絡める。
「…いじわる、しないでください……」
 嫌悪にまみれた時間の終わりは自分の甘い囁きだということを知っていた。
 だから時に恥じらい、時に乱れた調子で彼の望むままに演じてみせる。
 たとえそれによって彼の動きが早まろうと、多少強引になろうと。
 あと少しで終わるのだと、終幕が迫っているのを自覚して過ごす分には何の苦痛も感じなかった。

 寮に帰った時、既に館内は消灯が済んだのか、僅かな非常灯のみがぼんやりと暗闇を照らし出しているのみだった。
 外出届を出してるだけに、遅い帰宅を咎める者もいない。
 疲れた身体で引きずるように足を運べば、薄暗闇の中に立つ人影に気づき足を止めた。
 その影を認め、小さく笑う。
「やぁ」
 軽く手を挙げた。返ってこない返事に言葉を続ける。
「もしかして待っててくれたのかい?」
 自分を見つめるブルーグレイの瞳。だが記憶の中にあるものとは違い、それは何の感情も含んではいなかった。
 それをしばらく見つめ返し、諦めたように肩を竦めて見せた。クスッと漏れた笑いが静かな廊下にやけに大きく響く。
「まだ怒ってるんだ?」
 潔癖な彼をあざ笑うかのように、わざと小馬鹿にした口調で呟いた。彼が僅かに拳を握ったのを目ざとく見つける。
「文句があるなら言えば?ねぇ、ヴィクトール」
 スッと手を伸ばし、その肩に触れようとしたところで一歩背後に退いた彼が鋭い眼光で睨み付けてきた。まるで汚いものでも見るように。それに触れると自分さえ汚れてしまうと言うように。
 たった一歩の距離が、深い溝となった。
 ヴィクトールの唇は堅く引き締められ、開く気配がない。伸ばしかけた手は、行き場をなくして戸惑ったように宙に留まった。
 どのくらいそうしていただろう。
「馬鹿らしい」
 吐き捨てるようにヴィクトールが呟いた。諦めとも蔑みとも取れない口調に、彼が何を考えているのかを悟るのは難しい。
 そのまま踵を返す彼。歩き出す。一歩の距離が二歩、三歩と広がっていった。
 その時の気持をなんと表現すればいいのか。まるで捨てられた子猫のような、散っていくのみの枯れ葉のような。
 ただ置いて行かれる者としての感情が一気に差し迫ってきた。
 胸を押さえつける。苦しい呼吸をどうにか押さえ込んだ。
「ヴィクトール」
「………なん、」
 振り返った彼に強引な口づけをした。勢い余って前歯が当たる。まるで恋愛初心者のようだと、そう思った瞬間に差し入れようとした舌を引っ込めた。同時に強張った彼の身体から身を離す。
「…貴様、なんのつもりだ……!」
 真っ赤な顔をした彼に、チュッと小さな投げキスをした。
「マッソウとの間接キスだよ」
 良く味わうんだね、と告げたところで袖口で必死に唇をぬぐう彼がおかしくて笑った。
 これでいい。ヴィクトールとの関係など、今はまだこの程度で。
 学生らしい無邪気なやり取りは、だがあの劣情にまみれた行為の最中には何物にも勝る安定剤になる。
 それをわかっているからこそ。
「ほら、明日も早いんだから。フザけてないで、君ももう寝ろよ」
 こうしていつまでも彼の前では素の自分をさらけ出せる。
 いくらその瞳に見つめられようと。咎められようと。
 僕の中で、君は君が思っている以上に大きな存在になってるんだ―――。


久々に気分良く書けた作品です。
こんなに調子が良かったのも何ヶ月ぶりだろう…やはり原因はカールかな?(笑)
はじめリクエストを頂いた時は正直「うわ…なんて複雑な……」と思ったんですが、実際書いてみるとやはり愛に勝るものはありません(笑)
カールさえいれば俺はなんだってオッケーらしいよ(笑)
しかし今回は俺にしては珍しくユージィン視点で書いてみたので、彼の思考に関しては…かなり曖昧かも(^-^;
やはり彼を極めた字書きさんには到底理解が及びません。
最後なんか単なるいじめっ子に成り下がってるし(笑)
カールとの間接キスって…そりゃ誰だって嫌さ!みたいな(笑)
とはいえ、少しでも楽しんでもらえれば幸いですm(_ _)m

 

 


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