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『有形交渉式』 Written by Takumi


 目を通していた資料から顔を上げ、室内を見回した。
 鼻の付け根を抑え、目の疲れを少しでも和らげようと軽いマッサージをする。
 元首官邸。
 その一室に自分がいることに、今もまだ違和感を覚えずにはいられなかった。
 かつてここに鎮座し、火星の全てを掌握していた男を自分は知っている。
 人々を魅了する青緑の瞳。常にたたえられた笑みは、今もなお瞼の裏に鮮明に思い出される代物だ。
「アヤシル様」
 側に控えた副官が怪訝そうに声を掛けてきた。
 それに心配しなくて良いと手だけで合図し、席を立つ。天井にまで伸びた大きな窓から外を見下ろせば、そこには復興を見事に遂げた都市が見渡せた。
 なにもかもが、まるで夢のようだったあの数年。
 多くの命が奪われ、火星は壊滅状態にまで追い込まれた。
 暗黒の時代と、今は密かに囁かれているあの時代。秩序も常識も、たった一人の男に全てを狂わせられた数年間。
 宇宙艦隊総司令官として自分もその一端を担っていたことが、昨日のように思われる。
 だがそれと同時に呼び起こされるのは、一人の美しい男。
 ブルーグレイの瞳にダークブロンドの髪。冷酷非道だと言われながらも、だが最後は部下達に守られながら逝った彼は、今でも情報部内で頻繁に名が挙がるという。
 今は無きユーベルメンシュとして名を馳せた男は、今も人々を魅了してやまない。
「ヴィクトール・クリューガー…か」
 窓の外に視線を移したまま、呟いた。
 硝子に反射した光に目をすがめれば、鮮やかな彼の姿があの日と変わらぬ姿で蘇る。その口元には皮肉げな笑み。相手を見下すような眼差しに、苦笑した。
 彼が自分にそうした態度を取ったことは一度もない。
 だがなぜか、そんな不遜な彼ばかりを思い出してしまう。それが彼の本性だと自分が気づいているからか。いくら猫を被っていても滲み出てしまう雰囲気は、彼がまだ精力に溢れていたことを物語っていた。
 初めて彼を認識したのは、新元首による軍部の予算案を話し合う会議で。
 多くの幹部が代理もよこさずに欠席した、考えられない事態で愉快そうに口元に笑みを刻んだ彼を見た時だった。
 自分はそんな彼に、一抹の希望を抱いた。
 彼ならばこの国を、火星を救えるのではないかと。
 救ってくれるのではないかと…思ったのだ。
「お茶になさいませんか?奥様には到底敵いませんが、良い葉が手に入ったので」
 気分転換にと、気を利かせた副官が茶器を一式抱えてきた。それに微笑むことで応え、次いで鼻をついた仄かな薫りに一瞬の既視感を覚える。
『良い葉が手に入りましたので、お口に合うと宜しいんですが……』
 そう、あの日も妻のそんな台詞ではじまった。
 彼が亡くなる、一週間前のことだった―――。

