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『皆で祝おう素敵なこの日』 Written by Takumi


 再びこの日がやってきた。
 どこの世界にも存在する、その国独特の記念日。
 海の日、勤労感謝の日、敬老の日。
 そしてつい先日、火星でも政府を通して新たな記念日、ポッキー記念日が無事施行されたのはまだ人々の記憶に新しい。
 だが今日はそんな新しくも奇抜な記念日ではなく、火星という星がこの大宇宙で産声を上げた瞬間から成り立った由緒正しき記念日である。
 火星生誕記念日。
 なんの捻りもない名前だが、それだけに直接人々の胸にその意味を伝えるだけのインパクトがある。
 だが従来なら厳かに行われるはずの式典もこの年ばかりは違った。原因はただ一人の男の呟き。絶対的な発言力を持つその男が呟いた、ほんの小さな願望が全てを決定してしまった。
「……火星もさ、もっとみんなで一致団結しないとね」
 かくして格式高い火星生誕記念日は、この瞬間それまで取り決めていた式典式次第をはじめとする諸々のスケジュールを全て変更し、その男の言うがままに全ての物事が執り行われていった。
 その男、火星元首ユージィン・アフォルターの呟き一つで。
 火星の政界を一手に握っている一方で、アフォルター財閥の総帥として財界をも取り仕切っている彼は誰もが認める実力者だった。彼に睨まれて生き残れる者はいない。
 そうとまで言われている彼が、今回の式典変更を単なる気まぐれで実行したとは誰も思っていない。必ずその考えには何か裏があるのだろうと、息を潜めてそんな彼の言動を推し量っている。
 だが彼らは知らない。
 その思慮深い元首が、だが時に正真正銘単なる嫌がらせで自国のルールをも覆すこともあるのだということを。
 よって今回の式典変更もその一つ。
 被害を被ったのは他でもない、昔日からの元首のご友人。
 情報部のヴィクトール・クリューガーその人だった。
 火星生誕記念日は、今年も華やかに執り行われた。

