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『間接キスの行方』 Written by Takumi


 時は一九四二年。世界は第二次世界大戦の真っ最中だ。
 だがそんな時でも空には相変わらず青空が広がってるし、男達は景気よく杯を傾け馬鹿騒ぎを繰り返す。
 ここ第V飛行隊が所属する基地も例に漏れず、今夜は近辺の酒場から何度も乾杯の音頭が上がった。この日の中隊スコアは二十七。まれに見る好成績と仲間の功労を労う祝い酒だ。
 誰の顔も酔いと嬉しさとで赤らみ、普段は隣り合わせの戦闘をこの時ばかりは頭の隅に追いやっている。
 その中でも一際目立つ男がいた。
 連中の中心で誰彼ともなく飲み比べを持ちかけ、その全てに勝利しているウワバミ。かかかか、と軽快に笑っては再び浴びるように酒を飲む。
 ヴァルター・クルピンスキー。
 信じがたいが、現在酒場を盛りに盛り上げている第七中隊の中尉である。
 だが率先して上司が暴れる分、部下も騒ぎやすい。彼がそれを意図してやっているのかははなはだ疑問だが、酒場の雰囲気はますます盛り上がる一方で静まる様子を見せない。
「おい、ブービィ!」
 そのクルピンスキーが酒場の隅で隠れるようにしてサラダを食べていた青年を見つけ、意地の悪い笑みを浮かべて近づいた。
 坊やと呼ばれた青年はそのあだ名にふさわしい幼い顔つきを強ばらせ、思わず腰を引く。
「な、なんですか?」
「お前なに食ってんだ?…あぁ?サラダだぁ?誰がそんなもん食えって言ったよ?」
 ピシピシと柔らかい頬を叩かれる様子は、青年の持つサラダ効果と相まってまさに狼にいたぶられるウサギ状態。
 珍しく絡み酒のクルピンスキーに、周りの連中もげらげらと腹を抱えて笑った。
「ハルトマン、そうなったら中尉はなかなか許してくれねぇぞ!」
「これも試練だと思って頑張れよ!」
 あちこちから上がる声もまるっきり楽しんでいる。
 ブービィ、もとい、ハルトマン少尉も連中の気質を知ってるだけにあえて助けを求めることもしない。というか、しても無駄ということをここ数ヶ月の生活でみっちり身に染みて教わったからだ。
「おい、おまえ」
 再び真っ向から睨まれてブービィが首をすくめた。この上司は普段から容赦ないが、酒を飲むと更にそれに磨きがかかることは有名だから。
 何を言われるだろうと、びくつきながら小さく、はい、と返事を返した。
「たしか婚約者の…ウーシュだっけか?写真持ってたよな?」
「……あ、はい」
「見せろ」
 有無を言わさぬ態度。妙に座った目が怖い。
 我知らず背中に嫌な汗をかいていた。
 たしかに婚約者の写真は常に内ポケットに潜ませている。時折隠れてそれにキスをしてるのも事実だ。だがそれを誰かに言ったり見せたりしたことはない。
 なのになぜクルピンスキーがそれを知ってるんだろうと、怪訝に思いながらも相手は上司。断ることなどできない。
 女好きで有名なクルピンスキーの前に婚約者の写真をさらけ出す。果たしてズタボロに文句を言われるか、はたまた写真を見られただけで愛する婚約者が妊娠してしまうか。
 どちらの可能性も高いだけに、内ポケットを探る手は鈍い。
「早くしろよ」
 焦れたクルピンスキーが半ば奪うようにして写真をさらっていった。
 ふぅん…と面白そうに声を上げるクルピンスキーの様子を上目遣いで見守る。写真には婚約者のウーシュが微笑んでる様子が写し出され、欲目を抜きにしても可愛い。
 そのあまりの可愛さにこの上司がほだされないか、気が気でなかった。
「あの、中尉……」
「可愛いな」
「……はぁ」
 それまでとは打ってかわって真面目な声に、やはり、とため息をつきそうになるのをぐっと堪えた。いつだったか、人様の女を口説く瞬間が一番楽しい、などとフザけたことを自信満々に言ったクルピンスキーだ。
 まさか部下の女にまで手を出すとは……悲しいが、その可能性は大いにあった。
「俺とどっちが可愛い?」
 だが次いで耳に入った問いかけに、そうですね、と半ば聞き流しながらビールを飲み干し、
「ッ…!今…なんて…ッホゲホ……!」
 ふとその意味を理解した途端むせた。
 あまりの咳き込みに、肺の方まで痛みが走る。苦しくて涙が浮かんだが、そんなブービィの様子を後目にクルピンスキーは至極真面目な顔つきで再び問い詰めてきた。
「なぁ、ブービィ。正直に言ってくれ。俺とこの…お前の婚約者、どっちが可愛いと思うんだ?」
「可愛いって…な、なに言ってるんですか……」
「そりゃたしかに俺はこんなつり目だし、女にだってもててもてて困るぐらいの男前だが…」
「………はぁ」
「それでもここ一番って時の可愛さはお前の婚約者に負けてないと思うぞ!」
 思うぞ、と言われても困るのである。
 拳を握って熱弁する様子はお世辞にも可愛さとはほど遠いものだ。さすがにそれまで大人しく事態を見守っていたブービィの顔にも冷静さが戻ってきた。
 空になったビールジョッキをテーブルの隅に寄せ、乱れた前髪を手櫛で整える。
「どうなんだ!」
「ウーシュの方が何百倍も可愛いです」
「なっ……!」
 絶句といった様子のクルピンスキーを無視して、ビールの追加を頼む。
 だがその間もクルピンスキーはその場に立ちつくし、わなわなと震える拳を身体の脇で握っていた。
 ブービィの方は珍しく普段は言い負かされてばかりの中尉をやりこめられて満足したのか、余裕の笑顔で空いた自分の隣席を指さす。
「ほら、中尉。飲み直しましょう」
「……てやる……」
「なんです?」
 小さく呟いたクルピンスキーの声に、問いかけるようにブービィが彼に視線を戻したとき。
 その手に未だ婚約者の写真が握られていることに愕然とした。なんてことだ、と自分の浅はかな行動を後悔するも、もう遅い。
 酒に酔った中尉は何をするかわからない。きっとあの写真は怒りにまかせて握り潰されるに違いない。いや、握り潰されるならまだしも、もし破り捨てられたら。婚約者になんと申し開きをしたらいいのだろう。まさか上司に写真を駄目にしたとは言えない。だがそうは言っても、もう一枚写真を送ってくれと頼むのはあまりに不自然だった。真実を知った彼女はどうするだろう。もしや婚約解消なんて事もあり得るのだろうか。
 一瞬のうちにこれだけのことを想像し、ブービィの顔が蒼白になった。
「あの…中尉……」
「こうしてやる!!」
 止めようと手を伸ばした瞬間、その手をふりほどいたクルピンスキーがしたことは。
 あろうことか……、
「ああああーーー!!」
 写真に熱烈なキスをかましたのだ。それもベロベロと舌で舐めねぶるほどの執拗さで。
 その様子に絶叫と共に一瞬意識が遠のいたブービィである。
 だが見守っていた連中はやんやの喝采をクルピンスキーに浴びせた。その声援に勝ち誇ったようにガッツポーズを返し、クルピンスキーは嬉しそうに満面笑みでブービィに向き直り、
「返すな♪」
 ご丁寧に内ポケットに入れ直してくれた。
 更には失神中のブービィの耳元に唇を寄せ、
「これで今度からは俺と間接チューだぞ」
 良かったな、としたり顔で微笑み酒場の中央カウンターに戻っていった。
 取り残されたブービィは一人、涙を堪えて体を震わせていたという。
 ちなみに次の日の出撃でブービィが放った弾が危うくクルピンスキーの機体を直撃しそうになったとは、隊内でもみ消された事実の一つだった。


