堕落への第一歩Written by Takumi


 忘れたいことがある。
 彼の唇、舌、自分に施された愛撫の数々。
 あれ以来、少ない睡眠時間はますます削られていった。彼の囁きを寝る寸前に思い出すからだ。
 −同類だよ。私も君も……気づいているか、いないかの違いだけだ−
 次いで甘噛みされた耳朶が熱を帯びる。執拗なまでの舌使いを思い出してしまう。
 慌ててシーツを引き上げれば、乱れたベッドに在らぬ想像をかき立てられた。
 違う…違う……
 何度も自分に言い聞かせては、だが反応してしまった下肢を成す術もなく慰める自分がいる。こみ上げる快楽の中、呟く名前は彼の君のもの。
 ―――長官、と。
 そんな自分の卑しさに、今日も眠れない夜は続く。

 何度となく時計を確かめながら廊下をひた走る。
 時間がない!
 上司から言われた時間はもう5分前に迫っていた。会議室に資料を持って来いとのことだったが、検索に思った以上に時間が掛かってしまったのだ。
 廊下の角を曲がったところで見えたエレベーター。
 今にも閉まりそうなドアに必死の思いで走り寄る。この回を逃せば遅刻は間違いない。
「そのエレベーター!ちょっと待ってください!」
 髪を振り乱し恥じも捨てて怒鳴れば、ドアが合わさる瞬間の隙間から掌が現れ早く来いと手招きをしてきた。
 ホッと顔が緩む。これでまず遅刻は逃れそうだ。
「すみません!ありがとうござ……」
 だがドアの隙間から滑り込み、息を整えながら手の主を見上げたところで絶句した。次いで回れ右をして入ってきたばかりのドアを出ようとしたが、伸びてきた手がスーツの首根っこを掴んだ瞬間目の前で無情にもドアが閉まった。
「つれないことをする……会うのは久々だというのに」
 カール、と耳元で甘く囁くのは不眠の原因ともなっている保安部長官だった。
 瞬間的に数日前の感覚が呼び戻され、身体が震えるのがわかる。こんな不意打ちはまずい。
 それでなくても、ここ数日極力彼を避けていたというのに。
 意識する前は1ヶ月に1度目にすれば良かった彼が、あの事件以来頻繁に視界に入ってくるようになった。それが彼の仕業か、はたまた自分の意識のしすぎかはわからないが。ただひたすら周囲に注意を払って過ごしてきた。なのに、今になってこんな不意打ちは……
「は、離してください……」
「どうして」
「どうしてって……降りるんですよ!」
 こうなったら最高上司も長官もない。自身の貞操の危機なのだ。
 そう思い腰に回された腕を振り払おうと躍起になるのに、手にした資料のファイルが邪魔でなかなかうまくいかない。もどかしさに舌打ちしたいのを堪えたところで笑いを含んだ声がそっと首筋近くで発せられた。
「降りる?なにかを頼まれてたんじゃないのか。その様子だとひどく焦ってたようだが」
「……………」
「最近の君の報告は聞いてるよ。なんでも失敗の数々だって?」
 そうなのだ。
 あの事件以来、どうも周りに注意を払いすぎて気が散漫になっているのか、小さな失敗ばかりを繰り返していた。
 当然最初は苦笑していた上司もそろそろ青筋立てて怒鳴ってきそうで、毎日気が気じゃない。そんな折りに言い渡されたのが今回の仕事で。今回ばかりはどうあっても遅刻するわけにはいかないのだ。
 押し黙った自分をどう思ったのか、微かな笑い声を立てた彼がそっと耳元に唇を寄せて囁く。
「その原因が私のせいだと自惚れても良いかな」
「……うっわ!」
 言い終わると同時に唇が首筋に触れた。まるで電気が走ったみたいにビリッと身体に走ったのは、認めたくないけど快感で。自分でわかってしまうその感覚に、つい赤面してしまう。
「そう可愛い顔をされると困るな」
 私は君に惚れてるんだよ、と臆面もなく言う長官。
 ここで相手にしていてはますますドツボにはまる一方だ。
 仕方なくその台詞に無視を決め込んで、なるべく冷静な表情を浮かべ扉に視線を移した。
「38階お願いします」
 それまでのアプローチを全て無に返すような、抑揚のない声。
 だがそれも、長官の喉奥の笑い一つでいとも簡単に剥がされてしまった。
「参ったな……いくら私でも君を38回も抱くほどの体力はない」
「なっ…なに言ってるんですか!」
「冗談だよ」
 予想通りの反応を返した自分に、笑いを堪えた彼が肩を震わせながら38階のボタンを押した。だが冗談でないことは嫌でもわかる。
