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『責任の取り方』 Written by Takumi


 場所は少し小汚いぐらいがいい。そのほうが彼女の魅力が映えるから。
 部屋は狭く、手を伸ばせば腕があたる程度の距離。
 笑い声が良く響く。彼女の声に耳を傾ける。目が合った。どちらともなく笑う。
 そんな空間が一分でも一秒でも続けば良いと思った。
「……くん、シドー君?」
 一瞬の夢をかき消した声にふと我に返ると、心配そうな眼差しのグッドリーが目の前。
 視界の端でグツグツと煮込まれる鍋を確認して、ようやく自分が今彼女の手料理を味見していたのだと気づいた。
「どう?やっぱり美味しくない?」
 しばらく放心していた自分をどう思ったのか。
 眉根を寄せたグッドリーがおろおろと戸惑う様子に慌てて首を振った。
「いえ…ただちょっと、不思議な味がするだけです」
 言った途端しまったと思ったがもう遅い。
 がっくりと肩を落としたグッドリーが煮詰まった鍋を見下ろして深い溜息をつく。
 何度繰り返したかわからないやり取り。万事有能に思えた彼女の唯一の欠点が料理だと知ったのは、つい最近で。
 初めての手料理に皆で諸手をあげて喜んでいたのが、スプーンを銜えた瞬間全員の顔が引きつったのを今でも覚えている。
 勝手な期待をしていた自分達が悪いのは百も承知だが。
 それにしても、彼女の手料理はまさに「この世の物」ではない味がしたのだ。
 正直どんな調理をすればそこに辿り着けるのか、逆に伺いたいところだが、それをして彼女をこれ以上落ち込ませるのは得策でない。
 だから以来こうして時々一緒に肩を並べては手取り足取り料理をしている。
 基本的に作るのはグッドリーで、自分は横からアドバイスをするだけ。
 そして彼女はそんな自分のアドバイス通りに動いているはずなのだが…。
「おかしいわね。シドー君の言った通りにしてるはずなんだけど」
 やっぱり何かコツがあるのかしら、と怪訝そうに首を傾げる彼女に、どうでしょう、と当たり障りのない返答をしてから、調味料に手を伸ばす。
 味を調えれば食べられないこともないだろう。
 だがそんな自分を見つめるグッドリーが再び溜息をついて肩をすくめて見せた。
「私ってだめね、女のくせに」
「別に女性がみんな、料理が上手いわけじゃないです」
「でもちっとも上達しないし」
「なら俺も、男のくせに料理はするし裁縫はするし…全然男らしくないです」
「そんな…それはシドー君の美点じゃない。料理だって裁縫だって…」
「少尉も同じですよ。あまり気にしない方が良いです」
 心配しなくてもやってる内に嫌でも上達しますから、と小さく笑ったあと慣れた手つきで調味料を鍋に入れていく。
 しばらくその様子を見つめていたグッドリーが一瞬何かを言いたげに口を開いたが、すぐさま苦笑にすり替えて苦笑を漏らした。
「私の料理下手も美点の一つ?」
「ええ」
 可愛いです、とは言えないけれど。
 肯定したところで再び笑みを深くしたグッドリーが小さく「ありがとう」と呟いた。
 きっと気持ちの半分も彼女には伝わっていないだろう。だけど今はそれでも良いと、鍋をかき回しながら一人納得する。自己解決はもう癖になっていた。
 だから彼女が突然ズイッと顔を近づけて来たときには思わず尻餅をつきそうになり。
 間近に迫る睫毛の長さに見とれた。そして自分を見据える漆黒の瞳に息をのむ。
「…………」
「シドー君」
「……はい」
「それ、入れすぎじゃない?」
 え、と思ったときは手にしたコショウの瓶はかなり軽くなっていて。
 視線をやった先では、目で確かめられるほど大量のコショウが浮いたスープが目の前で煮立っている。
「…………」
「……失敗した?」
「すみません、せっかく少尉が作ってくださったのに」
