『カードゲーム』Written by Takumi
天気がいいから外でやろう、そう言い出したのはピロシキだ。
空は快晴。
たしかに薄暗い昼間のバーでカードをするよりは、外の方がよっぽど健康的だった。
ガタゴトとバーのテーブルとイスを無断拝借し、滑走路間近の芝生にセッティングする。
「ゲームはポーカー。3回勝負な?」
器用にカードを配りながらピロシキが上目遣いで伺ってくる。
その手元をいかさまがないようチェックしながら俺は深く頷いた。
ポーカーはそれほど得意ではないが、目の前の酔っぱらい相手ならなんとか勝てそうな気がしたからだ。
事実、カードを配るその傍らには既に見慣れたウォッカの瓶が、中身を半分残してドンと置いてある。
「よし、はじめようぜ」
目元を赤らめたピロシキが、ろれつも妖しい口調で開始の合図をする。
目の前に置かれた5枚のカード。
どれも使い古されボロボロだ。
だがそれを慎重に手元に持っていき、ゆっくりと一枚一枚確認していく。
一枚目はスペードの3。
二枚目はスペードの6。
そんな俺の様子を、ピロシキがにやにやしながら見守るのを承知で続ける。
三枚目はハートの13。
4枚目はスペードの7。
「いいカードが揃ってるな」
突然背後から囁かれ、思わずイスからずり落ちそうになった。
それをなんとかやりすごし、慌てて手にしていたカードを胸に押しつけ隠す。
「パ、パードレ!見るなよ!」
「どうして?俺はゲームには関係ないぞ」
「それでも!」
片眉を上げ、それまで背後で静かに聖書を読んでいたパードレが納得しないという風に見つめてくる。
たしかにパードレの言うことは信用できる。
でも、だからといって今見たカードの内容をピロシキに秘密のアイコンタクトで教えないとも限らない。
俺は珍しく躍起になってた。
元々勝負事にはすぐムキになる性格だが、今回はあのドイツ軍エース2人に宣戦布告をされたすぐ後なのだ。
興奮冷めやらず、といってもしょうがないだろう。
「……わかった」
俺の熱意が伝わったのか、肩をすくめてパードレが再び読書に熱中したのを確認し、ホッと前を振り返るとまたもにやにや顔のピロシキと目があった。
「…………なんだよ」
「いや〜、なんか張りきってるね。カウボーイ♪」
「べっつに!」
強く否定したところをケラケラと笑われ、ますます気分が悪い。
なにがなんでも勝って見返してやりたい、という気持ちがわき起こった。
テーブルに残ったのは未確認のカードが一枚。
そろり、と手を伸ばしたところで再び笑いをこらえた声がかかった。
「そんなに張り切ってるならいっそうのこと賭けなんかどうよ?」
「賭け?」
思わずカードに伸びた手が止まる。
それを認め、ピロシキが言葉を続けた。
「ごらんの通り、俺の持ち札はブタだ」
そう言ってひらり、とこちらに面を見せたカードはたしかにどれもバラバラのやくなしだった。
「で、この状態で勝負をしようっての。当然お前のカードは俺にはわからないし、ハンデも俺の方がずっとでかい」
「…………なに考えてんだよ」
いぶかしがるような目線を受け、ピロシキはぐいっとウォッカを一口あおった。
「別に。単にスリルがほしいだけだって」
この状態で勝ったらスリル満点だろ、と嬉しそうに言うピロシキ。
だがそんなことを言わせるのは奴がこの勝負に勝てるものと確信してるからだ。俺が相手なら勝てると疑いもしてない。
それが悔しくて。
カードを持った手に力を込める。使い古したカードがいびつに曲がった。
「で、どうすんの?やる?やらない?」
「………もし俺が勝ったらどうするんだよ」
「お前の言うことなんでも聞いてやるよ。禁酒でも、機体の交換でも」
「ほんとだな」
「そのかわり、俺が勝っても同じ条件だからな」
きらり、と褐色の瞳の奥が光った。口元に意味ありげな笑みが浮かぶ。
反射的に否定しそうになる言葉をグッとこらえ、神妙に頷く。
「よし、決まりだ!おい、パードレ。お前この賭けの証人だからな」
俺の背中越しにパードレが嫌そうに眉根を寄せた。
「止めておけ、ハーレイ」
「なんで?パードレだってさっき俺のカードはいいって言ったじゃねーかよ」
「賭けをしない場合はだ」
「だってあいつの持ちカード見ただろ?ブタだぜ?俺の方が絶対有利じゃんか!そんなの、ガキでもわかるだろ」