 きっと今だってこちらの隙をついて何かを仕掛けようと画策しているのだろう。少しでも油断して見せたら終わりだ、とつい身体に力が入ってしまう。
「だがそう警戒されると、手を出さないと悪いような気がするが」
「いっ……!」
 ぬるっと首筋に舌が這った。そのまま胸の前に回された手が器用にシャツの第一ボタンを外し、緩ませた首元に沿って更に舌を下げていく。
「ちょっと!やめ、てください…長官!」
「あれから何回私のことを考えてヤッた?」
「そっ…そんなことしてません!いいから離れて…人が来ますって!」
「3回?それとも5回かな?」
「長官!」
「私は毎晩ヤッてたよ、君を思ってね。淫らに腰をくねらせてねだってくる君はひどく蠱惑的で扇情的で……何度ヤッてもし足りなかった」
「……ぁ…ん……」
 薄いシャツ越しに乳首を撫でられ、思わず声を出してしまった。と同時に、彼の言葉で脳裏に言われたままの自分の姿が思い浮かびたまらず俯く。
 何回ヤッただと?そんなこと言えるはずがない。あなたを思って毎晩眠れない夜を過ごしてるだなんて。何度自分の手で慰めたかなんて、口が裂けても言えなかった。
「良い声だよ、カール。ここは密室だからね。今回は大っぴらに喘いでも誰にも気づかれない」
「そんな…誰が、喘いで……」
「まだ強がる余裕があるのか。こっちはもうそれどころじゃないはずだろ」
「んっ……」
 スルッと股の間から突っ込まれた腕が弄ぶように股間をいじった。
 そこは恥ずかしいぐらい堅くなってて、下着の中は先走りの液で濡れている。だが背中に彼の体温を感じ、更にその手で触られているという事実は毎晩の自慰での設定を思い出させ、抵抗する気が失せてしまう。
 気持ちが良いのだ、始末の悪いことに。
 夢で見た彼よりも、実物は経験豊富な愛撫で確実にこちらの性感帯を刺激してくる。
 それは毎晩のもどかしい自慰よりもよほど刺激的で、生々しかった。
「カールのここをずっと触ってあげたかったんだが。思った通り、形も大きさも申し分ないね」
 ズボン越しに形を確かめるように掌がゆっくりと形に添って上下する。激しさを伴わない愛撫は、だが次第に苦しさだけを与えていった。
「やだ…って、言って…のに……」
 頭上の階数を示すランプがじわじわと上がっていくのが視界の端に映る。ようやく10階を過ぎたところらしい。
 だが今までは運良く途中で止まることはなかったが、これからもそうであるという保証はどこにもない。知らず、身体が緊張で堅くなったところをジッパーを降ろす音でギョッとした。
「な、なに……」
「このままだときついだろ。楽にしてあげよう」
「い、いい!結構です!」
 さすがにそれはまずい。いくら感じているからと言って、そのぐらいの理性はまだ残っているようだ。すんでの所で股間に張り付いた掌を引き剥がすことに成功する。
 だが手は引き剥がせても、身体を引き離すのは更に困難で。
 それどころか、手を離した分だけそれを補うかのように身体の密着度が増した。耳元でフッと息を吹き付けられれば、直接的な愛撫とはまた違った感覚が呼び起こされる。
「カール……」
「………………」
「淫らな君ほど魅力的なモノはないよ」
「ど、どうしてそういうことを言うんですか!そうやって…おれ、私をからかうのはやめてください!」
 あまりの動揺につい地が出てしまいそうになった。
 相手は仮にも長官なのだ。自身の貞操を守りつつも、最低限のマナーは守ろうと思うのに。こんな彼の些細な一言、いや、卑わいな一言にこうも左右される自分が情けなかった。
 だがそう思う反面、怒りをぶつけるように相手をキッと肩越しに睨み付ければ返ってきたのは穏和なまでの笑み。とても今の今まで猥褻な行為を及んでいた人物が浮かべるものとは思えない、爽やかな笑顔だった。
「君にその素質があるとわかってるから、こうもしつこく手が出せるんだが」
 どうやらわかってないようだね、と言う彼。
 思い当たる節が今ではいくつかあるだけに、それ以上彼を睨み据えることができずに視線を戻す。階数ランプは20階を示していた。あと18階分だ。それまでなんとか、当たり障りのない会話でこの場を過ごそうと思うのに。
「素質なんか……ぁっ…!」
