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『笑って昔の話をしよう』 Written by Takumi


 赤道直下のこの島はいつだって太陽を身近に感じる暑さと、時折気まぐれのように降り荒れるスコールとに充ち満ちている。
 歩くだけで額に浮かぶ汗。呼吸する度に肌を刺激する湿気。
 だがそれら島特有の空気を受け止め、不敵に笑う女がいた。
 胸ポケットから取り出したサングラスを掛け、唇だけを動かしての台詞は「相変わらずね」の一言。
 その口調には疎んでいるのはなく、むしろこの状況を楽しんでいるような節が伺えた。
 鮮やかな赤毛が日の光を受けてきらきらと輝く。獣のような俊敏な体つきに、すれ違う人々が自然引きつけられるように彼女を目で追う。
 その彼女がしばらく辺りを見回して、笑みを深くする。待ち合わせの相手を見つけたのか、その腕が綺麗に頭上を仰いだ。
「エイゼン!」
 声の先にいたのは周囲よりも頭一つ抜き出た大柄な男。
 サングラスをしていてもその美貌は隠れることなく、光るプラチナブロンドは女なら誰もが憧れる代物だった。
 その彼がにやにやと笑みを浮かべながら近づいてくる。彼も既に遠目ながら彼女を見つけだしていたのだろう。ゆっくりとした足取りで近づくと、彼女を見下ろしおもむろにサングラスを外した。
「よぅ、キャッスル」
 相変わらず元気そうだな、と笑う男の瞳は涼しげな薄紫。
 それに応えるようにサングラスを外したキャッスルが、ヘイゼルの瞳を露わに笑い返した。
「誰に言ってんのよ」
 少しも変わりないその笑顔に、エイゼンが口笛を吹く。肩をすくめて彼女を見直し、
「ごもっともです、隊長様」
 言った台詞に二人して笑い合う。
 久しぶりの再会だった。

