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『嫁入り宣言』 Written by Takumi


 自分達をリチャーズと呼んだのは誰だったろう。
 揺れる列車の中、ぼんやりとした頭でそんなことを考えた。ふと視線を横に向ければ、同じように軽い睡眠を取っている男がすぐそばで寝息を立てている。
 端整な顔立ち。珍しい漆黒の瞳は今は瞼の奥に隠れているが、その眼差しの鋭さを知っている身としては、寝顔のあどけなさに素直に感心せずにはいられない。
「おとなしく寝てりゃ可愛いのによ…」
 呟いてから窓の外に視線をやると、そこは果てることのない平原。
 基地を出てしばらく経つが、まだまだ目的地は遠い。だが遠い道のりも、その先に待つものを思い浮かべると喜びを噛み締める充電期間のように思えるから不思議だった。
 満足感から来る溜息を吐いて、再び目を閉じれば蘇るのは可憐な少女の姿。彼女とこうして再び出会える機会を得られて良かったと、改めてその幸運に感謝する。
「シャロンちゃん……」
 思わず呟けば、おい、と地を這うような声に現実に引き戻された。
 渋々といった感じに声の主に視線をやれば、先程まで軽い寝息を立てていた男がじっとこちらを見据えている。その瞳は見慣れた漆黒で、僅かばかりの怒りを含んでいた。
「人の妹で勝手に妄想するな」
「もう…なな、なに言ってんだよ!別に俺はそんな…」
「違うのか」
「ち、違うに決まってんだろ!」
 嘘は苦手な性分だった。だが素直に認めるのもシャクで、なんとか誤魔化そうと更なる言い訳を考えようとしたところで車窓に視線をやったロードがその声を遮る。
「今、どのへんだ?」
「まだフランス領だよ。港までもうしばらく掛かるって言ってたけど」
 助かった、とばかりに同じく窓の外の景色に目をやりながら答えると、ふぅん、と気乗りしないような返事のロードに思わず笑みが浮かぶ。
 基本的に無表情かしかめっ面の彼の表情も、最近ではその微妙な違いを読みとれるようになった。別にそれほどつきあいが深いわけじゃないが、顔色が読めることに越したことはない。
 だからこそ今のロードが不機嫌であることは目にも明らかで。
「いい加減諦めろって」
 慰めるつもりでそう言った。だが予想に反して返ってきたのはきつい眼差し。やれやれ、とばかりに肩をすくめてそんなロードを諭すように言葉を続けた。
 思えば基地を出てからずっと、寝ている時を除いて彼の眉間には深い縦じわが刻まれていたのを今更ながら思い出す。
 往生際の悪さは相変わらずだった。
「あのなぁ、今俺たちが乗ってるのは列車で、あとしばらくしたら港に着いて、そこからイギリスまでノンストップだぞ。今更ウダウダ考えてもしょうがねーだろ」
「俺は元々実家に帰る気はなかったんだ」
 不機嫌そのものの声に、再び肩をすくめる。
 見た目同様頑固なロードは、今回の帰省を快く思っていない。快く思っていないどころか、心底嫌がっている。
 それというのも、自分という余計な同伴者が増えたからで。彼の実家で待ち受ける女性三人を思えば自然鼻の下が伸びそうになる自分とは違い、ロードとしては本当に不本意な帰省なのだろう。
 おかげで先程から自分達のいる個室は妙な緊張感に包まれていて、車内販売のおばさんすら声を掛けようとしない。同室者など、夢のまた夢だった。
 だがだからといって、このまま不機嫌なロードをシャーロットやレイチェルの前に連れて行くわけにもいかず。
 仕方なくわざと明るい声で彼の肩を軽く叩いた。なんだ、と厳しい視線を投げてくるロードに笑いかけてやる。
「まぁ、そうあんまり深刻に考えるなよ。別に俺が息子さんを僕にくださいって挨拶に行くわけじゃないんだし」
「……………」
「……ロード?」