一気にまくし立てたところで、パードレがわかってない、という風に首を振った。
「賭けになった時点であいつに運がつくんだ」
「………なんだよ、それ?」
「どんなに不利な状況でも賭けになるとあいつが負けることはまずない」
無敗記録は更新中だ、と囁くパードレをまじまじと見つめ、次いでピロシキを見つめるとにやり、と笑みを返される。
「なんたって、俺は天使だからな」
嬉しそうに言うピロシキに内心、なに言ってんだ、と毒つきながらパードレを振り返ると微かにその頬が赤い。
どうしたんだよ、と言葉を続けようとしたところで突如思っても見なかった声が割り込んできた。
「なにをしてる」
聞き慣れた、だが一番聞きたくなかった声。
顔を上げなくてもわかる。
漆黒の髪、漆黒の瞳は今日も健在なのだろう。
嫌々上げた視線の先には、案の定葉巻を加えたロードが無表情に自分を見下ろしていた。
「カウボーイと賭けをな、やろうって言ってるところだ」
押し黙った俺に代わるように、ピロシキが偶然通りかかったロードにおかしげに説明をした。
とたん、その端正な顔が侮蔑の色に染まる。
「賭けができるような頭をしてると思ってるのか」
「なんだと、こら!」
「お前のような単細胞にはカードは無理だ。諦めろ」
「なんでそう言いきれるんだよ!」
「ここ数日、お前と一緒に過ごしてきた結果だ」
「ぐ…………」
言い返す言葉が見つからない。
返答に詰まった俺を、まあまあ、とピロシキが間に入ってロードをなだめる。
「たまにはカウボーイにも好きにさせてやれよ」
「こいつがいつ、自分の好きじゃないように動いた」
「そう言うなって。失敗したらしたでいい教訓だろ」
「それを教訓にできるほどの頭がこいつにあると思ってるのか」
黙って聞いていれば散々な言われようだ。
しかもロードが口を出してきたことで再び読書に熱中していたパードレが、そこでふと顔を上げると、
「お前じゃ無理だ。止めておけ」
ロードと同じようなことを力を込めて言った。
瞬間、俺の中でなにかが切れる音がしたのはたぶん勘違いでもなんでもない。
「……………絶対やる」
「おい」
「やるって言ったらやるんだ!おい、ピロシキ!ボサッとしてないでやるぞ!」
まったく、どうしてこうもみんな俺が負けると確信してるんだ。
そりゃたしかにカードは得意じゃないけど、相手はあのピロシキなんだ。
酒好きで、機体壊しの常習犯で、ポエマーで、語学のプロで……なんにせよ、これと言って俺に絶対的な勝機を持ってるとは到底思えない。
なのになんで。
なんでこんなに認められてるんだろう。
「あんまり力むなって」
そんな俺の内心を知ってか、苦笑気味のピロシキがラストの一枚をめくれと目配せする。
そこでやっと、先ほどめくり損ねたテーブル上のカードを手に取った。
五枚目のカードはスペードの4。
ごくり、と喉が鳴る。
うまくいけばロイヤルストレートフラッシュ。
失敗すればブタだ。
なんて両極端なカードだろう。
思わず出そうになるため息をこらえ、目の前のピロシキを上目遣いに見つめた。
「んじゃチェンジは一回な。どっちからやる?」
「……お前からでいいよ」
「そう?悪いな」
どうしたものかと考える時間がほしくて先を譲った。
当然ピロシキは5枚すべてをチェンジする。
鼻歌なんか歌って余裕たっぷりの奴がよけいしゃくに障った。
「オッケー。お前の番だぞ」
「ん…………」
カードを変えた瞬間のピロシキの顔色は変わらない。
見事なまでのポーカーフェイス。
読めない表情に、気持ちばかりが焦った。
「どうした?変えないのか?」
じっと押し黙った俺を見てピロシキがおかしげに指を指してくる。
奴のカードは?
ブタ……?それとも………
「別に降参してもいいけど」
明らかにからかいを含んだ口調。
瞬間、迷いなんてものは一気に払拭された。
「誰がするか!少しぐらい待ちやがれ、ジジイ!」
言うと同時にハートの13を捨て、山積みされたカードの一番上をめくる。
「あ………」
スペードの5。
ロイヤルストレートフラッシュだ。
まさかの出来事にカードを持つ手が少し震えた。
同時に大声で叫びだしたい衝動に駆られる。
勝った!俺は勝ったんだ!!
