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密やかなる契約』 Written by Takumi


 はじめて彼を目にしたとき、その燃えるような赤髪に目を奪われた。
 太陽を思わせるそれは、日の光を浴びて更なる輝きを放ち。ここが宮殿内だということを一瞬忘れさせた。
「グ、グラーシカ様!」
 側に控えた侍女が驚愕に声を挙げたのを、だが目の前の男は、よい、と手で制すると遠慮なく髪を撫でる私を見つめた。その薄茶の瞳が微かに笑む。
「お気に召しましたか」
「ああ。思ったよりずっと毛並みがいい」
「それは良かった」
 形良い歯が覗く。はじめて会ったにも関わらず、その表情にある種の懐かしさを感じた。
 どこかで見た顔。覚えある空気。
「……あぁ、そうか…………」
 知らず、呟いていた。怪訝そうな顔をする男に、なんでもないと首を振る。
 彼はほんの少し、アルゼウスに似ていたのだ―――

 朝から始まった婚儀の段取りは、正午を過ぎても終わる気配がなかった。
 延々と続く説明は覚えなくてはいけないことばかりで。だが連日の疲れと天気の良さに、集中しようと思ってもついついあくびが出てしまう。
「お疲れになりましたか?」
 4回目のあくびを噛み殺したところで、隣に座った男、ドミトリアスが尋ねてきた。
 さすがにバツが悪い。
「いや、大丈夫だ。続けてくれ」
 背筋を改めて目の前の大臣にそう言うと、未だに私の口調に慣れぬのか、おどおどとした目線をドミトリアスに向ける。
 下らない、とその様子を一瞥した。
 ルトヴィアが女性の地位が低い国だということは事前にわかっていたことだ。だが実際に国入りしてみれば、その事実は噂よりもひどかったことが分かった。
 それこそ、入国一日目にはこの口調と服装を改めるよう進言され。
 仮にも次期皇妃となられるお方がそのようなことでは下に示しがつきませぬ、と連日耳にタコができるほど忠告された。
 だがその理由を尋ねてみれば、返ってくるのは「女だから」というなんとも馬鹿らしい答え。
 こんなことは自国ユリ・スカナでは絶対にあり得ない。
 たとえどんな服装・口調であろうと、その者が優秀であるなら外見は関係ないというのが私たちの考えだ。
 それが通じないこの国は、ひどく居心地が悪い。
 思わずつきそうになった溜息を堪えたところで、ドミトリアスが言葉を続ける大臣の声を遮った。
「やはり休憩にしよう。一度に詰め込みすぎては良くないだろうし」
 そこで一旦言葉を区切ると、一瞬私に目配せし、
「グラーシカ殿を庭に案内したいのだが」
 渋面を作る大臣に無理矢理合意を得る。やはり次期皇帝という響きは何者にも否を言わせぬ力を持っているようだ。
 だがその身分に甘んじれば当然失道に陥る。
 持ち得た権力をいかに理性で抑制するか。いかに有効に使い果たすか。
 全ては本人次第である。
 目の前の男が果たしてどちらの道を歩むかはまだわからない。だがもし前者であるのなら、そうなる前に私がこの手で殺してやろう。
 婚姻前とは思えぬ殺伐とした自らの考えに、思わず苦笑が浮かんだ。
 それをどう受け止めたのか、ドミトリアスが作法に従ったやり方で手を差し伸べる。
「もし嫌でなければ、庭をご案内したいのですが」
 媚びいるようなその態度に、ユリ・スカナ宮殿で数多く目にした母の取り巻きの姿を連想した。
 クッと喉奥で笑い声を殺す。
「よろこんで」
 こちらも作法通りその手に自らの手を乗せた。
 この男を殺す日も、そう遠くない―――

