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『口説かれ上手』 Written by Takumi


 それは終戦の知らせを受けた夜のこと。
 勝利の喜びに溢れるイギリス義勇軍基地のバーは、異様な盛り上がりを見せていた。
 だがいつしか酔いが回り、一人また一人とバーをあとにする頃、誰ともなしにイロコイ話に花が咲き始めた。明日には故郷に帰れる、愛しい彼の人に再会できるという喜びが彼らの心を緩ませた。
「俺はなぁ、帰ったら…故郷に帰ったら真っ先に結婚を申し込むぞ!」
 グラス片手に顔を真っ赤にしたパイロットがろれつも怪しく怒鳴りあげれば、それに応えるように周囲で「おう!」と声が上がる。
「そんでなぁ、そんで言うんだ!あのクソオヤジにお嬢さんを俺にください!って」
 言い終わると同時に周囲ではピーッと口笛が鳴り、彼の持つグラスにはエールを送るように他のパイロットたちからビールがつがれる。
 そんな騒ぎを少し離れたところで見ていた三人が、何とはなしに視線を交わした。そのうちの一人がそわそわと視線を動かすと、隣に座る男にやや身を乗りだし、
「なぁ、パードレ。お前さ、結婚してんだろ?」
「してるが、それがどうした」
「じゃあさ、その…お前もあれ言ったのか?」
「あれ?」
「だから、お嬢さんをくださいってやつだよ。相手の父親とかによく言うだろ」
 興味津々といった様子で聞いてくるリックに、パードレは少し考えるような素振りを見せた。別に奥さんとの馴れ初めを忘れた訳でなく、そうしたプライベートを軽々と他人に言いふらすのはどうかと考えたからで。その結果。
「まぁ、な」
 曖昧などっちつかずの返答を選んだ。
 だがそれでは納得出来ないと、リックは更に問い詰める。年頃だけに、その手の話には関心が高いらしい。
「何て言ったんだよ?別に減るもんじゃあるまいし、教えろよ。なぁなぁ」
「そんなもの聞いてどうする」
「ばっか、あれは男のロマンだっての。な、ロードもそうだろ?」
 不意に話しかけられたロードは、飲みかけのグラスから一瞬だけ目を上げたかと思うとすぐにまた視線を落とし、
「お前だけだ、サル」
 そう言って残ったビールを一息に飲み干した。途端、逆ギレしたリックが「何だとコノヤロウ、表に出ろ!」とか「お前には男のロマンってのがわかんねーのかよ!?」「男なら一度は体験してみてーだろーが!」とかなんとか言って食って掛かろうとしたところで、パードレが無言で押さえつけ事なきを得た。
 それがほんの数週間前の出来事だった。
 そして今、リックはあの時とは違った意味で憮然とした表情をしていた。
「……なんでお前が一緒なんだよ」
 苦々しい声を隠そうともせずに呟く。理由は隣を歩く長身男のせいだ。
 ちらり、とリックを見下ろしたかと思うと、すぐさま、ふん、と軽く鼻で笑い、これまでの道すがら何度も言い聞かせた言葉をまた繰り返した。
「お前が俺の家に来たなら、今度は俺がお前の家に行くのは当然だろう」
 つまり、そういうことである。
 終戦と同時にライナム家の美女三人からご招待を受けたリックが、嫌がるロードを引き連れてめでたくご帰宅あそばされたのが数日前。
 散々遊んで笑ったあと、それじゃ、と荷物をまとめて帰りかけたリックの裾を、今度はロードがガッチリと掴み「俺も行く」となったのだ。
 嫌がるリックは必死で抗議したが、そこは一応表立っては「喧嘩するほど仲が良い」で通っている間柄。そんな二人の様子を見ても、ライナム家の美女三人は「よっぽど仲がよろしいのね」と笑うばかりか、ロードの後押しをする始末だった。
 結局断り切れず、渋々と言った形で今度はリックの実家にロードがついてくる羽目になったのだ。
「せっかくの帰省が台無しじゃねーかよ」
「その言葉、そのままお前に返してやろうか」
「なんだよ、お前だって楽しんでただろ。それにお前の家はお貴族様で良いかもしれねーけど、うちには豪華な客室なんてねーんだからな」
 床で寝ろって言われても文句言うなよ、と毒づくリックにロードはフッと笑みを浮かべ、
「ベッドはお前と一緒だから別に良いだろう」
「……ッ!冗談抜かすな!」
 顔を真っ赤にしたリックが歩調を早める。
 その背中を見て、しばらくロードは唇に笑みを浮かべ続けていた。
 リックの家まで、あともうちょっとの出来事である。


