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『無意識下拘束』 Written by Takumi


 あれほどまでに、コンプレックスを抱かせる男を自分は知らない。
 彼ほど「男」を意識させる男も、彼ほど「自分」を自覚している男も。
 自分は知らない。
 知らないままで良かったのに。
 それは突然やってきて、私の前から大切なあの人を奪い去っていった。
 さようなら。さようなら。
 もうその姿を見ることは叶わないけれど。

 暗闇の中で、悠然と椅子に座った男の股間に顔を埋める自分。
 そそり立つ性の象徴にためらいもなく舌を絡ませ、時に甘えるような上目遣いで相手を見据える。
 男として屈辱以外の何物でもない行為。
 だがそれを嫌だとは微塵も感じず、むしろ好きこのんでやっている自分の姿に微苦笑を浮かべた。本当はそんな自分にずっと昔から気づいていたくせに。常識という枠から外れたくなくて必死で見ない振りをしてきた。
 だがそれをいとも容易く言い当てた男がいる。
「ふ…ぅ……」
 グジュグジュと唾液混じりの音に合わせて頭上の男が声を殺す。綺麗に割れた腹筋がその度に堪えるように小さく動いた。歳の割に均整の取れた無駄のない身体は彼が最も自慢とするところだ。
 カール・マッソウ。保安部長官にして真性の同性愛者。
 人が墓場まで持っていこうと思っていた秘密を当たり前のように目の前に晒した容赦のない、だが自分にとっては新たな人生を歩むきっかけを与えてくれた男だった。その時から自分と彼との関係は続いている。
 秘書という自分の立場。
 愛人だからといって甘えはない。常に自分の仕事には自信を持って取り組んでいる。
 そう思っていたのに。
 舌を動かしながらの思考は、だが口腔に迎え入れた高ぶりが最高潮に達しそうになったとき。いつもなら激しく自分の髪を掴み乱暴にかき乱す男の手がなにも動きを取らなかったことに不信感を覚え、思わず銜えていたソレを口外に吐き出した。
「カール…」
 二人きりの時は名前を呼ぶようにと、最初の情交の時に教えられたことは今ではすっかり身に馴染んだ習慣で。上目遣いの自分の眼差しと、なんだ、と明らかに今初めて股間を覆う男の存在に気づいたとでも言いそうなカールの瞳とがかち合った。
「なにか考え事でも?」
 あえてそれについては言及せず、穏やかに訊ねる。いつもとは違う、ほんの少しの差異。
 でもそれが気になるのは、きっと彼の思考が手に取るようにわかるからで。
 金髪が好きだというのはつき合っていく過程で自然とわかった。更に美形が好きだということも、高嶺の花に憧れを抱く傾向があることも。
 だがそんな人間がそう簡単に転がっているはずがないと安心していたのに、その安心を覆す存在が現れた。
 情報部長官。普段はきっちりと整えた金髪に、涼やかな眼差しが印象的なヴィクトール・クリューガーの姿が瞼の裏に鮮やかに甦った。
 昼間自分を呼びだし、主人を裏切れと囁いた男。
 そしてカールが長きに渡って関心を抱いていた、ユーベルメンシュという彼の理想の化身。
 以前の自分だったら一蹴していただろう。いや、それ以前に彼自身自分に声を掛けようとは思いもしなかったはずだ。
 ではなぜ。
 愛が冷めたからだろうか。
 自分ではなく、カールの自分に対する愛情が明らかに以前よりも薄まっているのは明らかだった。今の行為にしても、以前のような慈しむような気配はない。単なる性処理という感じを否めないのは思いこみでも何でもなく。
 明らかなる事実だった。
 どういう手段でそれをクリューガーが得たのかはわからない。だが仮にも情報部長官を務める男になぜと聞くのも馬鹿らしかった。
 選択肢は二つ。
 このまま昔の恩義と薄まりつつもまだ形のある愛情にすがりカールを取るか。
 はたまた、クリューガーの甘言に乗って数年来の付き合いのある上司を裏切るか。
 返事は待ってくれと言った。もうしばらく考えさせてくれと。
 そして今、その答えを見出すきっかけになりはしないかと、深夜のカール邸を訪れて今に至る。
 目の前にいるのは上の空のカール。自分の声がその耳に届いているのかと、疑ってしまいそうなほど何かに心を奪われているかの姿だった。
「集中…できませんか?それとも私が…」
「ああ、いや……」
 言葉を遮るように唇を開いたカールが面倒臭そうに手を振る。本人は疲れているのだと言いたいのかもしれないが、なまじ付き合いが長い分わずかな表情の変化も読みとれてしまうから。
 彼がこの行為に集中していないこと、更には自分との性交にもはやなんの興味も示していないことがわかった。
「すまんな…ちょっと気が弛んでたみたいだ」
「……そうですか」
「いや、もうそこは良い…」
 言って自分の後方に手を伸ばす彼の手を、拒むことなくむしろ手が届きやすいように少し腰を浮かせて迎え入れた。
 ベッドの中で上司も部下もないと、そう言ってくれた彼。
 だが愛がないとわかった今、こうした行為は恋人同士の間で行われるそれではなく、単なる職務の一環になってしまう。上司と部下。上司が求めるのならば、部下はそれを大人しく受けるしかないではないか。
