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『静かに怒れる銀髪の君』 Written by Takumi


 帝国内で最も恵まれた土地を持つルトヴィアの首都、タイアーク。
 穏やかな気候と、それに伴う美しい自然の数々。
 南海に面した直轄地は商港としても名高く、その周囲には自然人々が集まり活気に富んだ町並みを作っていた。
 大陸中の富を集めた街。美しくも華やかな人々。
 それがルトヴィアを初めとする諸国の認識であり、また人々の羨望を一身に受ける富国の姿でもあった。
 だがそんなタイアークに異変が起き始めたのは春先。正確には冬の半ば頃からだろうか。
 まず街を行き交う女たちの様子が変わった。
 皆どこかそわそわと落ち着かない様子で辺りを見回し、時折見かける制服姿の女性に黄色い声を上げる。また数人が固まっては嬉しそうにロゴナ宮を目指して小走りに駆け出し、夕方家に帰るころにはどの顔もどこか呆けたようにうっとりと明後日の方向を見ているという次第だ。
 タイアークの異変。
 それは先日ユリ・スカナから嫁がれた皇后グラーシカが引き連れてきた親衛隊に、タイアークの女性たちが図らずも夢中になってしまったことだった。

「次!」
無駄のないきびきびとした声に、対峙した隊員が手にした剣を握りしめる。張り詰めた空気の中、一瞬の隙を見つけて剣を突き出すが、すらりとかわした剣先にあえなく得物をはじき飛ばされた。
 空高く舞った剣が深く地面に突き刺さった時、参りました、と一礼する隊員の声をかき消すような歓声がそこかしこで上がる。
「きゃー素敵ー!」
「タウラ様、こっち向いて〜!」
 見れば訓練場を取り巻くようにして女がずらりと居並んでる。その数はタイアーク中の婦女子が集まったのではないかと思えるほどだ。
 今し方隊長自らの訓練を受け終わった部下が微かに苦笑を浮かべながら、嬌声の対象でもある隊長を上目遣いで見つめた。その目には同情らしき色が浮かんでいる。
 親衛隊の訓練場がこのような華やかな光景になったのは、もはや国民の誰もが知ることだった。
 男装の麗人である主人のグラーシカを筆頭に、凛々しくも美しい女性で構成された親衛隊は初めこそ異端視されていたが、一人二人とその魅力に取り憑かれた女性たちが現れ始め今では社会現象にまで発展している。
 中でも人気の筆頭は隊長のタウラで、彼女の姿を一目見ようとこうして連日足繁く通ってくる婦女子の姿で訓練場は常に満員御礼状態だった。ちなみに二番人気はその彼女らを統括するグラーシカだったが、さすがに自国の皇后をそうおいそれと騒ぎのネタにするのは気が引けたのだろう。また仮にも既婚者ということがネックになり、独身のタウラに一馬身差で首位を奪われていた。
 そして今日もその例に漏れることなく、朝からオペラグラスを片手に真剣な眼差しで麗しきタウラの姿を追い求める婦女子で訓練場は人だかりである。
 しかも何かする度に黄色い声が上がるので、一向に集中できない。午前中に引き続き、それが午後にも一向に改善されない様子を見るとついに堪忍袋の緒が切れたのか。
「………失礼ですが」
 普段は寡黙でどんなに周りが騒ごうと完全無視を決めていたタウラがついに、そんな婦女子を相手に話しかけた。
 これにはさすがの女性陣も驚いたのか、一瞬水を打ったように静まりかえった人垣は、だが次の瞬間バケツの水をひっくり返したような騒ぎになった。
「タ、タウラ様が私に声を…!」
「なに言ってんのよ!私に決まってるでしょ!!」
「タウラ様、タウラ様ぁ!」
 口々に好き勝手なことを言うだけに、その場は突如として騒音のるつぼと化す。
 そんな集団と対面したタウラの頬の傷が微かに引きつった。怒りのサインだ。それを知っているだけに見守る隊員たちは無意識に数歩後ずさっていた。
「失礼ですが、訓練に集中できませんので…」
 だがその怒りを堪えるように押し殺した声でタウラが進言するも、対峙する群衆は聞く耳持たず。まして麗しの隊長が目の前にいるのだ。中にはその見事な銀髪を引っこ抜こうとし、またある者はなんとかしてその身体に触れようと必死に手を伸ばす。
 それらの攻撃をなんとか避けながらも、タウラは相変わらずの鉄面皮で人垣を説得しようと試みるが、
「静かに。私の話を……」
「痛ッ…ちょっと、押さないでよ!」
「やだ、私のタウラ様に手出さないでってば!」
「L・O・V・E、ラブリータウラ!」
 全く聞き入られない。
 それどころか騒ぎはますます大きくなり、時折ロゴナ宮からも何事かとばかりに人々が顔を覗かせてくる。
 そうとなっては迷惑を被るのは自分たちの主人、グラーシカである。
 それでなくてもまだ嫁いで間もない今、自分の親衛隊すらまともに制しきれないとまたもあの憎たらしい軍務大臣に嫌みを言われるのだろう。