思わず満足げな笑みが浮かんだ。それを認め、ピロシキがおやとばかり片眉をあげる。
「どうやらいいカードが揃ったみたいだな」
「悪いけど、お前の無敗記録は俺が破るからな!」
「そりゃ楽しみだ」
クスクスと肩を震わせ笑うピロシキに、そんな余裕もこれまでだ、とばかりに席を立ち言葉を続けた。
「見て驚け!ロイヤルストレートフラッシュだ!!」
誇らしげに、5枚のカードをピロシキの前に突きつけてやった。
瞬間、奴の目が一瞬見開くのを見逃さない。
ああ、この至福の時!
このためならこれまでの悔しさも我慢できる。そう思った瞬間……
「偶然だな。実は俺もなんだ」
頭から水をかぶったような錯覚に陥る。
まさか、そんな………
呆然とした俺を目の前に、にやり、とピロシキが笑みを濃くする。
「それも、9から13の」
テーブルの上に広げられたよれよれのカードは、たしかにハートの9から13の数字が刻まれている。
「う…っそ………」
足がよろめき、どすんとみっともなくイスに舞い戻った。
「だから言ったんだ、止めた方がいいとな」
「だって…あいつ………ブタだったんだぞ!?」
やれやれ、と背後で肩をすくめるロードに未だ放心が解け切れぬ状態で呟く。
だがそれを首を振ることで否定すると、パードレも同じく、
「奴にはそういうことは一切関係ないんだ」
真面目きわまりない表情で言ってのけた。
目の前では満足げに敏に残ったウォッカをあおり、更に顔を赤くさせたピロシキがケタケタと笑い声をあげる。
「ん〜〜、俺様ってば相変わらず怖いくらい強運だね〜〜」
きっとこいつは人間じゃないんだ。
漠然と、そんな思いが渦巻く。
まさかブタからロイヤルストレートフラッシュなんて、もう強運なんてどころの話じゃない。
「はぁ〜〜〜〜」
大きくついたため息は、ますます俺の気持ちを沈ませた。
だが反対にピロシキはと言うと、満足げな笑みを浮かべ腕を組んだ。
「さてと、約束は覚えてるよな?」
「うっ……」
「負けた方が勝った方の言い分を聞く、だったな」
男に二言はないんだろ?と笑みを深めるピロシキの肩越しに、ロードがあきれたように鼻を鳴らす。
「そんな無謀な約束をしたのか」
「う、うるさい!だいたいブタからロイヤルなんて誰が予想できるんだよ!」
「だからお前は馬鹿だと言うんだ」
「なんだと!!」
今にも取っ組み合いそうな勢いの俺を、まあまあ、となだめるピロシキが不意ににやりと笑みを浮かべる。
さっきの賭けのときといい、奴のこんな笑みは要注意だということがようやく俺にもわかり始めた。
「そうだな……んじゃ、こういうのはどうだ?」
笑いをこらえながら、俺とロードの肩を組むと、
「今日一日、リチャーズは手をつないで過ごすっての」
「なっ……なに考えてんだよ!」
「なんで俺が……」
にんまりと笑みを浮かべるピロシキの腕を振り払い、俺たちは同時に叫んでた。こういうときのコンビネーションは案外いいのかもしれない。
とはいえ、なんだって俺とロードが…そんな、一日中手をつなぐなんて……考えただけでも吐きそうだ……。
「これはお前たちの賭けだろう。俺を巻き込むな」
案の定、思いきり不機嫌を露わにしたロードが声音も低くピロシキを睨み付けた。
だがそこは腐っても年長者。
ポンポンッと気安くロードの肩を叩くと
「なに言ってんの、昔から妻の責任は夫が見るってね♪」
邪気のない笑みを浮かべて有無を言わせない様子。
「誰が夫だ、誰が」
げんなりと呟いたロードは、だが既に降参したのかギロッと俺を睨み付けることで怒りをこらえる。
「ご、ごめ…………」
そのあまりの鋭さに思わず出かかった謝罪の言葉は、
「ほら」
突如差し出された右手に、驚きで喉奥まで一気に引っ込んでしまった。
多少筋張った、長くて綺麗な指。それを見つめ、戸惑いの視線をロードへと向ける。
「……これ………」
「約束ならしょうがないだろう」
あさっての方向を向き、相変わらず不機嫌きわまりない口調のロード。
「でも……いいのかよ」
訝しげな、それでいて申し訳ない思いを込めた視線は、漆黒の瞳と絡まってはずせない。
