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『知るは闇ばかり』 Written by Takumi


 それを聞いたのは本当にぐうぜんだったの。
 本当に本当よ。
 のどが渇いて目がさめて。お水を飲みにいこうとしたら、下のお部屋からぼんやり明かりがもれてて。
 パパが消しわすれたかと思ったの。だってパパ、おっちょこちょいだから。
 だからモニカ、消そうと思って部屋に近づいたら…パパの声がした。
 パパの声じゃないみたいに硬い声で。だけど間違いなくパパの声。
 怖くなってドアの前で立ちつくしてたら、今度は紫のおじちゃんの声がしたの。
 どうしたらいいかわかんなくて、そうしてずっと息を潜めてた。
 ずっと……。

 部屋の明かりは極力絞っていた。
 薄明かりの中、だが目の前にいる男が浮かべた薄笑いははっきりと浮かび上がっていて。
 それが不快で、眉根を寄せた。
 普段穏和だと評される自分にしては、ひどく珍しい表情。だがそうさせるのは、相手が目の前の男だからということをわかっているからこそ、余計眉間の皺を深くする。
 彼だけに見せる、本当の自分を晒しながら。
「……言いたいことがあるなら、はっきり言ってください」
「さっきから何度も言ってるだろ」
 笑いを含んだ声に、つい眉間に入れた力が弱りそうになる。こんな時にそんな声を出すなんて卑怯だと思いながら。
 だがそんな自分の内心を知ってか、薄笑いを浮かべたまま男がゆっくりと銜えた煙草を指先に持ち替える。フー…と間を置いて吐き出す紫煙が真っ向から顔面に吹きかけられる。
 まるで身体を覆うような、束縛的行為。反射的に避けようとして、失敗した。
「……ッ、ゴホゴホッ…ゴホ、」
 静かな部屋の中、いくら咳をしてもそれを面白そうに眺める男の視線に悔し涙が流れるのを堪えるので精一杯。少し前までは大丈夫かと、優しく問い掛けた声も今はもうない。
 たとえ自分から言いだしたことだとしても、その変化についていけず、だが弱音を吐くことも許されなくて。
 せめて少しでも早く咳が止まってくれるよう、喉奥に力を入れた。
「俺はさっきから何度も言ってるって、言ったよな?」
 ようやく咳が収まりかけた頃、逆に問い直された。薄紫の瞳が明かりの影響でキラキラと輝いている。だがその奥に潜む輝きを見逃すことはなく。
 怒りからか、興奮からか。その判別は難しい。
「……はい」
「じゃあなんて言ったか、覚えてる?」
「嫌だと…」
「わかってるじゃないの。じゃあ、そもそもお前の言った台詞ってなんだった?」
 く、と唇を噛みしめた。意地悪な質問。どうしても、自分から言わせたいのだと、彼の思惑に気がついて屈辱に拳を握った。
 自分にもう一度あれを言えと強要する彼。もう二度と言いたくなかった台詞。
「……もう、やめましょう、と」
「なにを?」
「この関係を…」
 絞り出すような答えに反応するように、胃がキリキリと痛んだ。
 思えばきっかけは些細なことだった。毎日の激務の中、互いを慰めるようにしてはじめた酒盛りで。最初は唇を湿らす程度に飲んでいたのが、次第に男のペースに誘われるようにグラスを空けていった。思えば彼はひどく勧め上手だったから。
 そして自分はと言うと、元々酒はそう強い方ではなく。そのうち視界が揺らめきはじめたのは、空けたグラスの数を数えれば当然の結果で。気がつけば彼の肩に頭を預けるような形で酔いどれていた。
 「あれ、酔っちゃった?」笑う彼を見つめれば、その表情が一瞬困ったように歪められて。
 「……誘ってんの」顎を取られる。なに、と返事をしようとして開いた唇をそっと塞がれる。妻の唇とは違う、少し硬い感触のソレで。
 驚きはなかった。いつもの彼お得意の冗談なのかと思ったから。