 僅かな隙をついて背後から手が伸びてきたと思った途端、ものすごい早さでジッパーが降ろされた。次いでその隙間から突っ込まれた掌が直接ソコに触れ、握った。
「……っ、あ……」
「十分だよ。いいから素直に感じなさい」
「やっ…ん…ああ……」
 強く握られ、激しくしごかれる。形に沿ってしっかりと握られたまま亀頭を親指で刺激されると、どうしようもない快感がこみ上げてきた。
 バサッと手にした資料が床に落ちたのがわかった。だが今はそれを拾う余裕すらない。
 ボタンがずらりと並んだ壁に手をつき、必死に与えられる快楽に耐えるだけ。
 激しく首を振る。いやだ、と切れ切れの声で懇願する。
 だが先ほど高まった身体は焦らされた分、敏感すぎるほどにその愛撫を受け入れすぐさま限界近くにまで到達しつつあった。
「あ……ああ…ん……っ」
「そろそろか」
 微かに熱っぽい吐息で囁かれれば、変な妄想が頭をよぎる。
 まるで彼に抱かれているような、身体を直接繋げているような、そんな錯覚に陥る。
 それを知ってか、タイミング良く扱く手に早さが増した。途中で何度か爪を立てられ、痛さと快楽のもどかしさが同時に脳天を刺激した。
「ん………くッ!」
 歯を食いしばる。次いで熱い精液を彼の掌にぶちまけた。
「……ぁ、ん………」
「たっぷり出たな」
「はぁ…はぁ………」
 嫌らしく言う彼に反論する気力すらない。ただ必死に酸素を求めた。だが心なしか、吸い込む空気に淫らな匂いが含まれているように思えて、再び顔を赤らめた。
 すぐさまジッパーを直し、今は大人しくなった自身をしまい込む。
 振り返れば、胸ポケットから出したハンカチで掌の精液を拭いている彼が目の前。その生々しい後処理に、先ほどまでの痴態が思い出され動悸が激しくなるのがわかる。
「あ、あんた……」
「カール、良いことを教えよう」
 チーン……
 彼が満足げな笑みを浮かべ口を開いたとき、ランプが38階を示し静かにドアが開いた。
 逃げるようにそのドアから飛び出す。だが持っていた資料がないことに気づき、慌ててエレベーターの中に視線をやればスッと長官自身の手からそれを差し出された。
「あ、ありがとうございます……」
 一応礼は言うべきだろう。
 そう思い不本意ながらも軽く頭を下げたところで、ドアが再び閉まりだす。
 内心ホッとした自分に扉の隙間から投げキッスをする長官がその形良い唇を開いた。
「この時間帯は私専用のエレベーターになってるんだが……良い設定だったろう?」
「なっ……!?」
 怒鳴り返そうとするも、時既に遅し。
 エレベーターは閉まり、階数を示すランプは無情にも上に向かって順調に進んでいった。
「あ…あんのクソオヤジがッ!」
 手にした資料を思わずエレベーターに叩きつける。
 だがここで再び彼を追うには時間がなさ過ぎた。慌てて腕時計に目をやれば、指定された時間を微かに過ぎている。
「くそっ……!」
 廊下をひた走るカール・マッソウ。
 だが表面的な怒りとは裏腹に、内心の動悸の激しさは隠しようがない。
 それを必死に焦りからだと自分を納得させるのは、彼の若さからか。
 耳に残る彼の囁きに赤面しながら走るカールは、だが確実に堕落への道を辿っていた。


なんで俺が書く長官ってこんなにスケベなんだろう?(爆)
昨日から思ってたことなんだけどさ……なんか回を追うごとにひどくなりそうな予感がしてたまらんよ(爆死)
とはいえ、この彼から仕込まれたからこそ今のカールがいるってこともあるんで。
やはりこれでいいのかな……?(笑)
そしてこのカールの青少年風なノリは一体(-_-;)
アナザーとはいえ、現在の彼のゴーゴーぶりを考えると「純情ぶるな」と一言文句を言いたくなる(爆)
まぁ、その彼がいかに堕ちていくのかを見るのもこの企画の楽しいところなんだが(笑)

さて、2日目の今日。
ネット上にどれだけのカールファンが増加したんだろう?(笑)
「カール好きだよ!はまったよ!」という人がいたらぜひとも申告を……(笑)
それが俺達の明日への活力源になりますので(笑)
ということで、今内の更新を楽しみにしつつも俺の方はこれにて終了。
お粗末様でしたm(_ _)m

 

 

 

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