闇色の瞳が微かに笑ったような気がした。
俺の気のせいかもしれないけど、本当に微かに。
「別に減るものでもないしな」
これ以上あれこれ言われるのに比べたらずっとましだ、と呟き伸ばした手を軽く振る。
「どうした。いいのか」
「いや……あの、じゃあ………失礼します……」
まるでどこかの新婚さんみたいに、俺はギクシャクと奴の手に自分の手をのせてみた。
思った通り、ひんやりと冷たい感触が伝わる。
どこかで聞いた話。
手の冷たい人は心が温かいって。
そのときは笑って聞き飛ばしたけど、今はなんとなく信じれるような気がする。
そんなこともあるんだなって思えるような、そんな気分だ。
食い入るような目線を繋がった掌に向け、ふと上を向くと自分を見つめるロードと目があった。ドキッと胸が高鳴ったのは、緊張からか、それとも。
「な、なんだよ」
「別に……」
ふい、と視線をはずされてお互いなんとなく言い難い雰囲気に包まれたとき。
「あ〜あ、まったく。妬けるよな〜」
「そういうことは自室でやれ」
呆れたような口調でパードレとピロシキが俺たちを見て苦笑を浮かべてた。
「なっ…なんだよ!やれって言ったのはお前だろ!!」
恥ずかしくて、パッと繋いでた手を離す。
だがそれをめざとく見つけたピロシキがチッチッチッと舌打ちして、
「今日一日って言っただろ」
すぐさま再び俺たちの手を無理矢理握らせた。
この年長者はどうあっても自分の言ったことを撤回する気はないようだ。
それを悟ってか、どちらともなく視線を交わすと、やれやれ、というように肩をすくめた。
どうやら今日一日はどうあってもこの状態を維持しなくちゃいけないみたいだ。
「くそ……覚えてろよ」
思わず毒づいた俺に、だがケラケラと笑ったピロシキが最後のウォッカを飲み干すと、
「また今度な」
賭けはいつでも引き受けるぜ、とウィンクを一つよこす。
それに負けじと言葉を続けようとした俺の頭を、ロードの掌が軽くはたいた。
「馬鹿。また負けるつもりか」
「なんだと!」
「無駄な勝負などするな」
「無駄かどうかなんて、そんなのわかんねーだろ!」
「そのたびに俺にまた迷惑をかける気か」
「そ、それは………」
言うべき言葉が見つからず、思わず口ごもった俺にロードは微かに口端を曲げた。
「ま、そのうち身体で返してもらうか」
「か、身体って……!?」
思わず耳まで真っ赤になって聞き直す俺に、だがロードは意味深な笑みを浮かべたまま俺を見つめ返すだけ。
心なしか、繋がった手に力がこもった感じがする。
こうなったら蛇に睨まれた蛙だ。
「俺、もう賭けしない……」
重い唇を開き、腹の底から響くような低い声音で誓いを口にする。
返ってきたのは握った掌の軽い握力。
なんとなくホッとするそれに、俺はようやく溜まっていた息を吐き出した。
その側では、なにやらパードレとピロシキが10ポンドがどうのこうのと言い合っている。
近くの滑走路で複葉機が一機、出撃の準備をしているのが見えた。
空は相変わらず、嫌味なくらい快晴だった。
この小説、是非とも『天駆けるバカ』(文庫)のにきさんの挨拶文が載ったページのイラストと一緒に読んでほしいです(笑)
本文見る前にあのイラストを見て瞬間思いついたものなんで……(笑)←さっさと本文読めよ(-_-;)
でも前もって言わせてもらうと、ポーカーは詳しくないです。上の話も、もしかすると嘘八百かもしれない(爆)
しかし滑走路の近くって……飛行機が飛んだらカードが全部散っちゃうじゃん?(笑)
しかもそういう時って絶対リック優勢の時なんだろうね(笑)←んで「あぁぁぁーー!」とか言いながら舞い散るカードを追いかけるリックと「ラッキー♪」とか言いながらウォッカをあおるピロ☆
改めて、この4人ってラブラブじゃ〜ん♪とか思ってしまった(笑)
しかし……目に痛い配色だな、おい(爆死)
是非ともこれを読み終わった後は外の景色でも眺めて目を休めてくださいm(_
_)m
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