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『指先に愛を、唇でキスを』 Written by Takumi


 女性特有のふっくらとした指先。
 貴族のそれとは違う、働き者のその手が好きだった。
「ほら、動かないで…曲がってしまいますよ」
 柔らかな声と共にその手がサラリと自分の髪を撫でつける。目を閉じて、その感触を充分に味わう。心が安らぐ貴重な時間だ。
 耳のそばを指先が通り過ぎる。くすぐったい感触に首をすくめた。
 髪の毛全体を櫛で梳かしては、器用な指がクルクルと編み込んでいく。
「はい、できました」
 ぽん、と肩を叩かれ背後を振り返れば、澄んだ緑の瞳を微笑ませた娘が嬉しそうに手鏡を渡してくる。
「ありがとう」
 それを受け取りながら、出来映えを確認したところで鏡越しに背後の娘に微笑み返した。
「さすがエナ。綺麗に仕上がってる」
「シオン様の髪質が良いからですよ。本当に女の私でも羨ましくなるような髪の毛で」
「ミュカには女々しいって言われるけどね」
 冗談交じりで言えば、困ったような笑みが返ってくる。
 皇子のくせに厨房に入り浸る自分を他の兄弟が快く思っていないのは周知の事実だった。
 だがこうも面と向かって言われると対応に困るのか、自分の失言に気がついて、じゃあ、と急いで話題を変えた。
「新作のケーキに取り掛かろうか。たしかレシピは…」
 明らかにホッとした顔の彼女に安心する。
 三つ編みにされた髪の毛は厨房での作業に打ってつけで、動いても邪魔にならない程度に背中で揺れていた。
 いつからか、作業前に髪の毛をエナに結んでもらうことが日課だった。
 自分で結べないことはないけれど、エナに結んでもらうのは気持ちが良くて。ついつい甘えてしまう。皇子という身分を忘れられる時間だった。
 それがわかっているからか、エナも決して断らない。むしろ彼女の方こそ、この時間を大切に思っている節がある。
 厨房係の一人娘。出会った頃はお互いまだ小さな子供で。
 年を重ねるにつれ、増える思い出と比例するように互いの気持ちが惹かれ合っていった。
 デートと言うにはムードがないけれど。
 こうして厨房で彼女と他愛ないお喋りをしながら料理をするのが、自分の一番の楽しみだった。
「シオン様、粉は二度ふるいに掛けて…くしゅっ」
 可愛いくしゃみと共に、薄力粉がふわっと舞う。一瞬雪のようだと思ったところで、ところどころ顔に粉を飛ばしたエナを見つけて思わず吹き出した。
「プッ…えっと、大丈夫?」
 卵を混ぜる手を止めて声を掛けると、ぎろり、といった様子で睨み返してくる。慌てて笑みを引っ込めたが、時既に遅し。
 顔を膨らませたエナがゆっくりと唇を開いた。
「笑いましたね」
「笑ってないよ」
「嘘です。今絶対笑いました。あぁもう、やだ、粉だらけ」
 怒っているのか笑っているのかわからない様子で、パタパタと手のひらで顔や髪の毛についた粉を払っていく。
 綺麗な金髪がいつもよりほんの少し白く見えるのは、盛大に舞った粉のせいか。
 一通り粉を払い終わったところで、作業を再開しようとふるいを手に仕掛けたエナを引き留める。
 握った手のひらは少しかさついた、だが暖かなそれで。
 女性の手が柔らかいと知ったのはエナと出会ってからだった。それまでは女性の手は装飾の一つのように、ひどく華奢なものに思えて。
 はじめてエナと手を繋いだ日を今も鮮明に覚えている。その柔らかさに驚いた自分に、同じように驚いていたエナ。
 彼女を好きだと感じたのは、きっとそれが最初で。
 今もその気持ちは続いている。改めて言葉にしたことはないけれど。
「まだついてるよ」
「え、どこです?」
「ここ」
 慌てる彼女の隙をついて、キスをした。触れるだけのキス。
 だがそれだけでエナは顔を真っ赤にして、押し殺した声でシオンを諫めた。
「シオン様!厨房でそういうことは…」
 キョロキョロと辺りを見回しながら父親の姿を確認しているのか、その様子が小動物を連想させて吹き出す。
 可愛くて愛しくて、しょうがなかった。
 屈託無く笑う自分を見てさすがに怒る気を無くしたのか、しばらく顔を赤くしていたエナが同じように笑い出す。
 軽やかな笑い声。昔から何度も聞いていた、心地よい音。
 今だと、頭の中で誰かが囁く。なにを、と自問する前に勝手に唇が動いていた。
「エナ」
「なんです?」
 笑う彼女の声が柔らかくて、一瞬言葉に詰まった。
 自分がどんなに残酷なことを言おうとしているか。何も知らない彼女を巻き込んでしまう。彼女が自分の頼みを断らないことを知っているから。
 そんな彼女の純粋な気持ちを逆に利用する自分がひどく汚く思えた。
「お願いが…あるんだ」
「お願い、ですか?」
「そう」
 軽く息を吸う。早く言ってしまえ、早く。
 こんな時間は一瞬で終わるはずだから。
 早く、早く。
「北公国からアルについてきた者のボタンを盗んでもらえないかな」
「……わかりました」
 なぜ、とは尋ねないエナの心遣いが今は痛かった。
 そして運命の歯車が回り出す。
 彼女に愛していると、伝えられないまま―――。


結婚詐欺師のようなシオン…(笑)
でも男女の甘甘はやはり良いわ。書いてて恥ずかしい分もあるけど、それに勝る幸せがヒシヒシと伝わってきて。
たまりません。ある意味ホモより好きです、男女甘甘書くのは。
で、今回はエナというレアキャラを使っての甘甘話…なんですが、帝国の娘<下>を読み返したところ、シオンが最後処刑される時にエナに謝罪していたシーンを見て、もうこれしかないと。
でも波瀾万丈なキャラが多い中、一番まともな登場人物であったことには違いないですね(笑)
ある意味皇子と結ばれた平民として、新たなシンデレラストーリーを生み出してほしかった気も…なくはないけど。
なにはともあれ、今回一番書きたかったのはさりげなくシオンの三つ編み姿…(笑)
それが叶っただけで俺的にはもう充分です。
とはいえ、読み手の方でも少しでも楽しんでもらえれば幸いですm(_ _)m

 

 


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