笑顔で愛の睦言を』 Written by Takumi


 偽りの静寂に包まれた夜。
 張り詰めた空気が満ちた情報部には、だが些細な音ですら機動源になりかねない危うさを兼ね備えていた。
 各部署で待機する情報部員達。
 だが彼らの眼差しは自然と、ある一点に据えられていた。
 全ての根源となった、情報部長官室へと―――。
 通信機に映された副官が悲痛を堪えた様子で訴えてくるのを、ヴィクトールは無感情な眼差しで眺めていた。
 もうどれだけ、彼の訴えを聞いているだろう。
 普段ならば合理主義で通った自分のこと。無駄な話につき合う時間はないと、無情に通信を切っていたはずだった。
 だが今夜は少しでも長く、自分を慕ってくれた部下の声を聞いておきたかった。
「……から、我々にはまだ十分政府と対立する力が残っております。このまま閣下が反叛者として扱われるなど……」
 必死の面もちで訴えてくる副官。全て無駄なことだとわかっているだろうに、まだ諦めきれずにいるのは若さ故か、それとも自分に対する情故か。
 だがだからこそ、そんな理由でこの若い力を無駄に絶やしたくはなかった。
 彼らには自分が去った後の世界を担う必要がある。そのためにも、一人でも多くの者に生きてほしかった。
「ですから我々は閣下が指示を出してくだされば、今すぐにでも……」
「メイヤー」
 言葉を遮れば、緊張に染まった顔が画面越しにじっと自分を見つめてくる。
 いつだって自分を信頼していた瞳。要求通りに動いてくれた、優秀な部下。
「お前は良くしてくれた。感謝している」
 意識していたわけではない。
 ただ自然と口から漏れた。そんな台詞だった。
「……長官………」
 通信画面のメイヤーが顔を歪めた。それまで引き締めていた唇からすすり泣くような嗚咽が漏れる。
 そこで通信は切れた。
 いや、切ったのは自分だ。
 人の泣き顔を見る趣味も、そうある人を慰める趣味もない。
 動かなくなった通信機をしばらく見つめ、席を立つ。カーテンの降ろされた窓に近づき、そっと外を伺った。
 案の定、外を支配していたのは闇と赤い灯火のみ。
 その光が何か、わからないほど愚かではなかった。
 既に反叛者と成り果てた自分に政府がMPを送りつけたのは、当然と言えば当然の結果で今更狼狽えることもない。
「………狸が」
 だがつい、それら全てを命令した人物を思い呟く。
 いつまで騙すつもりなのか。騙し続けるつもりなのか。
「………………」
 室内の明かりが一斉に消えた。
 明かりだけでない。通信機や投影機といった、室内に置かれた機器全てが一斉に沈黙していた。
 視界を巡らせる。
 彼は、すぐ見つかった。
 印象的な青緑の瞳を爛々と輝かせ、いつの間に侵入したのか、出入り口でこちらを睨み据える青年。
 不思議と、驚きはなかった。
 どこかでこうなることを予想していたのかもしれない。
 何も言い出そうとしない、そのくせ唇を強く噛みしめてこちらを見つめるラファエルを認め、口端を微かに歪めた。
「そんなところに突っ立ってないで、こっちに来たらどうだ」
「……あんた、なに考えてんだよ」
「ご挨拶だな」
 沈黙を破ったラファエルの台詞に肩を竦めてみせる。
 その仕草が癪に障ったのか、僅かな間を置いて腹部に鈍痛が走った。続いて来た横からの圧力を避けきれず、床に倒れ込んだ。
 今日は厄日かと、上半身を起こしたところでズシッと掛かった体重に目を見開く。
 ラファエルの顔が、目の前にあった。
 いつもとは違う顔。ただひたすら、悲痛を堪えているような、そんな顔だった。
「たしかにあんたを頼ったのは俺だけど…でも、だからって……」
 一瞬言葉に詰まる。
 まるでその言葉を吐くこと自体が許されないことであるかのように、一瞬目を閉じたラファエルが再びヴィクトールを見据えた時には、その瞳にうっすらと涙が浮かんでいた。
「だからって…軍籍まで剥奪されて……。俺、そんなつもり全然なかったのに……」
「軍籍など、あったところで今更何の足しにもならん」
「でもきっかけを作ったのは俺だろ!俺が、全部……ッ」
 言いかけた唇を、同じソレで塞いだ。
 かつて嫌と言うほど味わった感触。伸ばした腕で首を絡め取り、更に深い口づけをする。
 強張った身体が言葉を飲み込んだのを察し、唇を離す。驚きに見開かれた瞳を見据え、言った。
「きっかけを作ったのが誰だろうが、決めたのは俺だ」
 だから気にするな。
 暗にそう言ったところで、こちらを見つめる顔が歪んだ。最初は堪えるように、眉根を寄せて。次いで堪えきれなくなった涙が頬を伝い、それに促されるように唇から嗚咽が漏れる。
「…死ぬ、なよ……」
「無理だ」
「…馬鹿野郎……」
 すすり泣く声が、訴える。胸板を殴る拳が震えていた。
「最後、ぐらい…嘘つけ……よ…」
 嘘でも良いから。
 嘘で良いから、死なないと。もう一度お前を抱きに来ると、言ってほしかった。
 伝わるラファエルの気持ちに応える術がなくて、苦笑した。
 どこまでも綺麗な存在。
 最初はあの男を欺くために利用してやろうと思っていた。だが気がつけば彼の一言一言に反応している自分がいた。あの笑顔を絶やすまいと、思う自分がいた。
 出逢ったのが彼だったらと、思うことがないと言えば嘘になる。
 だが全ては終わったこと、今更どうしようもないことだ。
 それならば、自分は自分なりに彼との関係を続けていこうと、そう思うようになった。
「ラファエル」
 涙で濡れた頬に手を添える。
 掌に頬を伝う涙が触れた。
 彼はよく泣く。まるで泣けない自分の分を補うかのように、よく泣いた。
「ラファエル」
 もう一度名を呼ぶ。
 あと何度、こうして彼の名を呼ぶことができるだろう。何度、彼の温もりをこの手に感じることができるだろう。
「……な、んだよ…」
「お前と出会えて、良かった」
 笑みを浮かべる。
 それだけで、十分だった―――。 


例の親子丼企画に加えようかと思った一品。
でも全然甘甘でもラブラブでもないので泣く泣く却下…あの企画もいつになったら完結を迎えられるのやら(T-T)
とはいえ、新刊を読んだ時から書こうと思っていた情景その1。
本当は↑の企画用に考えていただけに、今生の別れHでもさせようと思ってたんだけど(爆)
とてもじゃないが、そんな雰囲気になれず……という、いわゆる失敗作(爆死)
まぁ、泣いてるラファは俺的にも可愛くて好きなので許すが。
違う意味でも…泣いてほしかったなぁ(笑)←外道め…
とはいえ、一人でも多くの人が楽しんでもらえれば幸いですm(_ _)m

 

 

 

戻る