 自分を見つめる真摯な瞳に戸惑った。いつもの彼なら間髪入れずに馬鹿かと返事が返ってくるところなのに。
 いつまで経っても自分を見つめてばかりのロード。その雰囲気に気圧され、リックが僅かばかり口ごもったところで不意に手を握られた。
「……!」
「言うときは俺から言う」
「いや、あの……」
 そんなつもりではなかったとは言えず。その反面、彼の言葉が嬉しくもあり、おとなしく手を繋がれたままでいた。
 いつの間にかそんな関係に落ち着いてしまった自分達。なぜなんて、今更その理由を言及するのも馬鹿らしくて、したいようにしてる。
 だから今も繋がった手のひらから伝わる温もりにホッと息をついて、そのままロードの肩にもたれかかった。仄かに香る煙草の臭いに鼻を鳴らず。なぁ、と声を掛ければ横から見つめてくる漆黒の瞳と目が合った。ほんの少し、胸がときめいた。
「なんで家に帰りたくないんだ」
「……なんでだろうな」
「あ?自分でわかってないのかよ」
 予想外の返事に頭を持ち上げた。真っ向から漆黒の瞳を見据える。
 こんなに嫌がるのには理由があるからだと、どこかで決めつけていた面があったのかもしれない。目の前で適当な理由を見つけようと思案顔をしているロードを見て、自分の勝手な想像が悪いとわかっていながらも心底呆れた。身体から一気に力が抜ける。
「なんだよ」
 思わず出た台詞に、ん、とロードが見返してくる。その態度が気にくわなくて、このやろ、とばかりにその唇に触れるだけにキスをした。
「俺はまたお前が実家ですげぇ仕打ちを受けてるんじゃねーかとか、色々考えてたんだぞ」
 彼の複雑な家庭環境は噂で聞いていたから。理由としてはそれが一番妥当なように思えて。
 だがそう言ったところで心外だとばかりに肩をすくめたロードが、別に、と言葉を続ける。
「そういう理由からじゃない。ただ…そうだな、構われすぎるのが鬱陶しいというのはあるな」
「贅沢言うな」
 あのシャーロットに構われるなんて羨ましい限りじゃないかと、以前ロードの家族写真を見たことがあるだけに彼の感覚を戒めた。血が繋がっていないとはいえ、美人な母親と厳格そうな父親、真面目そうな兄に極めつけがあの可愛いシャーロットだ。
 羨ましがられこそすれ、それを鬱陶しく思うなんて言語道断。自分を見てみろ、とばかりに首元を覆っていたスカーフを緩めて息を吸うと、
「俺の家族なんかオヤジは怖ぇし、姉貴はレイチェル並みに気が強いし…」
 言い出すときりがない家族のあれこれを口にした。特に女性に関してはレイチェルを始め、自分の周りには不思議とパワフルなタイプが集まるだけに気が休まる時がなかったと語り始めたが最後、それから延々と一人でああだこうだと語り続ける羽目になった。
 ようやく話が終わりにさしかかった頃には、もうすぐ港だと車掌が伝えに来たときで。
 慌てて繋いだ手を離したところで、ようやくロードが口を開いた。
「面白そうだな」
「は?なにが?」
「やっぱり一度挨拶に行った方がいいかもしれんな」
「おい、なに一人で勝手に盛り上がってんだよ」
 話がまるで噛み合わない。だがロードが何か妙な決意を抱いているのは明白で、嫌な予感に悪寒が走った。自慢じゃないが、この手の勘は外れたことがない。
 だからこそ彼が何をしようとしているのかが気になって、考え込む素振りのロードを軽く小突いた。なんだ、と言いたげな視線が真っ向から返ってくるのに見返して慎重に言葉を選んだ。
「あのな、別に言いふらすもんでもないだろ」
 自分達の関係は。
 暗にそう言ったところで、そうか、とでも言いたげなロードにおいおいと思う。
 まさかこいつにもラテンの血が混じってたのかと、一瞬訝しげな眼差しを送ってはみるが本人は至っていつも通りで。
 どう説得してみるかと思案していたところを、おい、と呼ばれた声に我に返る。