 だが口腔を舌先で撫でられる度に身体を走ったゾクゾクと緩やかな快感に、身体の方が先に反応してしまった。毎日の激務の疲れ、妻との夫婦生活もない中、その感触は甘美以外の何物でもなく。
 従ってしまった。ただ、それだけのこと。
 それからは度々、お互いが示し合わせたように酒を飲んでは酔ったことを言い訳に身体を重ねた。本当はお互い、微塵も酔ってはいなかったけれど。
 そんな関係に転機が訪れたのは一週間前。
 ユージィン様の様子に変化が表れはじめた頃。薄々と感じていた予感に、ふと彼との約束を思い出して。殺してさしあげなければと、思い始めた頃からこの関係を解消しようと心に決めていた。
 そして再び性交を目的とした酒盛りをした際、はっきりと告げた。
 彼の言葉を待たずして、寝室に逃げ帰った自分。それからはわざと彼を避けるように、深夜遅くに帰るようにした。問い詰められるのはわかっていたから。
 だが今夜、時計は三時を過ぎているのに、自分を待っていた彼に捕まってしまった。
 もう逃げられないと、反射的に悟って。
 そして今、こうしてじわじわと追いつめられている。
 彼の視線が辛くて、俯いた。
「いい奴すぎるあんたのことだから、何考えてんのか大体わかるけど…」
 耳を通り抜ける彼の声。笑いを含んだそれは、彼がその他大勢に向けるものと変わりなく。
 改めて、自分が手放したものの大きさに気がついた。だが今更それを取り返すことは許されず。それどころか、そう思わせること自体が彼の思惑なのかもしれないと、頭をよぎった考えに瞳を閉じた。
「それで俺を切るのは得策じゃないよね」
 頭のいいお前にしては失策だと、笑う男の気配が近づくのを反射的に後ずさって避けようとする。だが首の後ろを捕まれ、強引に引き戻された。とっさに目が開く。視界に捉えたのは、声とは裏腹にひどく真摯な彼の顔。
「……エイ、ゼンさん……」
 なにを、と言う前に強引に唇を塞がれる。今では慣れ親しんだ、硬い唇。だが口づけを深める度に柔らかくなっていくのを自分は知っていた。
「…っ、や……」
 必死に顔を背けようとするも、首の後ろをしっかりと固定され顎を捉えられれば動けるはずもなく。熱い舌が入り込んでくる。感じやすい歯茎を刺激して、奥深くまでねじ込められる。苦しくて声が漏れるも、それすら快感に思えるようにしたのは目の前の男だった。
 舌と舌とが絡み合う。ジン…としびれが身体を襲う。吸われた拍子に砕けそうになった腰を支えられ、ようやく口づけから解放された。
「……妻が、上にいるんです。それから娘も…」
 荒い呼吸を整えながら、それだけを必死に告げる。
 そうだ、寝室には妻がいて、子供部屋にはモニカがいる。家の中には自分の家族が、愛する人々が穏やかな寝息を立てているのだから。
 こんな場所で合意なく抱かれるのは、我慢ができなかった。
 だがそれを聞いた彼の表情は至って平常通り。目の前で呼吸を乱している自分が恥ずかしく思えるほど、平然としていた。
「家族と俺、どっちが大事なの?」
 不意に問い掛けられた台詞に言葉を失う。まさか彼がそんなことを言うなんて。
 答えられず、俯こうとした顎を再び捉えられ強引に上を向かされた。キスでもするような体勢で、だが男の顔は相変わらず感情を読みとれない緩やかな笑顔を浮かべたまま。
「どっち?」
「……家族、です」
「嘘だね」
 笑う声に顔が強ばった。なぜそんなことが言えるのかと、反発したいのにその一言が言えない。自分でもそれが嘘だとわかっているからか。答えを見つけるのが怖くて、せめて瞼だけを伏せて彼の視線から逃れた。
「嘘じゃ……」
「そんな顔して言っても説得力ないでしょ」
 不意に瞼の上に唇の感触。続けてこめかみ、頬と触れるだけのキスが繰り返し落とされる。
 こんな状況でもなお、優しい彼の口づけに決意が揺らいだ。