「今回のはまたえらく長かったじゃない」
 雑然とした食堂で乾杯したビールを一気飲みした後、思い出したようにキャッスルが問いかけると、うんうんと頷いたエイゼンがビールの追加を注文しながら口を開いた。
「まぁね。今回は勤務地が結構遠かったから」
「遠いって…まさかアジア圏外まで出たの?」
「アジア圏というか、一応シベリアまでね」
「シベリア!?」
 聞いた地名に思わず耳を疑ったキャッスルに、屈託無く笑うエイゼンが前の前。
 かつて地球や火星を共に行き来しながら波乱に富んだ生活をしてきた自分たちだが、今はもうそれぞれの新しい生活を育んでいるはずで。キャッスルは地球赴任の指導教官、エイゼンはフリーのスナイパーとして働く傍ら、時折こうして顔を会わせては下らない雑談に花を咲かせる。
 だが今回はそれも数ヶ月ぶりのことで、それというのも既に恒例になっているエイゼンの仕事絡みの遠出が原因だったが。まさかシベリアとは、さすがのキャッスルも想像がつかなかった。なんせボルネオが通年真夏日なら、シベリアは通年真冬日だ。そのぐらい世界が違う。
 思わず感嘆とも呆れとも取れる溜息をついたキャッスルだったが、
「あんた…よくそんなところに半年もいたわね」
「住めば都ってね。それに俺、元々あっちの人間だし」
 寒さには強いんだよ、と笑う男が胸ポケットから煙草を取り出し、こいつの補充もできたしさ、と笑った。
 その笑顔につられるようにキャッスルも笑う。たしかに銃が大好きでスナイパーとしての静かな駆け引きを何よりも愛するエイゼンにとっては、仕事そのものが生き甲斐でそれこそ場所などどうでもいいのだろう。
 頼まれれば南極にまでほいほい行ってきそうな彼の様子に、昔となんら変わりないことを知る。
 そんな調子でしばらくはエイゼンのシベリア談義に花が咲いたところで、ふと吸い終わった煙草を灰皿に押しつけながらエイゼンが思い出したように口にした一言。
「そういや、そっちはどうなの?」
 さりげない口調に苦笑した。あのエイゼンがそれなりに気遣いを見せていることに、違和感を覚える。
 そっち、と具体的には示していない単語も、既にお互いの間ではお決まりの隠語で。キャッスルは笑える自分を自覚しながら、残りのビールを一気に煽った。
「どうもこうも…別になにも変わらないわよ」
「なにか思い出したりとかは?」
「ないわね。まぁ、別にそれでも良いんだけど」
 キャッスルの台詞に、おや、とエイゼンが驚いたような仕草をする。「彼」に再会した当初、その変貌にずいぶんと落ち込み酒に任せてエイゼンにもずいぶんと愚痴を言ったこともある。それを自覚して、キャッスルは微かに頬を染めながら、だって、と言葉を続けた。
「彼がラファエルな事に変わりはないでしょ」
 自分が愛した彼だから、とは口には出さないけれど。言外に彼に対する絶対な信頼を含んでいるのがわかるだけに、エイゼンは何も言えないでただ笑ってそんな彼女を見つめていた。
 思えば彼女もずいぶん変わったと、本人に自覚のない変化を楽しむ。
 髪が伸びたとか、少しは女らしくなったという外見的なものではなく。人として女として、確実に成長したのだということが彼女の余裕ある態度に伺え、ほんの少し嫉妬した。
 まったく自分がいない間に何があったのかと。
 聞いてみたいけれど、それはきっとタブーで。
 誤魔化すように、新しい煙草を一本取り出し口にくわえた。
「俺にしとけば良いのに」
 ぽろりと零れ出た言葉は、過去を掘り起こす意味と、ほんの少しの悪戯心から。
 それがわかっているからか、目の前のキャッスルも一瞬呆けた後すぐに吹き出し、
「馬鹿言ってんじゃないわよ」
 あんたなんか好きになったらいくら命があっても足りないわ、と半ば本気で嫌がる様子は、だが親愛の情に満ちていて。これで良いか、とその様子に思わず納得してしまう自分にエイゼンもつい苦笑する。
 変わったのは彼女だけでなく、自分もらしいと。
 思い至った事実にしょうがないとばかりに頭を掻いた。身も凍るようなシベリアの地に慣れすぎたのか、こうも暑いボルネオにいてはついつい思考が緩くなってしまう。
「ま、そこまで言うなら頑張れよ」
 ならばせめて激励をと、新たに注文し直したビールで乾杯を促す。
 笑って二人でグラスをぶつけ合ったとき、あれ、と近くで上がる声がした。
「キャッスルと…エイゼンさんも、いつ帰国されたんですか?」
 見れば今まさに話の種になっていた張本人が、驚きながらも相変わらずの穏やかな笑顔を浮かべて近づいてくるのがすぐ。