「夜分遅くに申し訳ありません」
 そんな殊勝な言葉と共に自宅にやってきた彼を応接間に通し、ソファーに掛けるよう促した。突然の来訪は、事前に連絡があってのものではない。だがそれだけに、なにか良からぬことが起きたのかと気を引き締めて待っていた。
「良い葉が手に入りましたので、お口に合うと宜しいんですが……」
 一度は奥に引き返した妻が持ってきた紅茶を彼の前に置く。ふわりと漂った薫りに微かに笑み、妻を見上げた彼は、だが予想していた緊迫さは伺えず、むしろ普段となんら変わりない様子だった。
「お気遣いなく…と言いたいところですが、奥様の紅茶が目当てで来たことがばれてしまいましたか」
 朗らかに笑う彼に小さく笑い返し、再び出ていった妻を確認してから重たい口を開いた。
 深夜を回った今時分。そうまでして来訪したには訳があるんだろうと思い。
「それで、なんの用だね」
 飾り気も何もない、単刀直入の言い方。ブルーブラッドで固められた官僚達の間でこの物言いが笑いの種になっていることは知っていたが、直すつもりは更々なかった。
 カップを口元に運んだ男が小さく笑みを零す。だがそれは自分を卑下して笑っていた連中とは違う種類の笑みだった。
 カップをソーサーに戻し、こちらを見据える瞳が微かに弧を描いていた。
「明後日なにがおありか、ご存じですか」
「……元首の誕生パーティーだ」
 言うのも汚らわしいという気配を隠そうともしない物言いに、再び彼が笑みを濃くした。
「まったく何を考えておられるのか…今がどういった時期か、わからないはずがないのに誰も止めようとしない」
 この国はもう駄目だ。暗にそう言った。軍部幹部の自分が言って良い台詞ではないことは十分承知だった。だが言わずにはいられないこともある。
 火星の現状、市民は明日の食べるパンすら買えないというのに。彼らをそんな事態に陥れた本人達は豪華絢爛な宴に興じる。そんなことが許されるはずがなかった。
 考え込む自分の耳に、だが予想に反して笑いを含んだ彼の声が届いた。
「そう、元首の誕生パーティーです。現状ではとても考えられない、不釣り合いの宴ですが多くのブルーブラッドが招待されることでしょう」
「それがどうした」
「明後日です」
「………………」
「明後日、動きます」
 なにが、と問うほど愚かではなかった。
 それほど今の火星は元首への怒りで溢れかえっている。今更何が起きようと驚くことはない。そんな中、火星の中枢を担う幹部達が揃う宴は格好の的だった。そこさえ叩けば大幅な膿出しができる。そう考えるのは当然のことだろう。
 だが彼の口調。その者が誰かを知っているような気配を伺わせるのは、自分の気のせいではないとわかっていた。
「中将」
 問いかければ、上目遣いの瞳がそれに応える。慎重に言葉を選んだ。
「その者は我々に近しい存在か」
「そうです」
 呆気ないほど真相を聞き出し、多少気が抜けた。
 たしかに彼は自身の切り札を全て見せたと言っていい。病名が克明に書かれたカルテ、謀反を仄めかす台詞の数々。
 彼は自らのジョーカーを幾度となく自分にさらけ出してきた。引き替えに求めたのはこちらの協力、信頼、そして全ての事後処理。
 だがだからといって、全てを信用したわけではない。むしろまだ何か隠し持っているような、そんな不安を彼に抱かずにはいられなかった。
「君は……」
「はい」
「なぜ、それを私に教えたのかね」
 少しの沈黙。それから突然ヴィクトールの肩が震え、堪えきれない笑いを漏らした。
「なぜ、と来ましたか」
 しばらく笑い続けたあと、ようやく笑いを引っ込めた彼が再び笑顔でこちらを見据える。そのブルーグレイの瞳にぞくりと悪寒が走った。
「ほしいものがありまして」
 だが次いで彼の口から出た言葉に、落胆した。彼もその他大勢のブルーブラッドと変わりない、欲にまみれた人間なのだと、そう思った。
 これ見よがしにため息をついてみせ、先を促す。
「なんだね。金か?地位か?」
「キスです」
「…………は?」
 一瞬何を言っているのか、わからなかった。
 自分はよほど間抜けな顔をしていたのだろう。こちらを見るヴィクトールが再び笑い出した。その様子にハッと我に返る。反射的に言葉が口をついて出た。
「妻は駄目だ!いくら君が百戦錬磨だろうと、それだけは叶えられん!」
「違いますよ」
 笑いすぎて涙が出たのか、目元を軽く拭くヴィクトールが悪戯っぽい目でこちらを見据える。再び走った悪寒に、何か嫌な予感がした。
「ほしいのはあなたのキスです、アヤシル大将」
「……なんだと」
 再び固まる。元々女性関係が華やかなことで有名な男だった。その彼が、何を思って自分にそんなことを求めるのか。まさか彼も男色の気があるのかと一瞬頭をよぎった考えは、だがすぐさま打ち消した。そんな噂は一度も聞いたことがない。だが、だとしたらなぜ。
「無理にとは言いませんよ」
 考えあぐねる自分に笑みを向け、ヴィクトールがカップの紅茶を飲み干した。それが合図とでも言うように席を立つ。
「長居してしまって申し訳ありませんでした。奥様にも宜しくお伝えください」
 何も答えられなかった。だが釈然としない何かが胸の内に残る。
 彼は最後まで自らの切り札を差し出してきた。それに対して自分は何をしてやれただろう。協力、信頼…これまで彼が求めてきたものは全て形のないものだった。
 今初めて形あるものを求められ、それに見合う情報まで受け取った自分。それなのに甘い蜜だけを吸い、都合が悪くなると断る。それは自分が最も嫌っていたブルーブラッドそのものの体質ではないか。
 いつの間にかその体質に染まっていた自分。
 卑怯だと、思った。
「失礼し……」
「待ちなさい」
 扉付近、軽く黙礼をする彼の肩を掴み、有無を言わさず口づけた。
 それは本当に、触れるだけのキスだった。子供同士がふざけてするような、小さなキス。
 すぐさま唇を離し、恥ずかしさに思わず顔を背けた。
「これでいいだろう」
「………ええ、十分です」
 笑みを含んだ声。最後の彼の記憶。
 それから彼が言ったとおり、宴は反叛者によって襲撃され、それを庇った情報部は政府を敵に回した。軍籍剥奪という重罪にまで追いつめられ、ヴィクトールが元首官邸に呼び出されたのはその四日後。
 そして、彼の人生はそこで幕を閉じた。
 様々な憶測が飛び交ったが、なに一つ真実はわからなかった。
 それから元首とその息子が死んだという報告が入り、火星は一気に息を吹き返した。
 全てはヴィクトールの死がきっかけだった。
 彼はたしかに火星を救ったのだ。
 だがその代償が彼の命だとわかっていたら、自分はあの時どうしていただろう。
 あの夜自分を訪れた彼に止めろと説得していただろうか。それとも、国のためだと思って無理矢理自分を納得させただろうか。
 静かにため息をついた。
 窓から見渡す景色は数年前と何ら変わりない、穏やかなものだ。
 とてもあの時全てが瓦解したとは思えないほど、何もかもが元通りだった。
 ヴィクトールという、一人の男の存在を除いては―――。
「アヤシル様?」
 怪訝そうな副官の声に我に返る。振り返れば、お茶が入りましたが、と伺う青年が首を傾げてこちらを伺う。
 それに小さく笑い返し、ありがとう、と答えた。
 そう、全ては終わったことなのだ。
 夢のような数年間。夢のような人々との出会い。
 最後にもう一度窓から見える景色を眺め、そして、私はカップに手を伸ばした。


