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『血縁者バトル』 Written by Takumi


 イヤな気はしていた。
 早朝ミーティングでの素っ気ない態度、挨拶を交わす際の冷たい声音。
 いつもと同じ笑顔を張り付け、だが身内にしかわからない静かな怒りを胸に抱いていた彼。
「参ったな……」
 ついポロリとそんな台詞が口をついて出た。
 彼の自室前の扉。
 夕飯後に来るようにと呼び出されたときは、ついに来たかと腹をくくったつもりだったのに。いざこうして彼の部屋を前にすると尻込みしてしまう自分がいる。
「情けないぞ、ロタール」
 そんな自分をなんとか鼓舞するように拳を握った。少し伸びた爪が掌に食い込む。
 この緊張もなにもかも、昔のトラウマが原因だ。
 また少し、イヤなことを思い出して気分が沈む。
 だがそれを振り払うかのように、勢い良く頬を叩き、ノブに手を掛けた。
「失礼します、大尉」
 精一杯の虚勢は、いつもより低い声音で伺いをたてるだけにとどまる。
 だが内心では先ほど思い出した事実に舌打ちしたい気分でいっぱいだった。
 自分は、あの兄を前にして有利に立ったことなど、過去の一度もないということを。

 顔を合わせてかれこれ数十分が経つ。
 その間、目の前の彼、マンフレート・フォン・リヒトホーフェンはイスに座ったままあらぬ方向を眺め静かに煙草をくゆらせている。
 その様子が不機嫌なのは見るも明らかだった。
 普段は煙草の煙すら吸わない彼が煙草を吸う。
 それは身内にだけ知られた、彼の癖の一つだ。機嫌がすこぶる悪いときの合図。
 それがわかるからこそ、事の重大さにじっとりと背中に汗が浮く。
 この沈黙が重苦しくてたまらなく感じる。
 だがもしここで自分から口を開けば倍にして返ってくることがわかっているから、なにも喋れない。自分はただ、兄の言葉を待つだけなのだ。
 そう思い、このあとしばらく続くであろう沈黙を思って、こっそりとため息をついたとき。
「どういうつもりだ?」
 突然問われ、思わず返す言葉が見つからずうろたえた。
「え……」
「人の物に手を出して、どういうつもりなんだと聞いてるんだよ」
 口調はあくまで穏やか。
 だがその裏でどれほど彼が怒り狂っているか、長年の経験でわかっていた。思わずごくりと生唾を飲み込む。
「どういう、意味でしょうか……?」
「言葉通りの意味だが」
「理解しかねます」
 フーッと紫煙を吐き、兄がゆっくりとこちらを振り返った。
 かち合った瞳は、いつもの彼からは想像もできないような冷たさを含んでいる。
 ギシッと音をたてて兄がイスの上で足を組んだ。再び煙草に口を付け、ゆっくりと煙を吐く。
「アレが私の物だと、わからなかったわけではあるまい?」
「…………あの人は物ではありません」
 睨め付けられ、まるで消え入りそうな声でそれだけを答えた。だがそんな言葉など耳に入っていないかのように、兄は再び煙草を口に付ける。
「お前にとってはね。でも私にとって、あれは物なんだよ」
「どういうことでしょうか」
「私が聞いてるんだ。お前に質問を許した覚えはない」
 そして、どういうつもりだ、と再び問いつめられ。
 ギッと目の前で悠然と煙草をくゆらせる兄を睨み付けた。あの人をまるで当然のように自分の物だと言い切る様に、ただ怒りがこみ上げる。
 あの人、ヘルマン・ゲーリングをそう呼んでいいのは自分だけだと、暗にそう言われたような気がして、その余裕がまた気に入らなかった。
 だがそんな自分の反応がおかしかったのか、クスクスといつものように笑いながら兄はゆっくりと煙草の火を灰皿で揉み消した。
「わかってないな。アレは所有されるのを欲してるんだよ。自分より強い者に、つまり私にね」
 それは物とどう違うんだ、と問われ胃のあたりがカッとするのを覚えた。
 目の前の兄は希にみる天才撃墜王だ。その名は世界に轟いている。身内として、それをこれまでは誇りに思っていた。だが今は、その事実がこんなにも腹立たしい。
 彼と自分の間には、到底並ぶことの叶わない深い溝、実力の差が明らかだったからだ。
「あの人が……ゲーリングが兄さんの物だなんていう保証はどこにもないじゃないか」
 自分でもみっともない台詞だったと思う。
 まるで子供の言い分だ。お前の物だという証拠を見せろ、なんて。
 案の定、目を細めおかしそうに自分を見つめた兄が喉奥で微かに笑うのが聞こえた。
「保証がいるような関係じゃないからね。私とヘルマンは」
 ヘルマン。
 そうあの人を呼んだ事実に、胃がキリキリと痛んだ。