 すらりとした体躯と形の良い眼鏡が彼の知性を引き出していて、昔の彼を知るエイゼンとしてはやはり未だどこか違和感を覚えずにはいられないが。
 キャッスル、ね…。
 いつの間にか親しげに名前を呼び合うようになった二人の関係に内心ほくそ笑みながら、空いた椅子を引いてそんな彼を迎え入れた。
「つい最近ね。ラファエルこそ、こんなところでどうしたんだよ」
 雑多な食堂に、彼のような雰囲気の人間はひどく似合わなくて。聞いてみたところで、きょとんとした彼が頭を掻きながら、
「何って…ご飯食べに来たんですけど」
 至極当たり前の返事をした。
 だがそれでも納得できなかったのか、エイゼンが更に問いつめてみるとますます困惑した色を深めるラファエルが目の前。
「ご飯って、一人で?」
「はぁ……」
 そんなやり取りを端で見ていたキャッスルが、我慢できないという風に吹き出す。
「だから、らしくないって言ったじゃない」
「そうですか?でも僕、ここのチリビーンズ好きなんですよ」
 今日もそれが目当てで、と見た目のクールさとは裏腹に食欲旺盛な彼の様子に、たまらず笑ったエイゼンが景気づけだとばかりに再びビールを注文する。
「たしかに、坊やの外見からだとこんな店には寄りつかなそうだもんね」
「偏見ですよ。こう見えて、結構なんでも食べれるんです」
「知ってる」
 笑うエイゼンに、一瞬の間を置いてラファエルも笑い返す。彼が何のことを言っているのか、瞬時に悟ったのだろう。だがそれを問い詰めるようなことはしない。
 彼自身、昔の自分を受け入れつつあるのだと、気づいてエイゼンは静かにビールのグラスを傾けた。
「それより、今日はお二人でどうしたんです?」
「う〜ん、久々に昔の話をね、しようと思って」
「僕の悪口じゃないでしょうね」
 笑ってさらりと受け流すラファエルに、おや、とエイゼンが微かに目を瞠る。隣に座ったキャッスルにさりげなく視線をやれば、穏やかに笑った彼女がそんなラファエルを見つめていて。
 なんとなく、わかったような気がした。
 今までとは違う、だが新たな関係を築きつつある彼らのことを。
 でもあえてそれには触れず、エイゼンは大げさに肩をすくめてみせる。
「坊やの場合は悪口っていうよりも、失敗談だろ」
「なんですか、それ?」
「たとえば…俺がせっかく坊やに手ほどきのお姉さんを用意してあげたのに、結局なにもできないまま終わっちゃった、とか」
「なにそれ!エイゼン、あんたそんなことしてたの!?」
「失敗って…あの、僕が、ですか?」
「そうだよ。なに、もしかして坊やまだ童貞?」
「〜〜〜ッ、エイゼンさん!」
「あれ、図星だったんだ。ごめんね。でも大丈夫、そのうち目の前のお姉さんが協力してくれるよ」
「エイゼン!」
 殴りかかる体勢のキャッスルを間一髪で交わしながら、エイゼンは笑って次々とラファエルをからかっていく。
 その度に彼は顔を赤くし、申し訳なさそうにキャッスルを見るが、キャッスルはキャッスルでエイゼンを怒鳴りつけることに集中してそんな視線に気づきもしない。
 雑然とした食堂で彼らのテーブルはその中でも際だって騒がしかったが、馴染みの店主は何も言わずにやりたいようにやらせてくれている。
 ムッとするほどに高い湿度。座っているだけで額に汗が浮かぶ猛暑並みの気温。
 そんな中で、昔馴染みの連中と他愛のないやり取りを交わすのは、長く寒いシベリアにいたエイゼンにはひどく暖かく感じられ。
 たまには昔の話も悪くない。
 過去を振り返り後悔するのは性に合わないが、こんな昔話なら良いかもしれないと。
 笑いながら再びグラスを空けて、新たなビールを注文したのだった。


毎回毎回俺を苦しませるカップリングですが。
数をこなしてるうちに…結構見れる程度には成長してますか?
っていうか、その際「キャッスル&エイゼンってよりはラファエル&キャッスルだよ…」という意見はなしで(笑)
でも今回は本当に楽しく書けました。
普段自分じゃ進んで書かないカップリングなだけに、未開地度が高くて手探り状態ではありましたが(笑)
ちなみに新生ラファが童貞なのは俺の願望…奴のお初はキャッスルに捧げたいのよ(笑)
とはいえ、結局切り番ゲットから一ヶ月近く経ってしまいました。
せっかく初訪問で取ってもらった切り番なのに、申し訳ない。
願わくば、JUNKOさんがまだうちを訪問してくださることを願うばかりですが…って、最近こればっか(^-^;
あとは少しでも楽しんでもらえれば幸いです。

 

 

 

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