「えっと…で、こいつが同じ基地で働いてた…」
「リチャード・レイストンです。息子さんには色々と面倒見せられました」
 口ごもるリックのあとに続いて、ロードはしれっとした顔で自己紹介をすませた。これにはさすがの家族も驚いたらしく、ぽかんとした顔で二人のやり取りを見守っていたのだが、
「なんだよ、その面倒見せられましたってのは!」
「本当の話だろうが。小便たれの…」
「だー!お前ホントしつこいな!」
 いつまで経っても終わりが見えない二人のやり取りに、ぷっと最初に吹き出したのはスラリとしたショートボブの女性。
 先日実家でお目に掛かったレイチェルとはまた違った雰囲気のアメリカ女性だな、と言うのがロードの第一印象だった。
「まったく、最初義勇軍に入るって言い出した時はついにトチ狂ったかと思ったけど。こうして仲間だって言える人が出来たってことは、それなりに良い経験をしてきたんでしょうね」
 シンシアよ、と笑って差し出された手を握り返し、ロードはふと怪訝な顔をする。
 その表情に彼が何を言いたいのかを察したのか、笑みを濃くした彼女は言葉を継ぎ足した。
「出来の悪い弟が世話になったわ」
「……いえ」
 反応の遅れたロードがそのまま首を回し、背後にいたリックを認めると「本当にお前の姉か?」と再確認を求め、それに対し「そうだ」とリックが答えれば「お前養子か?」と遠慮のない質問をして更にリックを怒らせる羽目になった。
 つまり、そういう姉なのである。
 だが言われてみれば、この弟にしてこの姉という気がしないでもない。聞けば歳が離れていると言うし、なんと言ってもこのサルとレイチェルを同時に面倒見ていた人間だ。それは嫌でも貫禄がつくだろうと、他人事ながらロードはシンシアに敬意の眼差しを送り、ロードと呼んで下さい、と改めて自己紹介をしたのだった。
 その頃になるとようやく両親も落ち着いたのか、少しずつロードとの会話を楽しめるようになっていた。
 義勇軍基地で出会った仲間のこと、ドイツ軍を前に繰り広げたハラハラドキドキの空中戦、話すことは沢山あった。そしてその一つ一つに家族は耳を傾け、時に笑い、時に息を止めて息子の話に反応する家族を前に、リックは本当に家に帰ってきたんだと実感した。
 どれくらい時間が経った頃だろう。
 そろそろ遅いから、と父親がロードに客室を案内しようとソファから立った時。
「お義父さん」
 それまで静かにその場を見守っていたロードが不意に声を掛けた。
 聞き慣れない単語に父親は、なんだね、と首を傾げながら客室へと向かっていた体を戻す。そうこうする間に、ロードは居住まいを正しチラリと横に座るリックを見た。
 見られたリックはわけがわからず、ただロードの次の言葉を待つばかり。シンシアも浮かし掛けていた腰を再びソファへと落ち着かせた。
「折り入って、お話があります」
「……もし他に聞かれてまずいようなら場所を移動するが?」
「いえ。できれば皆さんに聞いて頂ければ…。単刀直入に言います」
 そこで一つ息を吐く。
 見守る一同はその言葉の続きを待ったが、リックは第六感とも言うべき野生の勘で、それがとても悪いことのように思えてならなかった。
 そして奇しくも、その野生の勘は当たってしまうのだった。それも最悪の形でもって。
「息子さんを、俺にくだ…」
「待て待て待て!!」
 すんでの所で待ったを掛けたのは、まさに話題の中心とも言えるリックその人。怒りを通り越して蒼白とも言える顔つきで、ロードの肩をガシッと掴んだ。
「もう遅いし、寝よう!な!」
「なんだ、もう良いのか」
「もうって…テメーなに考えてんだよ!」
 不本意にもリックに怒鳴られ、ロードは一瞬にしてムッとした顔をした。
「男のロマンだと言ったのは貴様だ、サル」
「アレは普通男が嫁さんもらう時に言うもんだろーが!なんでお前が俺のオヤジに言うんだよ!」
「一度体験してみたいと言ったのはどこのどいつだ」
「あれはそーゆー意味で言ったんじゃねぇ!」
 つまりロードとしては彼らしからぬが、一応泊めてもらうお礼としてリックのリクエストに応えてやろうとしていたらしい。
 だがそれが根本的に間違っていることに果たして気づいていたのか。
 お前それ絶対分かっててやってるよな?嫌がらせだろ!?と続くリックの言葉に素知らぬ顔を見せるところを見ると、案外本人もわかっててやっていたのだろう。
 結局怒鳴り合いながら、どちらともなくその姿は客室へ向かう廊下へと消えていった。

 一方取り残された人たちはと言うと。
 今目の前で起きたことが信じられず、呆然とする母親と何かの間違いだとばかりに呻く父親、そしてう〜んとしばらく何かを考える素振りを見せるシンシアだったが、
「ま、義勇軍に入った時点で息子は嫁に行ったと思えば良いじゃない」
 笑うシンシアの声だけが、広い広いリビングに響き渡ったのだった。
 さすがはリックの姉、である。


夜壮さんからの更に詳しいリクエストとは…『できればリックの実家に押しかけ話…「息子さんを…!」みたいな話を書いていただけたらなぁ…』でした。
夢見てます。見過ぎです!(笑)
結局リクエストに応えられたかどうかは微妙なところですが。
たぶんこの後リックパパは寝込み、ロードを敵視するようになるんじゃないかと…「えぇい!息子に近づくな!ぺぺぺ!」って(笑)

ちなみに今回登場したリックの姉・シンシアさんはオリキャラ…ってわけじゃなく、一応梶原にきさんが発行されてる天バカ同人誌「FLYING FOOLS」の登場人物紹介ページでしっかり描かれてます。
左の彼女がそう。隣にいるのはワインの女王です。
なんでもシンシアさんについては須賀さんともかなり熱い語り合いを交わしたそうで(笑)
そんなわけで、上のリクエストも彼女を想像して読んで頂けるとよりわかりやすいんじゃないかと。
でも本編では全く出てこなかったんで、性格的な部分はある意味オリキャラ…う〜ん、微妙だ。
とはいえ、こんな感じで久々のリクエスト小説は楽しく書かせて頂きました。
少しでも楽しんで頂ければ幸いですm(_ _)m

 

 

 

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