「……やめてください」
 お願いですから、と弱々しく彼の胸板を押し返す自分はひどく無力で。
 逆にその手を捕まれた。声を上げる間もなく、抱きしめられる。
 首筋に、彼の吐息を感じた。
「本当?」
 あどけない口調が耳のすぐ近くでする。シャツ越しに伝わる体温は思った以上に暖かく、思わず身体を預けてしまいたくなる誘惑を掛けてくる。
 再び、ねぇ、と囁く声に、天井を仰ぎ見た。そのままゆっくりと瞼を閉じる。
「本気です。あなたとは…もう終わりました」
「………そう」
 ふ…とそれまで身体を束縛していた腕が解かれた。何の未練も感じさせない動きで続いて身体が離れていった。急速に冷える体温。
 逃した温もりは、離れた瞬間再び手を差し伸べたくなるほど懐かしく。
 そう思っている自分を自覚して、泣きたくなるほど情けなくなった。
 瞼は閉じたまま。
 これ以上彼の姿を見ていたくなくて。見てしまえば、今度こそ引き留めてしまうから。それだけは避けたかった。
「ならしょうがないか」
「…ええ」
 肩をすくめている彼が瞼の裏に映る。見慣れた姿。本性を決して見せない、偽りの彼。
 そうさせてしまったのは自分だと、自覚して俯く。
「じゃ、俺もう寝るわ。誰かさんが帰ってこないからこんな時間まで起きてたけど」
 お肌が荒れちゃう、とおどけた口調の彼はいつもの通りで。その胸中はもう見えない。
「…おやすみなさい」
「おやすみ」
 その姿を目にしないと誓いながら、背中を向けた彼を耳だけで必死に追いかける自分。
 未練がましいのは自分だ。わかっていても、彼の動き一つ一つに自然集中してしまう。
 彼が歩く。扉まで数歩の距離。ノブに手を掛ける。回した。そして――…
「あれ…ちょっと、パパさん」
 自分を呼ぶ声にハッと振り返った。まるでそれを待っていたかのように。
 そんな自分に内心苦笑を漏らしながら、なんです、と扉付近で待つ彼に近づいた。
 シー…と唇の前に指を立てる彼に促されるまま、扉の外を見やると、
「……あ…」
 スヤスヤと寝息を立てている娘を見つける。
 なぜ、という声も上げれず呆然とそれを見下ろしていると、苦笑混じりの声がすぐ近くで上がった。
「たしかに、こんなに可愛かったらしょうがないか」
 上まで運んで行こうか、と問い掛ける彼に首を振り、自分で連れて行くと答え彼を先に帰らせた。
 シン…と静まりかえる廊下で娘を抱き起こせば、布越しに伝わる暖かさは先ほどの彼に覚えたものとは全く違って。ただ、ホッとした。
「モニカ…」
 名前を呼べば、腕の中で微かに寝返りを打つ娘の姿に自然笑みが浮かぶ。
 自分が選んだものの確かさを感じた。
 こんなにも愛しい存在。こんなにも、自分を頼ってくれる小さな生き物。
 不意に浮かびそうになった涙を堪え、心を込めて娘の額にキスをする。
 僅かに腕に力を込めると、そのまま静かに彼女を寝室へと運ぶべく、階段に足をかけた。


モニカの考察に…なってるか?(^-^;
しかも俺の趣味でそれっぽい話にしてしまったんですが。ちふみ的にどうだったんだろう?
彼女の同人誌を読む限りでは、なにやらギャグっぽいものを要求していたのかな…と思わないでもないけど。
俺的にはどうしても『地上より永久に』にあった、エイゼン&エーリヒの挿絵が忘れられなくてねぇ(笑)
あの手の修羅場をもし娘が見ていたら…と想像すると、もう止まらなくなるわけです。
エイゼンの諦めが早すぎるとか、モニカは本当は狸寝入りだったんじゃないかとか、色々と意見はあると思いますが(笑)
あまり小さいことは気にせず!サラッと読み流してください(笑)
というわけで、少しでも楽しんでもらえれば幸いです。

 

 


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