その時歴史は動いたWritten by Takumi


 悪い夢だと思っていた、何もかも。
 自分の腰に回された腕。引き寄せられる身体。受け止めた厚い胸板。
 それら全てが夢なんだと。
「緊張してるのか?」
 耳元で甘く囁く声に目を瞑れば、くぐもった笑い声がすぐそばであがる。
 こんな声も出すのか、と普段は厳格な彼しか知らなかった俺はひどく驚いて顔を上げた。
 すると伸びてきた指先が顎を捕らえる。
 重なった唇。絡まる舌。
 それら全てが夢なんだと思っていた。
 いや、夢だと思いたかった。
 その行為に感じてる自分がいること。この行為を、嫌だと思っていない自分がいることに。

 長い廊下を緊張気味に歩く。
 やっとの思いで就任した国家保安部。
 表舞台に立つことは滅多にない、いわば影のような存在で国を補佐する機関として知られている。
 同期の友人達はどちらかと言えば華やかな情報部や参謀部に行きたがったが、自分の性格からして裏から国に携わる方が性に合っていると思い選んだ部署だ。
 だが就職から半年経った今も覚えなくてはいけないことはまだ山積みで、連日の寝不足からはまだまだ解放されそうになかった。
 普段ならあくびの一つでもするところを、今日だけはそれをなんとか気力で堪えて目的の部屋を目指す。手にした資料を確かめるように抱え直した。
 国家保安部長官室。
 所属部署の最高責任者である長官の部屋に、なぜ就任して間もない自分が用を言いつかったのか。それも用と言っても単純な過去の資料の検索で、このぐらいのことなら副官にでも頼めばすぐ済むだろうに。
 今朝方上司にその旨を伝えられたときはすぐさまなぜかと問い返した。だが返ってきたのは意味ありげな苦笑で。結局答えは得られないまま、不可解な気分だけが残った。
 だがそうはいっても相手は長官、最高上司だ。
 彼が来いと言えば黙って行かなければならないし、調べろと言われれば調べなければならない。
 そう思って指定された時間に来てはみたものの、やはり扉を前にして最後の決心が付かないでいる。この奥にはあの長官がいるのだ。まだ数えるほどしか目にしていない、保安部長官が。
 大きく深呼吸をする。2度、3度。
 繰り返すことでなんとか落ちついた気持ちを鼓舞し、思いきって扉に手を掛けた。
「失礼します」
 少し掠れた声に内心舌打ちしながら、だが届いた声に慌てて顔を上げる。
「………よく来たね」
 カール・マッソウ君、と部屋中央に据えられた執務机に座るのは、遠目にしか見たことのない長官で。
 若い頃は間違いなく美形だっただろうと思わせる、今もその雰囲気を色濃く残した深い彫りの顔。バランスの取れた体躯は、その年齢にありがちな中年ぶとりとは縁遠い様子でキッチリとスーツを着こなしている。
 思わず見とれそうになる自分を叱咤して、手にした資料を渡そうと執務机に近づいた。
「こちらが今朝方言われました過去の納税資料です。いつと言われてませんでしたので、こちらのほうで勝手に過去20年分を……」
 調べてきました、と続くはずの言葉が喉奥に吸い込まれた。
 視線は資料を渡すつもりで伸ばした手に釘付けで、それでも現状を把握しきれない自分がいる。
 長官の手が、自分のそれを掴んでいたのだ。
 重なった掌から微かに彼が力を入れたのがわかって思わずビクリと身体を震わせた。
「ちょうか……」
「よく調べてくれた、助かるよ」
「あ、ありがとうございます」
 今度こそ声が掠れてしまった。それどころか、掴まれた腕を振り払うこともできずに戸惑いを隠しきれない眼差しを投げれば、それを知ってか、今や壮年となった長官が微かに笑む。ギシッと妙に大きな音を立ててイスから立ち上がると、数歩近づきそのまま腰を引き寄せられた。
「あ、の……」
「君のことは前から気になってたんだが。気づかなかったか」
 私の視線に、と耳元で甘く囁かれば抵抗などできるはずもなく。いや、たとえ抵抗しようにも相手は長官だ。その彼を拒絶したとなれば、当然その後の自分の人生は火を見るより明らかだろう。
 瞬間的にそんな打算的な考えが頭をよぎる。
 だが答えを出す前に、腰に絡められた腕がゆっくりと下肢に沿って降りていく様子にギョッとした。
「長官!」
「静かに……生憎とここは防音工事をしてなくてね」
 声をあげられると困る、とおかしそうに言う彼を驚愕の眼差しで見つめた。
 まさか尊敬する長官がこんなことを……
 だがそう思った瞬間、上司の歯切れの悪い返答が思い当たった。あの意味ありげな苦笑、今にして思えば同情と下卑た想いが相成ったものではなかったのか。
 上司は知っていたのだ、長官の性癖を。ホモセクシャルだということを。
 だからその彼に呼び出された自分の末路を知っていて、これまで何度かしたであろう手引きを慣れた様子でしてみせたのだ。