「…ぁ、つ……」
 中を掻き回す指の動きに合わせてわざと声を上げてみせた。音響的な刺激を好む彼へのサービス。どこか冷めた自分が、そんな自分を嘲笑うかのように観察していく。
 線の細い身体。男臭さを感じさせないなだらかな作りの外見に、淡泊な顔立ちに添えられた大きな瞳。
 彼が好きだと言って抱きしめたこの身体。可愛いと囁いてはキスをした小さな唇。
 だが今最も彼が欲しているのはそんな自分とは正反対の、男を強く意識させる男だった。
 裏切られたと言うにはあまりにお粗末で。逆にそんな彼と自分を比べてみれば、カールがなびいたのも当然だと思えてしまうところがどうしようもなく空しかった。
 冷たさを漂わせるブルーグレイの瞳。その瞳は果たして彼を見つめるのか。
 バラ色の唇は、果たして彼の求める睦言を紡ぐのか。
 まるで女の嫉妬のように、クリューガーのことを考えている自分がいる。今もこうしてカールの腕に抱かれているというのに、考えることをやめられない。
 彼ならどう抱かれるだろう。どんな風にカールを喜ばせるだろう。
「カー…ル、も…」
「どうしたい?」
 耳元で囁かれた甘い声。全てはこの声から始まった。
 自分をこんなにした男。でも憎めないのは少なからず愛情を抱いていたからで。
「欲し、…も、カール……」
 身体もそれ相応に慣れてしまったから、もう後には退けない。今はただひたすら身体の奥で彼を感じたくて、涙で濡れた瞳を向けて懇願した。
「挿れ、て……」
 心のどこかで優越感を感じている。あのプライドの高いクリューガーにはこんな台詞は言えないだろうと。
 だがそう思うと同時に、彼はこんな言葉を吐く必要がないのだという事実に気づく。きっと彼ならば自ら懇願するようなことはせず、むしろ相手に抱かせてくれと懇願させるだろう。
 そしてそんな対応を喜ぶ男は自分は知っている。目の前にいる男がそうであることを、自分は知っている。
「どうした。妙に積極的だな」
 テイエス、と名前を呼ばれ、ふとその名を頭の中で「ヴィクトール」と置き換える。
 途端たまらない快感と嫉妬にさいなまれた。
 男に抱かれるヴィクトール。声を上げて腰を振るヴィクトール。
 自分のように男らしさの感じない身体ではなく、男を主張してやまないあの身体が同性に抱かれるという光景は、想像だけでかなり刺激的なものだった。
「…っ、カー…ル、はや……」
 ぞくりと背筋を快感が通り抜ける。まだ指しか入れてないというのに。
 馬鹿みたいに感じてる自分。これはビジネスだと割り切っているはずなのに、一度頭に浮かんだヴィクトールの痴態はあまりに刺激的すぎて。
「ふっ…ぅ……」
 入口に高ぶったそれが押し当てられた。グリグリと先端で刺激されあっとのけ反る。
 耳元ではカールの荒い息づかいが聞こえる。果たして彼は今誰を抱いている気になっているのだろう。誰を思い浮かべているのだろう。
 それが自分でないことはわかっていた。
 グイッと最奥まで一気に押し込まれた塊。ヒッ…と声を上げれば、感じるのか、とばかりに含み笑いが聞こえた。すぐに激しいピストン動作が始まる。
 たまらない快楽。脳裏に起こるフラッシュバック。
 一人の男が現れた。金髪の、昼間嫌と言うほど顔を合わせた男の顔だ。
 自分を試して、更には裏切りの片棒を担がせようとした。自分からカールを奪い去った男。
 人生を狂わされたのだ。たった一人の、クリューガーという男によって。
 だが。
 憎いと、思っているのに。
 どうして。
 どうして瞼の裏にはいつまでも、彼の姿が消えないのだろう。
 意識を手放す寸前、自分が認めた彼の姿は。
 余裕の笑みを浮かべた、何よりも美しい最高のユーベルメンシュだった。


……微妙…っていう読後感がありません?正直なところ(爆)
すみません、独白系が苦手なくせに今回はどうしても独白系で語りたかったんです(-_-;)
でも改めてBBを読み直すとこのテイエスって人間は意外にもまともな、むしろ美青年風を思わせる容姿の持ち主だったみたいですね。
まぁ、だからといって彼の喘ぎ声を書くのに抵抗がなかったかというとまるっきり嘘になるんですが…(笑)
個人的にはなによりカールが再登場してくれたことに何よりの喜びを感じてます(笑)
きっとテイエスも彼の四十八手にやられてここまで男好きに成長したんでしょう…哀れ……。
とはいえ、タイトルの意味は「コンプレックス」と解してもらえれば…。
うん、だって辞書で「コンプレックス」を引いたら「無意識下に抑圧・保存され、間接に現実意識を拘束する感情的経験」ってあったから(笑)
これでも間違いじゃ…ないよね?
ちなみに「コンプレックス」を探す際に「コンドーム」に目が行ったのは人間として当たり前の行動だったと…そう思いたいです(笑)
とはいえ、楽しんでもらえれば幸いですm(_ _)m

 

 


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