「ユージィン!貴様、今日という今日は……!」
 バンッと容赦ない蹴りで元首執務室のドアをくぐり抜けてきたのは、怒り心頭といった様子のヴィクトール。普段は一糸乱れぬ彼も、この時ばかりは多少髪を振り乱しての登場だ。
 だがそんな彼の登場をものともせず、むしろ彼の訪問を待ちかまえていたかのようにゆったりと笑うユージィンが執務机に座ったまま、感心した声を上げる。
「思ったより早かったね」
 もっと掛かるかと思った、と笑いすら含んだ声で楽しそうにヴィクトールを見つめる様は心底楽しんでいるもので。
 更に怒鳴りつけようとしたヴィクトールだが、声を発しようとした瞬間執務机から立ち上がったユージィンに気をそがれる。普段おっとりとした動きのユージィンにしては珍しいぐらい機敏な動きでヴィクトールに近づいてきたかと思うと、
「やっぱり僕たち、運命の赤い糸で繋がってるんだよ♪」
 言うと同時にピーン…と妙な機械音がした。見れば二人の手首を手錠に似た妙な拘束具が繋いでいる。
 あ…とヴィクトールが声を上げる隙を与えず、声高らかにユージィンが宣言した。
「生誕記念日特別企画、スタート!」
「なんだと!おい、貴様…なんだこれは!外せ!」
 わけがわからない、という顔をしたヴィクトールがとっさに拘束具に手を掛けるが、ユーベルメンシュの力を持ってしてもそれはびくともしなかった。
「外れないよ。マックスのサーベルと同じ材質だから」
 青ざめるヴィクトールを観察しながらユージィンが心底嬉しそうな声で真相を告げる。
 そう、つまりこれが今回彼が提案した記念日の過ごし方。
 火星全体で作られた大規模なくじを引き、ペアとなった者と記念日をいかに楽しく過ごしたかを競い合うのだ。
 元首ユージィンの呟き。
 火星全土の一致団結がこうした形で表れるとは誰にも予想できなかったが、鶴の一声はなによりも尊重しなくてはいけないということもあって、ついに記念日当日を迎えてしまったのだ。
 ちなみに上位入賞者にはこの記念日セレモニーの提案者でもあるアフォルター元首自らコネとポケットマネーを総動員して記念品を取りそろえている。中でも金では買えない元首の直筆サイン、保安部長感とのツーショット写真、副官マックスの手料理は政界マニアにはたまらない品として、既にものすごい争奪戦が水面下で起こっているらしい。
 そもそも今回のこの前例なきふざけた企画が採用・実行されたのもこの記念品があったからだと言っても過言ではない。もはや火星全土の人間が本気で取り掛かっている。
 その証に遊園地は満員、映画館は立ち見席が当たり前、街は人で溢れ、リゾート地は黄金週間さながらの混雑ぶりを見せていた。
 だが連日多忙に多忙を重ねる情報部長官が事態の大きさを知ったのはつい先頃。
 噂では気を利かせた副官があえてその情報を伝えなかったという説もあるが、数日前に火星全土に配られた記念日企画の説明を記載したチラシを情報部長官が知らなかったとは、致命傷も良いところだ。
 そして今日、記念日当日になってさりげなく副官が机に置いていたチラシを目にして目を疑った。あとは今に至るわけだが……。
「ユージィン、貴様…!このわけのわからん企画だけでなく、俺まで巻き込んで何を企んでる!」
「企むなんて、人聞きの悪い。僕はね、単に君ともっと仲良くしたかったんだよ」
「黙れ!大体火星全土で引いたくじがなぜ俺とお前でペアになるんだ!しかも俺はくじを引いた覚えはない!」
「ああ、僕が代わりに引いといてあげたから♪」
「余計なことをするな!」
 まるで食い違いの会話である。
 しかもヴィクトールとしては怒り心頭で、もはやなにから言及すればいいのかわからないほどだ。
 対するユージィンは裏から手を回したこともあり、まんまとヴィクトールとペアになれたことに心底満足している。しかも彼を虐めることを最大の喜びとしているだけに、目の 前で怒り狂うヴィクトールを見る喜びはまた格別だった。
 だがそうする間も二人の間では容赦ない手錠が絆の如く揺れ動き、もう離さない、とばかりに自己主張している。
 それを目にして再びヴィクトールが吠えた。
「この手錠も今すぐ外せ!」
「駄目だよ。今日の記念日のテーマ、もう忘れちゃったの?」
「……いかに相手と楽しく過ごすかを競うんだろうが。まったく、くだらんことを…」
「うん、だから君とこうしたら喜んでくれるかと思って」
「ふざけるな!俺にSMの趣味はない!」
「冗談だよ。やだなぁ、脳みそにちゃんと血液回ってるの?」
「お前がそうしてるんだろうが!」
「だからね、きっと君のことだから僕と一緒だとわかると逃げ出しちゃうと思って。そうできないように…ね?」
 おかげで早速役に立った、と嬉しそうに言うユージィンの笑顔はまさに無垢な子供のそれで。これ以上何を言っても無駄だと悟ったのか、ヴィクトールが今度は部屋隅に控えた副官を睨み付けた。
「マックス、お前はどこまで知ってた?」
 地を這うような声で問われれば、日頃無表情な顔に僅かばかり動揺の色が浮かぶ。
 だが口を開く前に、隣に並んだ同じ顔の男がそんな彼をかばうようにして前に出た。
「違うんです。マックスは…良かれと思ってしたんであって、決してヴィクトール様をだまそうなどとは……」
 マックスの双子の兄であり、ユージィンの副官でもあるエーリヒだ。
 だがそんな彼らの手首にも、自分たちと同じように手錠が覗いているのを目にしてヴィクトールが、ほぅ、と意味深な笑みを浮かべる。
「やけに仲が良いと思えば…そういうことか」
 視線の先に気づいて慌てて腕ごと背後に隠したエーリヒが、頬を染めて目を伏せる。生娘のような反応は相変わらずだが、今はその様子を楽しむ余裕がない。
 彼らにとっては嬉しい拘束でも、自分にとってはこれ以上ないほどの屈辱なのだ。
「……ヴィクトール様」
「なんだ」
 マックス、とようやく重い口を開いた副官を見つめれば、珍しく悩みに眉根を寄せた姿が目に入った。
 一体どんな弁解をするのやら。
 半ば楽しみにしながらその先を待ってみれば、
「今日はどちらの足から靴下を穿かれましたか」
「……右からだが、それがなにか…」
「でしたら、今日のことは諦めてください」
「…………」