「くそ……」
 低く毒づいた。人身御供にされた自分が情けなくて。言われるままに従った上司が悔しくて。想いを裏切った長官が憎くて。
「緊張してるな」
 ガチガチに固まった身体をゆっくりと撫でさすりながらそっと耳たぶを甘噛みされた。
 ゾクリと背中をはい上がった寒気に、たまらず目の前の胸板を押しやる。
「や…めてください!こんなこと…間違ってます!」
「………どうかな」
 隙を狙ったおかげですぐさま離れた身体は、だがあまりのショックで力が入らず膝が震えていた。その様子を認めた長官がチロリと唇を舐め、再び笑む。秀麗な顔にその笑みはひどく似つかわしくて、喉奥で小さく悲鳴が上がった。
「カール、君は気づいてないだけだ」
「な…なにがです」
「同類だよ。私も君も……気づいているか、いないかの違いだけだ」
「そんなこと……」
「ないと言えるのか?ならさっきのことはどう説明する?私に抱きしめられて、抵抗しようと思えばいくらでもできたはずだろう?」
「あれは…長官相手にそんなこと、できるはずないじゃないですか」
「なるほど。そう自分を納得させてたか」
 言ったところで満足げに頷く長官が目の前。
 なにを、と問い返そうとしたところで再び伸びてきた腕に右腕を捕まえられる。グイッと力任せに引っ張られれば、力の入らない膝は踏ん張ることも忘れていとも簡単に彼の胸へと身体を投げ出していた。
「なっ…なにを……んぅ…っ!」
 抗議の言葉は今度こそ彼の唇に吸い取られ、開いた口から嬉々とした様子で舌が入り込んできた。なま暖かい、なまこのようなソレ。
 逃げようともがく舌を巧く絡め取り、痛いほどに吸い上げる。歯列を沿うように動けば、もどかしいぐらいの快感がこみ上げてきた。
 くぐもった声をあげればいつの間にか腰に回った腕がゆるゆると軽い愛撫を施す。
 やめろと言いたいのに。これ以上裏切らないでくれと叫びたいのに。
 朦朧とした頭が、いつしか彼の舌に応えていた。
 もっと、とせがみ。彼の背中に腕を回し。
 自分から彼を求めていた。
「ぁ…はぁ…は……」
 やっと離れた唇。必死の思いで酸素を求めれば、そんな自分を面白そうに見つめる長官の視線を感じた。
「これでわかっただろ」
「なに、がです……」
 キッと睨み付けた。だが潤んだ瞳ではなんの効果もなく、更に相手を楽しませただけだったようだ。くつくつと喉奥で笑いを殺す上司が意味ありげに唇を舐めた。
「十分感じて、キスだけでは足りなかっただろ」
「なっ……!」
「恥ずかしがることはない。認めれば楽になる」
 赤面した自分を見下ろし、チュッとこめかみにキスをされた。それだけでゾクリと身体が反応してしまう。
 まさか、と血の気が引く思いがした。
 生まれてこの方、男なんかに性欲を感じたことはない。今までだって好きになったのは全員女性だ、間違っても男じゃない。
 そう思うのに。思ってたはずなのに、長官を前にするとその自信が吹き飛んでしまいそうになる。
 認めれば相手にしてもらえるんだろうか。自分を見つめてくれるんだろうか。
「なにを迷ってる」
 胸中を見透かされたかのように、彼の瞳に見据えられた。それはひどく不思議な感覚で、フラフラとその首に腕を絡めようと伸ばす自分がまるで夢の中の出来事ように思える。
「ちょう、かん……?」
「可愛いよ、カール」
 伸ばした手を掴まれる。あ、と思ったときには手の甲を噛みつかれていた。
「痛ッ……」
 だが予想外の痛みが瞬間的に意識を覚醒させる。
 今の自分の痴態に嫌悪感すら覚えた。
「カール?」
 怪訝そうな顔をした長官がキスをしようと身を屈めてくる。目前に迫った唇。受け入れたいと思う気持ちと、拒絶を覚える鳥肌が相成った。
「やっ…めろ……ッ!」
 渾身の力で彼の胸板を押しやり、相手がふらついた拍子にドアへと走り寄った。
 自分は何てことを……
 忙しない動悸と、背中を伝う冷たい汗に気分が悪くなる。
「カール!」
 ドアを閉めた瞬間背後から聞こえた長官の声。
 こんな時でも、あの声はなんて魅力的なんだろう。
 そう思ったところで、そんな自分の思考に驚きすぐさま否定する。
 俺はまともだ、ゲイなんかじゃない!
 呪文のように唱えながらただひたすら走った。途中すれ違った官僚の何人かが声を掛けてきたが、振り返って謝る余裕などない。今はただ、新鮮な空気が吸いたかった。
 そしてこれが夢だったと、気の迷いだったと思い直したい。
 全てが嘘だったと、思いたかった。
 廊下をひた走るカール・マッソウ。
 その彼が数年後、保安部一の同性愛嗜好者になることなど誰が想像できただろうか。
 保安部長官その人を除いて、それはきっと誰にも予想のつかなかった出来事。
 カール・マッソウ、開花は近い。