「あ?なんだよ?」
「これ、借りるぞ」
 返事を聞く前にロードの手が器用に首に巻いたスカーフを奪っていった。寒さはそれほど感じなかったが、やはり外気に肌が触れると一瞬その温度差に首をすくめたくなる。
 たかがスカーフ、されどスカーフ。
 そのスカーフを何に使うのかと彼の手元を見てみれば、おもむろにそれに口づけるロードに慌てて声を掛けた。
「ばっ…それ全然洗濯してねぇんだぞ!」
 恥ずかしさもかなぐり捨てて彼の手からスカーフを奪い返そうとした。冗談でもなんでもなく、最後に洗濯したのがいつか忘れるほど昔に洗っただけなのだ。慌ただしい戦中ではそれも気にならなかったが、まさかそれに口づける奴がいるとは思わなかっただけに素直に驚いた。
 だが伸ばした手を逆に捕まれて、そのままぐいっと引き寄せられる。ぶつかった胸板から再び煙草の臭いがした。
「ロー…」
「お前はこれ」
 反論する間もなく手慣れた様子で首にスカーフを巻かれる。ただ違うのは、それが赤ではなく黒だったこと。ロード愛用のスカーフだった。
「これって…あの、さ…」
 そして再び言葉を続けるも、全く聞く耳持たないロードが先程奪い取った赤いスカーフを器用に自分の首に巻き付ける。それを見たとたん、耳まで赤くなった。ロードの暗に伝えてくるメッセージに、たまらず俯いた。
 結婚指輪のつもり…だよな。
 恥ずかしい奴、とは口に出しては言えなかったけど。目の前で嬉しそうなロードの顔を見てると自分も妙に嬉しくなって。
 巻かれたスカーフに顔を埋め、思いきり臭いを嗅いだ。さっきまで嗅ぎ慣れてた煙草の臭いがした。ロードの臭いだと、自覚したところで負けたとばかりに隣の男を抱きしめた。
「ワイン」
「ん?」
「うちに来るならワイン持ってこいよ。そしたらオヤジも姉貴も一発で墜ちるから」
 実家への誘いに対する返答は、顎にかけられた手、触れた唇から伝わってきて。
 ん…、と漏れた声に喉奥で笑うロードの気配が間近。
 出会いは最悪だったけど。いつの間にかこんな関係に落ち着いた自分達。
「……あ…」
 そうか、と思い出したことに声を上げれば、なんだ、と目線で訴えるロード。それに何でもないと返し、再び閉じた瞼の奥で見慣れた青年の姿を思い浮かべる。
 常にウォッカを片手に陽気な笑顔を浮かべていた彼。自称詩人の手先は不器用なロシア人。
 本名は思い出せない。
 だがピロシキと呼ばれた一人の青年。
 自分達をリチャーズと呼んだのは彼だったと、唇にロードのそれを感じながら懐かしく思ったところで、港に着いたとの車掌の声にどちらからともなく身体を離した。
 その際に多少互いに名残惜しそうな素振りを見せたのは、きっと今日一番の本音だったはずだ。


な、なんなんでしょうね、この甘甘っぷりは(^-^;
自分で書いてて驚きました。しかもロードの方がより重度。ある意味奴が嫁に来た方がしっくりくる展開だ(爆)
リクエストとしては「&」と「×」の間ぐらいで、ということだったんだけど…どうよ?
一応キス止まりまでにしてみたんだけど(笑)←境目低ッ!Σ( ̄□ ̄;)
でも天バカの王道と言われるだけあって、色んな意味でやりやすい組み合わせなんですよね。
天バカ、番外編が出るならぜひともその後のお話を書いてもらいたいです。
ロードの実家に行って、伝統的な英国貴族の家庭をレイチェルと共にめちゃくちゃにするリックとか…(笑)
なにはともあれ、久々の天バカでした。
シリーズは終わったけど、KZ同様今でもファンの多い作品ですよね。
というわけで、そのパロディ小説を少しでも楽しんでもらえれば幸いですm(_ _)m

 

 


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