『朝日が昇るまで』 Written by Takumi
「嬉しそうだな」
「え……?」
情事のあと、ベッドで横になっていたシオンに不意にドーンが不機嫌そうな声をかけた。
言われてはじめて、無意識に唇が笑みをかたどっていたことに気づく。
おや、とばかりに口元を覆いシオンは肩をすくめた。
「すみません」
「そんなに気になるのか」
「……なにがです?」
「誤魔化すな。アルゼウスのことが気になってるんだろう」
忌々しげに言うと、ドーンはベッドを離れ床に落ちていた衣類に袖を通す。
その綺麗に筋肉のついた身体が隠れてしまうのを惜しげに見つめながら、枕に顎を乗せたシオンは気だるげに髪をかき上げた。
「すみません、行為には集中してたつもりですが……」
「そういうことを言ってるんじゃない」
素早い否定。
だがこちらに背を向けた兄の耳が微かに赤いことで、それが恥ずかしさからきたものだとわかる。
三男のアルゼウスが近々カデーレ入りするという話を聞いたのは今日の朝だった。
長い間病でふせっていた、顔も知らない病弱な弟。
実際のところ、お互いそれほど彼の存在を気にしていたわけではない。
いくら最も高貴な血を継いでいるとはいえ、病というハンデは大きい。
現時点では長男ドーンの優勢は目にも明らかで、またそのハンデを埋めるにも膨大な時間が必要なことはバカでもわかる。
だから皇帝候補としては大した興味を持たせる人物ではなかった。だが弟だと思うとそれはまた別物で。
「兄上は嬉しくないのですか?」
上着のボタンを留め終えたドーンが髪を整えているのを眺め、問う。
燃えるような赤い髪が、情事のあとはややくすんだ色に見えるのに気づいたのはいつからだったろうか。
「会いたくないと昼間言ったのをもう忘れたか」
「兄上……」
らしくない兄の言葉にシオンが苦笑する。
いつもは大人顔負けの意見を言う兄にしては珍しい反応だった。
だがそんなシオンを見つめ、髪を整え終えたドーンがこちらを振り返った。
鋭い瞳が自分を射抜くことに、シオンはわずかな恐怖を覚えた。
「わからないのか」
「……なにがです?」
掠れた声が出た。
いつもそうだった。情事の時も、彼のこの視線に見つめられると身動きできない自分がいる。焼け付くような喉の渇きを覚えた。
ドーンが一歩、踏み出す。
自然身体がビクッと強ばった。思わず枕から頭を上げる。
2歩・3歩・4歩……次第に自分と彼との距離は縮まり。
「あっ……」
わけのわからない恐怖から逃げるように、ベッドの奥へと行こうとしたところを背後から伸びてきた手に髪を掴まれた。
その勢いでのけぞった顔をすぐさま熱っぽい唇で塞がれる。わずかに開いた唇から強引に舌がもぐりこんできた。
「んっ……ぅ…あに、うえ……」
がっちりと手のひらで頬を挟まれどうにも動けないまま、延々と長いキスを繰り返す。
絡まった舌から昨夜の情事の名残が蘇り、うずき出した下半身にシオンはわずかばかり赤くなった。
やがて唇を離し、乱れた呼吸の合間にドーンが苛ただしげに吐き捨てる。
「他の男なんて見るな」
上下する肩をそのままに、苦しげに呼吸を整えながらシオンが苦笑声で問いかけた。
「アルゼウスは弟ですよ?」
「弟でもダメだ」
お前は俺のものだ、そう言って再び整っていない呼吸を無視して唇を求める。
だが今度は触れるだけの軽いキス。
すぐに離れた唇に物足りなさを感じるシオンだが、対するドーンは居心地悪げに俯きぼそりと呟いた。
「どうも俺は…その、独占欲が強いらしくて……すまなかった」
頼りなげな様子のドーンに、反射的にその身体を抱きすくめていた。
一瞬強ばった彼の身体を優しく撫でさすりながら、その耳元で静かに囁く。
「どうして不安になんかなるんです。私が愛してるのは兄上だけだと、昨夜あれほど言ったのに……」
わずかな照れを声に含ませ、チュッと耳元に、首筋に唇を落とす。
「それに、独占欲の塊は兄上ばかりではありませんよ」
「…………」
大人しく抱かれたドーンがわずかに身じろぎながら、うまい具合にシオンの腰に腕を回した。
その反応に満足げに微笑みながら、
「兄上に声をかけられた使用人や、兄上と剣を交える従者を見る度に、毎日嫉妬で狂いそうになります」
その首筋に顔を埋めた。
ギュッと愛しげに腰に回った腕に力がこもる。
「ぁ……」
反射的に声が出た。
「バカな……あいつらはなんでもない」
「わかってます。でも……気になるんです」
囁くように言った。
そうでもしないと、ビクビクと感じた身体があられもない声を発してしまいそうで。
ギュッと目を閉じ快楽に耐えているところを、だが突然それまで抱き合っていた身体を引き剥がされた。
「え……」
戸惑いを隠しきれない様子でシオンは兄を見つめる。
そっぽを向いたドーンが苦笑を浮かべながら肩をすくめた。
「悪い……これ以上は限界だ」
理性が持たない、そう呟く声が聞こえる。
だが一方で、それがなにを指しているのかはすぐわかった。
カーテン越しにもわかる、朝日の気配。
――時間だった。
朝日が昇れば、自分たちの関係は恋人から再び兄弟へと逆戻り。
暗黙の認だった。
「太陽が嫌いになりそうですよ」
ぶすくれた声で呟いたシオンに、ドーンは苦笑しながらその額にキスをした。
それを黙って受け止め、シオンは扉に向かう兄の背中に声をかけた。
「また今夜、いらしてくれますか?」
「いい子にしてたらな」
笑いながら手をヒラヒラとさせ、扉の向こうに消えるドーンの姿。
パタン、と閉まった扉をしばらく見つめ溜息と共に再びベッドに寝そべった。
「意地悪……」
呟いた言葉は、朝の清々しい空気でかき消えた。
だがどこかで確信している。
今夜も夜半過ぎに、扉が静かにノックされることを。
血伝中、唯一のアダルティーチーム(笑)
今回も突っ走ってくれてます(爆)
というか、なぜ俺の書くドーン×シオンはこうも毎回シオン優勢なのだろうか……
いや、その前にドーンに嫉妬心を抱かせること自体が間違いだったのか……(爆)
なにはともあれ、せいぜい好奇心旺盛なカデーレ侍女に見つかる前に自室に帰ってくれよってところだ(笑)
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