 この副官は何を言っているのだろう。言葉が足りないのはいつものことだが、今日はまたいつもに輪を掛けてわけがわからない。
 怪訝そうな顔でなおも問い詰めようとすれば、半身の危機とばかりに慌てたエーリヒが矢継ぎ早に話し始める。だがその内容も……、
「マックスはこの頃占いに凝ってるんです!」
「……だからなんだ」
「ですから、きっと今日のヴィクトール様の運勢は靴下を左から穿いていたら好転していたんだと…つまりはそういうことだと思います」
 そうだよな、と隣にマックスに優しく問い掛ければ、そうだとばかりに頷くマックスがあまりに真剣な表情ゆえに何も言えず。しかもあの不器用なマックスが織りなす占いとは一体どういう代物なのか。結果を信じて良いのか疑って掛かる方が良いのか、それすらもわからない。
 だがこうして必死に半身の弁解をしようとするエーリヒとは対照的に、当のマックスはというと相変わらずの無表情でポケットからおもむろにトランプを取り出すと、
「ヴィクトール様の午後の運気を占ってみます」
 返事を待たずにシャカシャカとカードを繰り出す。
 だがそれも束の間。
「……あ…」
 小さな声と同時にバサバサッとその手からカードがこぼれ落ちた。それを見たヴィクトールが盛大なため息を吐く。
「……もういい」
 すぐ側でエーリヒが、今のはたまたまなんです、と床に散らばったカードを集めながら必死の声を上げるが、それにもおざなりに首を振りながら聞き流した。
 ここでまともに相手をしては負けだと、いい加減悟ったと言ってもいい。
 もはや今日が何の日で、何をする日なのかもどうでも良かった。
 だがため息をついて座ったソファーに、あわわ、とつられるようにしてユージィンが倒れ込んできたことによって、再び現状を思い出しムッと眉間に皺を寄せる。
「いい加減これをどうにかしろ」
「駄目だよ。記念日終了の合図と同時に外れるよう設定されてるんだ」
 さすがユージィン。何事も用意周到である。
 ヴィクトールとしては何が悲しくて嫌いな相手とこうも一日べったりと過ごさなければならないのかと、怒りはますます増えるばかりだが。
「あ、レベル2に下がった」
 なにやら手元を見るユージィンにつられて視線をやれば、互いの手首を結ぶ拘束具につけれられた液晶部分に「2」と浮き出されている。
 これはなんだと説明を求めれば、嬉しそうに喋り出すユージィンがますます忌々しい。
「今回のテーマはいかにお互いが幸せを感じるか、だろ?だから内面的な喜びを十段階で 表示できるようにしてるんだ。で、企画終了後はこれで優勝者を判断するわけ」
 僕が考えたんだよ、と得意そうに言うユージィンを殴るべきかとしばらく考えたヴィクトールだが。
 次の瞬間その顔が意味深な笑みで染まる。にやり、と音までしそうな笑みを浮かべながら、ヴィクトールがソファーにふんぞり返った。
 その変化に、おや、と怪訝そうな顔をするユージィンだが、あえて黙って様子を伺ってみることにする。
 これまでの経験として、ここであえて口を開いても相手にされないことをわかっているからだ。人の意見を聞かない友は、だがその猪突猛進ぶりがたまらなく可愛い。本人にそれを言うと間違いなく激怒してしまうので、あえて胸の中でこっそり思うことに留めるが。
 そう思われているとは露とも知らないヴィクトールは悠々とソファーの背に身体を預け、自分をこんな目に陥れた張本人をさも愉快そうに眺め口を開く。
「なら今レベル2の俺達には到底優勝のチャンスはないな」
 そもそも俺はお前と一緒なら間違ってもレベル10に達する喜びは感じない、と断言する様は子供っぽいことこの上なく。
 その様子に、可愛いなぁ、と心底感嘆したユージィンが残念とばかりにチッチッチ、と指を振る。その顔には満面の笑み。
「甘いね、ヴィクトール」
「……なんだと?」
「今回の入賞者設定にはちゃんと引っ掛けもあるんだよ」
 どういうことだ、と目だけでその先を促せば、先ほどのヴィクトールに負けず劣らず企み顔のユージィンが嬉しそうに言葉を続ける。
 所詮似た者同士なのだ。
「最下位の、つまりレベル0のペアには特別賞が出るんだ」
「なんだと!」
 思わぬ反応に腰が浮きかけた。だが手錠で繋がったユージィンに強引に引き戻され、再びソファーに舞い戻ったときには目の前でキラキラと目を輝かせた奴が目の前で。
「しかも商品は……」
 クッ…と喉奥で笑う声が聞こえた。必死に堪えていたのが思わず出てしまったという様子。
 睨み返せば、あははは、と盛大な笑い声が返ってきた。ソファーの上で身をよじるユージィンが嬉しくてたまらないといった声で真実を告げた。
「情報部長官との一日デート権!」
「ユージィン、貴様また……!」
「あ、レベル1になった♪」
「くっ……!」
 哀れ、ヴィクトールは怒るに怒れず、だが怒りは増す一方で。
 結局その日の特別賞受賞者は記念日提案者本人であったことは、皆の記憶に根強く残ったのだった。
 だが翌年の同日、再びこのイベントが執り行われることは二度と無かった。
 官僚の一人が大反対した結果だと、人々の間ではまことしやかに噂されてはいたが。
 真相は誰も知らない。


あえてギャグを求められた今回のリクエスト。
本当に長々とお待たせしました。その割に内容は至って馬鹿です(-_-;)
でもマッソウとの2ショット写真は俺も欲しい…とか思いながら書いてみたりして(笑)←どんな2ショットだ…
自分が完結した思いで書いてた作品の続編を求められるのは、嬉しいのと同時に結構苦しみます。続きはない、と自分の中で一応の整理がついてるだけに…でもその分世界が広がるのは確かなんですが(笑)
今回も色々と…愉快な展開になってくれました。
本当はカールも出てきてほしかったんですけど、奴を出すと収拾がつかなくなるので…(笑)
とはいえ、約数ヶ月お待たせしたリクエスト小説。
いつもより数ページ多めに書いてはいますけど、やっぱり枚数よりもより早いサイクルで応えられるよう今後も精進します。
なので、少しでも楽しんでくださいませm(_ _)m

 


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