「あなたは何も言わないのか?」
 庭と言うにはあまりに広大な土地を案内されたところで、これまで疑問に思っていたことを口にした。
 人払いがしてあるのか、周囲に人影は見あたらない。
「なにをですか?」
「私のこの口調や服装に関して。周りはひどくうるさく言ってくるが、あなたは何も言ってこない」
 微かに男の瞳の奥が笑ったような気がした。
 その瞬間の表情に、何か違和感を感じる。だがそれを追求する前に、見慣れた柔和な表情が男の顔を覆った。
「言ってほしいのですか?」
「そういうわけではない」
 即答した。すると目の前の男の表情が、一変した。柔和な笑顔が消え、鋭い視線が自分を射抜く。
「外見で人を判別するのがどれほど下らないか、あなたもわかってるだろう」
 口調すら違う。驚きに目を見開いた自分を見たドミトリアスが、口端をあげ皮肉げな笑みを作る。それは先ほどまでの柔和な笑みとは全く違い、更に私を驚かせた。
「それとも、諸国を旅して回ったのは単なる道楽か」
「…………それが本当のお前か」
「大臣達の前では次期皇帝らしく振る舞わないとな。いらぬ疑惑を持たれて監視の目がつくのはありがたくない」
 暗にありのままの自分をさらけ出す自分を笑われたようで、サッと頬が上気した。
 そんな自分をあざ笑うかと思えば、何も言わず手近のイスに腰掛け隣に座るよう促すだけ。だが大人しくその隣に腰を下ろしたところで唐突に尋ねられた。
「今のルトヴィアをどう思う」
 まっすぐに前を向いた横顔。その顔をじっと見つめれば、視線を感じたドミトリアスが苦笑を浮かばせ、遠慮はいらん、と言葉を促す。
 しばらく思案したところで、私は言葉を選びながらゆっくりと口を開いた。
「昔の栄華をいつまでも夢見る愚かな国だ。だから自国が現在どのような状況に置かれているか、正しく見る目が失われている」
 クスッと隣で笑い声があがった。
 見れば自嘲気味な笑みを浮かべる男が目を伏せ、肩を震わせている。
「伊達に男さながら旅をしてるわけじゃないみたいだな」
「言わせてもらうが、その『女だから』という理由で私を嘲るのはやめてもらいたい」
「ああ、少なくともあなたは俺が知ってる女とは全く違う生き物のようだ」
 ムッとしたところを、相変わらず肩を震わせたドミトリアスが可笑しそうに言う。
 少なくともたった今、自国が侮辱される発言をした女に返す反応ではない。
 だが不思議と不快感がなかった。
 これまで同じことを言った相手の男は皆一瞬押し黙り、それから上っ面だけの了解をするだけだった。それがあからさまだったから、よけいに腹立たしく思ったこともあったのに。
 目の前の男、ドミトリアスにはその不快感を感じない。
 それはきっと、彼が本心から自分を認めているのが伝わるからだ。女という枠内ではなく、人間として自分を認めてくれている。その想いが言葉ではないナニかで漠然と伝わっていった。
 そこでふと思い当たる。
 アルゼウスも最初から自分を認めてくれていた。女としての固定概念を押しつけることなく、ありのままの自分を受け止めてくれた。
 今は失踪した、愛しい友の顔が目に浮かぶ。
 柔らかそうな金色の髪に、聡明な光を宿した青い瞳。いつも自分をまっすぐ見つめては、心からの言葉で朗らかに笑っていた。
「…アルゼウス……」
 ふと口にしたところで、男の震えが止まる。軽く目を細めた顔が向けられた。
「そういえば、アルとは仲が良かったらしいな」
「親友だと思ってる」
 なぜその彼が失踪しなくてはならなかったのか。
 かつて彼から聞いた台詞を反芻した。
「よくわからないと言っていた」
 突然の言葉に、ドミトリアスが怪訝そうな顔をするのがわかった。だから言葉を続けた。 あのときの彼の本音をドミトリアスが知っているかわからないが。このままだと忘れ去られてしまう彼が哀れで。自分以外にも彼、アルゼウスの存在を覚えててほしくて。
「以前皇帝になりたいかと聞いたら、わからないと言ったんだ。あいつは」
「たしかにアルは皇帝位に無頓着だったな」
「だが周りが必要以上に騒ぎ立てるから、身を隠した。彼をそうまで追いつめたこの国の体制を、私は憎いと思う」
「同感だな」
 突然言われた言葉に、またしても驚きで目を見開いた。まさか次期皇帝と認められた彼からそんな言葉を聞くとは思ってもみなかったから。
 だがそんな私の反応を楽しんでいるのか、下からすくい上げるような視線で見つめると、
「だから俺は皇帝になるんだ」
 この国の膿を絞り出すのにこれほど都合のいい地位はない、と不適なまでの笑みを浮かべた。
 その彼をじっと見据えたところで、スッと手が差し伸べられた。
 先ほど庭の案内をしようと差し伸べられたときのように、ごく普通に。
「共に歩む気はないか」
 しかし告げられた言葉は予想を遙かに上回っていた。その手をしばらく見つめ、次いでドミトリアスの顔を見上げる。
 スッキリとした顔だった。
 とてもこの先何年もかけて国のために身を投じる者とは思えぬ、清々しいまでの表情。
 自然、口端がつり上がっていた。
 紅をはいたようだと言われる唇をゆっくりと開く。
「……つまり、私にも国の贄になれと?」
「そうだ」
 少しも飾らない言葉。本音だけを露わにした言葉。
 だが、だから信じられる。
 彼の決意が固いこと。私を本心から欲していること。
 先ほどまでは殺してやろうと思っていたのに。愚帝になる前に、この自分が自らの手で。
「そうだな……」
 すっくとイスから立ち上がった。
 目の前に立つ男と対等の位置に立ち、その胸板に軽く拳を当てた。
 不適な笑みを浮かべる。薄茶の瞳を見据えた。
「少なくとも、ただ着飾って優雅に笑うだけの人生よりは楽しいかもしれんな」
 にやり、とその言葉を聞いた男が笑む。
 胸板に押し当てた拳を掴まれ、そっと、その甲に口づけられた。
「約束しよう」
 綺麗で優雅とは縁遠い、だが面白く飽きの来ない人生を。
 互いの目がかち合った。
 どちらともなく笑みを見せる。
 遠くで自分たちを呼び戻す大臣の声が聞こえた―――。


すみません、もうめちゃくちゃで……(-_-;)
どこがラブラブな話なんだか……あ、背景色がラブラブっぽい!(笑)←撲殺
いや、難しいですよ、この2人を絡ませるのって。というか、まだ本編でも同じく空気すら吸ってないつーのに(T-T)
サウル&グレイス並みに悩ませてもらいました。
たぶん皆さんの予想とは大幅に違った、なんだか男同士の会話っぽい話になっちまいましたが(爆)
あとはもう、本編に期待しましょう!!
ということで、かんかんには次回の切り番で頑張ってもらう、と(笑)
それにしても、またも新たな試練、ありがとう……(笑)
俺は少しでも成長してるだろうか……(爆)

 

 



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