はじまりは今内とのICQ。
彼女が描いたというカール×ヴィクのイラスト『呼び水』をUP前に見せてもらったところで、一気にカールトーク(笑)
お互いカール・オヤジ好きという共通点があるだけに、とにかく語る語る(笑)
以下はその時のICQの会話の一部。腐ってます……


タクミ:カールは良いよ!もうかなり好きなキャラだ!!(>0<)
    これからも今内の絵を始め、宮の小説で彼の魅力に気づいてくれる人が増えるのを待ってるよ!!

 今内:カールはよい!どうしてそのよさがわからないかなあみんなっ
    カール出演小説を諸手を上げて歓迎しちゃうよ応援しちゃうよ。ああ世の中にカール好きが氾濫すればいいのに・・・
    そしたら供給が増えて私は満たされるのに・・・

タクミ:カールモノ、増えて欲しいよね!!(笑)
    個人的にはカールのシリアス小説が読みたいの!書きたいの!でも難しいの!ってなもんだ(爆)
    真剣な恋をした、若きカールの思い出、みたいなやつをさ〜(笑)夢見てるんだけどね。
    こういうのはダメかね?(笑)
    もしくは自分の性癖に気づいた瞬間のカールとか(爆笑)いや、生まれたときからホモっていう設定も良いんだけどさ(笑)

 今内:見たい!!!!!!!!!!!
    マジ見たい!!!!!!!!!
    見たいぞ!!!!!ていうか見たいと思っていたんだ!どんなもんかなあって想像していたんだ!!!
    すっげえ!タクミも思っていたのか!!!カールホモに気付くの巻!!

タクミ:なに、今内も!?Σ( ̄□ ̄;)
    こうなったら今週お互いのHPで『カール強化週間』とかするか?(爆笑)
    ただひたすらカールモノだけをUPするという、恐ろしい一週間(笑)
    うわ、絶対退かれそう(笑)
    でもいいよね、ホモに気づいたカール!!
    しかも当時の保安部長官からいたずらされたのが発端、という設定まで俺の中ではできあがってるんだけど(爆)

 今内:ぎゃははははっっっっっっっっ
    俺らそれやったらぜったい勇者だよッ(笑)
    やってみたいもんだなあっ
    どうだタクミはやれる自信あるか!?(笑)
    お互いに触発しあったらできそうだがなあ(笑)

というわけで、本当にできたしまった今回の企画(笑)
だがこんな会話を0:30にする奴ら……(爆)
とはいえ、こんな過程から生まれた『カール強化週間』は「週間」というだけに1週間の限定企画。
限られた7日間を、ただひたすらカールに捧げようというもの。
初回の小説はさすがにまだまだ、といったところですが。
日を追うごとにカールらしさが出る作品になればいいな〜…と思っております。
そして同時に、これを機にカール好きが増えてくれれば幸いですm(_ _)m

 

 

 

 

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