三日連続でリクエストを消化する俺…誰か止めてくれ(爆)
とはいえ、筆のノリは前作同様良かったんだけど、どうにも内容が被ったような印象があるのがなぁ。
好きな展開パターンっていうのはある程度自分の中でできあがってるんで、無意識にそっち方向に行こうとするのが敗因か。
ちなみに今回の今内のリクエスト内容は……
・ヴィクトール×アヤシル←濃くても淡くてもどっちでも
・ヴィクトール&アヤシル妻←柔らかいの
・不思議の国のヴィクトール←BBSの
以上の3つでした。ええ、3つも送って来やがったんです(笑)
とはいえ、アヤシルさんを選んだのは一重に俺が彼を好きだったから。うむ、渋めのおじさんは大好きだ(=w=)
奥さんとの絡みは相手がヴィクトールでは柔らかくなりようがないだろう、ということで却下(笑)
まさかリクエストでハーレクインを書くわけにもいかないだろうし(笑)←そういう展開なのか!?
アリスはBBSに書いたものでもう満足しちゃったので(笑)
そんなわけで、オヤジ同士で頑張ってみたんだけど…全然エロくもなんともないよねぇ。
つーか、ヴィクが攻めなの!?(爆)
なんとなく俺の中でアヤシルさんは攻めだっただけに、今回の展開がこんなに抑えたものになったと言っても過言じゃないです(笑)
そんなわけで、あとは一人でも多くの人が楽しんでもらえれば幸いですm(_ _)m

 

 

 

 

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