ちなみに今更ですが『鷲と鷹』ってのは須賀さんが雑誌『The Snealer』に掲載した短編小説です。挿絵は星樹さん。
第二次世界大戦を舞台に、再び史実に飛行機野郎が繰り広げる人情物語(違う)
今のところ文庫収録はされてませんし、今後収録されるかどうかも妖しいです。
だってスニーカーでの仕事はこれだけだし…。
とはいえ、天バカに続いて史実のキャラが登場するだけに当時も色んな楽しみ方がありましたな。
俺も密かに老いたブービィが登場するビデオなんかを持ってます(笑)
で、今回のリクエスト小説は『鷲と鷹』ベースということで、久々に楽しく楽しく明るい雰囲気で書かせてもらいました。
本当はこのあと酔ったクルピンスキーが格納庫のブービィの愛機に自分の名前を書く、というエピソードも考えたんですが(笑)<ブービィは愛機に恋人の名前をマーキングしてる
そこまで変態化させるのも可哀想だと思い直し、キス止まりに。
ちなみに本作のクルピンスキーはあくまで格好いいキャラです(笑)
雑誌の入手は難しいとは思いますが、一読して損のない作品ですよ♪
というわけで、パロディ小説の方も少しでも楽しんでもらえれば幸いですm(_ _)m


 

 

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