 彼女が作った物を自分が味を調えて一つの料理に仕上げていく。
 自己満足とはいえ、そんな作業過程に楽しみを覚えていただけに、自らの失敗でそれを終わらせたことにがっくりと肩を落とした。
 だがそんな様子をどう取ったのか。
 鍋を覗き込んだグッドリーが小さく吹き出し、笑いかける。
「安心した」
「…え……」
「シドー君でも失敗するのね」
 それはどういう意味だろうと、聞き返そうとしたところでコショウまみれのスープを小皿に注ぐグッドリーを認め、慌てて止めに入ったが驚くほどの早さで彼女はそれを飲み干した。
「少尉…!」
「大丈夫よ。ちょっと…辛いけど…っ」
 途端ゴホゴホとむせては「やっぱり辛すぎるみたい」と涙を拭きながら笑う彼女に戸惑いを覚える。
 なにか、とは言えない。でもたしかに何かがおかしくて。
 共に生活をするようになって数週間が経つ。お互い今まで見ることのなかった部分を見る機会も多々ある。
 だから今更不審に思うことなんかないのに。
 こうして目の前でなんとも言えない笑みを浮かべる彼女を見ると、不安とも言える思いに駆られて。
「責任…取ります」
 気がつくと口を開いていた。しかもこんな台詞。こんな、気持ちを吐露する台詞を真顔で。
 いつだって心の中に隠していた想い。自分にそれ相応の自信が持てるまで決して口にはすまいと思っていた台詞。
 それが今、なぜこうして滑り出てしまったのか。
 責任。
 本当に取りたいのは自分の方だ。それで彼女が自分の元に留まるというのなら、いくらだって責任を取ってやる。いや、取らせてほしい。
 取らせて、ほしいんだ。
 だが目の前の彼女が一瞬哀れむような笑みを浮かべたとき、我に返った。
「責任なんて、大袈裟よ」
 そしていつもの優しい笑み。だが今はその笑みをまともに見ることができない。
 料理以上の失敗だった。
 俯き床を見つめれば、ほら、と目の前に差し出されたおたまに顔を上げる。
 視界に映る彼女の笑み。言葉に出来ないほどの安堵を味わう。
「これを食べられるようにしたら許してあげる」
「少尉……」
「あとそれ、そろそろやめない?もう私は君たちの上司じゃないんだし」
 ね、と言い聞かせるように話す彼女はたしかにあの頃の近寄りがたい雰囲気とは全く違う、柔らかな空気に満ちている。
 そうさせたのが自分だと、そこまではおごってないけれど。
 その一因に自分が関係しているとは思いたくて。
 笑い返した。
 滅多に表情が変わらないと評判の自分。でもそんな自分も少しずつ変わりつつある。
 彼女と出会って。彼女を知るようになって。
「そうですね」
 そして煮詰まった鍋に水を足すべく、水道の蛇口をひねる。
 手のひらに掛かる冷たい水に、ほんの少し、救われた気がした。
 急ぐことはない。
 じっくり、気持ちを伝えて行けばいいのだから。
「じゃあ、作り直しましょうか」
 視線の先には笑顔の彼女。
 もう少し頑張れると、自分に言い聞かせた。


シリーズが終わって、主人公カップルの次に気になるカップルですが。
毎回毎回「その後」の話ばっかりだと芸がないんで、今回はまだアビジャンとかあの辺で同居生活してる頃のお話でも。
しかしこう書いてみると、改めてグッドリーさんはSだなぁ、という気がしないでもない(笑)
彼女の鈍感さはもはや計算なのか天然なのか。
個人的には前者であってほしい…いや、なんとなく(笑)
でも何事にも完璧な女人が料理だけ駄目ってのは男心をくすぐる設定ですな!たとえコバルト文庫だとしても!(笑)
今回久々のリクエスト小説で、既に自分が何を語ってるのか判別つきませんが。
一ヶ月お待たせしました。すみません。
今後も頑張りまっす!
というわけで、少しでも楽しんでいただければ幸いですm(_ _)m

 

 

 

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