 そう思った瞬間、タウラの中で何かが弾けた。弾けたというか、切れたと言った方が良いかもしれない。
 一陣の風がどこからともなく吹いて、タウラの銀髪をなびかせた。
 その姿にうっとりと婦女子たちが見入る中、それまでの空気が一変した。
「話を聞けっちゅーんが、聞こえんがか!?」
 タウラの怒声、だが何よりその訛り混じりの口調に誰もが声を失った。中には失神した者もいる。
 それまでの騒ぎが嘘のように、辺りがシーン…と静まりかえった。
 その様子に満足したのか、ふん、と鼻を鳴らしたタウラが一同を見回して言葉を続ける。
「さっきから黙って聞いとりゃ、やれタウラは私のもんだ、桜が綺麗に咲いただ」
 いや、言ってねーよ。とは誰もが思った突っ込みで。だがそれを口にする勇気のある者はいなかった。
「おんしらの声が邪魔で、訓練に集中できんがよ。それとも…」
 銀色の髪の毛がきらきらと日に透けて輝いた。だがそんな秀麗な容姿からは想像もつかないような台詞が形良い唇から飛び出る様は、これまで抱いてきたタウラ像を大きく破壊するものだった。
 できれば見たくないとばかりに数人の女性が俯く。その目には微かに涙が浮かんでいた。アディオス、タウラ様…彼女らがそう思ったかは定かでない。
「それともなにか?うちらの邪魔してうちのお姫さんの信頼を落とそうっちゅーハラやないやろうな?」
 だが当のタウラはと言えば、様々な土地をグラーシカと共に旅してきたことによってできた副作用、つまり地方言語の混同でむちゃくちゃになった口調をあえて隠すことなく喋り倒す。
 その様子を見守っていた隊員の何人かは、駄目だったか、とばかりに肩を落とした。
 元々タウラが寡黙だったのはこの口調を隠すためであったとは、隊における暗黙の了解だった。
 静まりかえった訓練場。だがそれでも人垣は人垣。多くの婦女子が今目の当たりにした事実に衝撃を受け、一人、また一人と失神していく。倒れていく人々。自然、波が起こる。後ろから前へ、人の波が動く。動く、動く。
「はよ去ね!」
 タウラが一括したときだった。
 キャーッとどこからともなく声が上がる。後ろから、それから次第に前に向かって。悲鳴が移動する。人垣が動いた。倒れる、前方に倒れる。
「痛ッ…や、ちょっと押さないでよ!」
「やめてって言ってるでしょ!危ないじゃない!」
「あぁぁぁぁぁーーーー!」
 一瞬のことだった。それまで人垣だったものが、雪崩のように押し寄せ、そして訓練場はあっという間に阿鼻叫喚の地獄絵図。
 思わずそれまで静観を決め込んでいた隊員たちも慌てて駆け寄るが、それよりも先に指揮を取ったのは、
「怪我はありませんか?」
 これまでの様子が嘘のように、いつもの鉄面皮を装ったタウラだった。しかもなんのサービスかとばかりに、倒れた婦女子の一人に手を貸している。
 当然思わぬ事態に陥った当の女性は顔を真っ赤にしながらも、麗しの隊長の手を取り恥じらいを含んだ様子で、はい、と消え入りそうな声で答えた。
「良かった」
 ホッとした顔。心なしか笑みすら覗くその表情に、再び辺りは嬌声に見舞われ当の婦人はそのまま気絶してしまった。その手を握ったまま、タウラはどうしたら良いのかと背後に並ぶ部下たちに救いの眼差しを投げるも、それが困っている顔だとはなかなか判別しにくい。むしろいつも以上に秀麗な、切れ上がった瞳が更に婦女子たちをばったばったと卒倒させている。
 罪作りな人だ…と全てを見守っていた隊員たちはあからさまにため息をつき、そんな隊長の無自覚さを呪った。
 皇后付き親衛隊。
 たとえ隊長が方言混じりの喋りであろうと、夢見る乙女に中身は関係ない。
 訓練場への見学者は日に日に増加し、今日もまたタウラの怒声が辺りに響き渡るのだった。


宝塚チックに、とか色々と小さな設定をもらっていたにも関わらず、至って普通の展開になってしまった(^-^;
でもタウラの口調云々に関しては書く前から「そういえばいつかの日記でタウラが妙な口調で喋ってるセリチャを書いたような…」と思い出したのをきっかけに、なにがなんでもタウラ=方言混じりの美丈夫にしようと思ってました(笑)
こうなると本当にパロディ極まれり、ですが。
既刊を5冊、PCの横で待機させてた割には全然それが反映されてません(爆)
つーか、そもそも訓練場なんてあるのか…しかもロゴナ宮のすぐそばに…。
考え出すとボロが出そうなのであえて考えないとして。
本当は段落を変えてこの続きとして男前夫婦のやり取りを書こうと思ったんですが…それこそ親衛隊グッズで荒稼ぎしてる妻にその何割かを財政に回してくれと頼み込む夫、とか(笑)
さすがに遊びが過ぎたので削除させてもらいました。
まぁ、こんな感じですが約2ヶ月待たせたリクエスト小説。
少しでも楽しんでもらえれば幸いですm(_ _)m

 

 

 

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