 以前自分がベッドの中でそう囁いたとき、彼は頑なにそれを拒んだのに。
 名前を呼ばれるのは好きじゃない、と。そんな恋人のような呼び方はイヤだと。
 だが兄には、それを許したのだろうか。
 兄が自分と彼のそんなやりとりを知っているとは思えない。だがその言葉は思った以上に効果を持って、内心の動揺を悟られまいと、必死になった。
「そ…それでも、僕が誰を好きになろうと兄さんには関係ないだろ」
「ロタール。「私」と言いなさい」
「そんなこと、どうだっていいじゃないか!」
 嫌味なほどに冷静な兄の言葉に、たまらず手近なテーブルを力任せに殴った。
 当たり所が悪かったのか、手の甲がジンジンする。だがそれを気にする間もなく、矢継ぎ早に言葉を続ける。
「兄さんはいつだってそうだ!僕が欲しい物は全部、横からかっさらっていって!僕がそれをどんなに欲しても、努力しても、いつの間にか当たり前みたいに自分の物にして!」
「ロタール」
「ゲーリングだってそうだろ!僕が入隊したときから彼のことを好きだったって、兄さん知ってたじゃないか!なのに……」
「ロタール!」
 厳しい声音に言葉を遮られ、思わず我に返った。
 同時にサーッと血の気が引くのを感じる。自分はなんて事を兄に言ったのだろう。
 兄弟喧嘩なんて、とっくの昔に止めたはずなのに。久々の喧嘩は、だが当時と変わらず自分ばかりが熱くなる形で冷静な兄に諫められてしまった。なにも進歩していない自分の幼さに、悔しさで唇を噛みしめた。
 そんな自分を見て、兄がそっとため息をつくのがわかる。
 組んでいた足をほどき、ゆっくりと近づいてきた。肩に手を置かれる。額に唇が押しあてられた。
「落ち着きなさい」
「でもっ………!」
「いいから落ち着くんだ」
 額から頬、それから唇へ。
 触れ慣れたそれに優しくなだめられ、ようやくまともな思考回路を得る。
 だがそうなればなったで、それまでの自分の痴態に思わず赤面せずにはいられず、顔を伏せたところを伸びてきた指に顎を捕まれた。
「……ぁ………」
「いいかい、ロタール」
「は、い……」
 穏やかな大きな瞳に見つめられ、まるでなにかの呪文に捕らわれたかのように微かに頷く。それを認め、嬉しそうに笑む兄を目の前に言いようのない感情が胸の中を渦巻いた。
 唇は少しでも顔を動かせば触れあうような距離にある。
 吐息が微かに頬を撫でた。
「お前とは争いたくない。わかるな?」
「………………」
「ヘルマンは無理だ。諦めろ」
 だが言われた言葉が頭に届いた瞬間、ビリッと右手が痛んだ。
 それが兄の頬を殴ったからだと気づいたときには兄はもう床に倒れ込んでて。
「っつ………」
 切れた唇から流れる血を舌で舐め取り眉をひそめる兄を前に、もうこれ以上引けないと悟った。
 キッと、これ以上にない強い眼差しを兄に向ける。それを受けて、兄が瞬間表情をなくすのを認め言葉を告げる。
「今回ばかりは子供の玩具やお菓子とは違うんです。貴方には負けません」
 目を見開いた兄がすぐさまクッと口端を歪めた。
「……面白い。では騎士道に乗っ取り、正々堂々と戦わせてもらおう」
 顔では笑っていたが、目は笑っていない兄のその表情をしばらく見つめ、やおら敬礼の形を取った。
「失礼します、大尉」
 言葉を待たずにきびすを返す。
 扉を開け、隙間の無効に身体を滑り出すと同時に背後で扉を閉める。
 途端、それまでの張りつめていたなにかが切れたかのように、ズルズルと壁にもたれたまま膝の力を抜いた。
「まいった………」
 どうやら自分はとんでもないことをしでかしたようだ。
 抱えた膝に頭を埋め、思い切り自己嫌悪に陥る。だがその一方で、あの兄に初めて相手にされたという喜びがあるのも事実だった。
 ロタール・フォン・リヒトホーフェン。
 世界一の撃墜王に恋のライバルを宣戦布告した夜。
 彼の心とは裏腹に、空は明日の快晴を約束する満天の星が瞬いていた。


あれ……おっかしいな〜(爆)
なんか気がついたら妙にバロン×ロタール風になってしまったかもしれない(爆死)
しかもロタールが熱血君だし……おいおい、君キャラ違うよってなもんだヽ(´ー`)ノ
う〜ん、こんなはずじゃなかったんだが。
しかし久々に書いたからかしらないけど、とにかく書きにくかった……何回も書き直したよ(T-T)
でもでき上がったのがこんなのでは納得してくれないかもな(-_-;)<サトコ
次回の切り番に思いを託してくれ!(撲殺)






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