開花Written by Takumi


 どうしてこんな事になったのか。
 見慣れぬ天井を見上げながら、そんなことをぼんやりと思う。
 掠れた喉は何度も上げた抗議の声と、甘い喘ぎのせい。
 嫌がっていた身体は、だが最後には嬉々として彼自身を迎え入れていた。
 女のように抱かれ、女のように腰をくねらせる自分。
 なんて情けない。なんて、みっともない。
 だが最も嫌悪するべきなのは、こんな事態に陥った今でも幸福感を感じている、そんな自分自身だった。

 おかしい。
 廊下を歩きながら、だが身体に突き刺さる視線の数々に内心首を傾げた。
 自分におかしなところがあるのかと、途中何度も辺りを見回したがそれらしいところは見つけられなかった。
「ネクタイが変……ってこともないし」
 おろし立てのネクタイはつい先日、店先で一目惚れした一品だ。いつもと違う自分を指摘するならこのネクタイぐらいだが。
 そう思いつつも、またも上司に言われ会議室へ資料を届けに向かう途中ということで、足早に歩を進める。最近やけに雑用に近いことを頼まれていることを多少気にしながら。
「失礼します」
 辿り着いたのは801のプレートが掛かった特別会議室。
 月に一度、幹部連中が揃って話し合うという少し特殊な部屋だ。当然自分のようなペーペーは用でも言いつかっていない限り近づくこともない、そんな部屋。
 半ば緊張した面もちでドアをくぐれば、今一番聞きたくない声が晴れやかに迎えた。
「よく来たね」
 カール、と慣れた様子で自分の名前を呼ぶ男に、今度は驚くよりも呆れてしまう。いい加減身体も慣れてきたということか。
 手にした資料を手近のテーブルに乱暴に置き、腰に手を添えて相手を睨み付けた。
「どういうことですか」
「どうもこうも、君に会いたかったんだが。そう怖い顔をされるとそんなこと言えそうにないな」
 十分言ってるよ、と内心舌打ちしながらも一応上司である保安部長官に軽く黙礼をする。当然別れの挨拶というやつだ。
「では用件は済みましたので。私の方はこれで失礼いたします」
 だがきびすを返そうとしたところで、呆れを含んだ声が背中に投げられた。
「資料の確認も待たずにか?一体どういう教育を受けてるんだ」
「………では急いでお願いします」
「カール、私もこれで一応保安部長官だ。公私を弁えるぐらいの常識は持ってるよ」
「そういうつもりでは……」
「いいから少しこちらに来なさい。そんなに離れてはミスを指摘することもできないだろ」
 久々に見た、上司らしい顔。
 仕方なく、言われるままに彼のそばに近づいて資料のチェックが済むのを待つ。たしかに最近はケアレスミスが多いから、その可能性は大いにあった。
 ここ数日上司に叱責される日々が続いているため、その上長官にまで怒られてはハッキリ言ってドツボだ。ひどく緊張した面もちで彼がページを1枚1枚めくるのを見つめた。
 だがしばらく険しい表情を浮かべていた彼が、フッとその顔を緩める。微かに目元に刻まれた笑い皺に見とれそうになった。
「よく頑張ったな。上出来だ」
「あ…ありがとうございます!」
 言われた言葉に我に返る。次いでその意味に沸々と喜びがこみ上げた。
 惚れられたのだ、上司に。保安部長官に。
 それは最近めっきりついてなかった自分にとって天にも昇るような出来事で。彼の前だということも忘れて思わず満面の笑みを浮かべてしまった。
 するとそんな自分を見つめていた彼が、ふと視線を逸らす。取って付けたように、自身のネクタイを指さした。
「それはそうと、良いネクタイだな」
「いえ、そんな……安物ですから」
 実際は少し値の張ったものだったが。それでも長官がつけているものには適わないということはわかる。光沢からデザインから全く違うのだ。だからそう答えたのに。
「この際値段はどうでもいい……やはりつけてる人間によるということか」
 伸びてきた指がどさくさに紛れて結び目に掛かってきた。
 ドキッと心臓が高鳴ったのは、おそらく驚きから。
「ちょ、長官!?」
「だが私はどちらかというと、ほどく方が好きでね」
「なっ…今は勤務時間中で……ここは会議室なんですよ!?」
 その手を振り払いながらも慌てて進言すれば、だが返ってきたのは意味ありげな笑み。
 嫌な予感がぞくぞくと背中を駆け上がっていった。
「そういうことなら安心したまえ」
「なにが……」
「この時間中は私のプライベートな時間だと皆には伝えてある」
「そ、それって……!」
 あまりのことに動きを止めた瞬間、隙をついた指がスルッとネクタイを一気に引き抜いた。続いて第一、第二ボタンを目にも止まらぬ早さではずしていく。
「そう、私たちの関係はもう上部に知れ渡ってるということだ」
 逃げられないよ、と嬉しそうに囁く男をどうすればいいのか。震える拳はもう少しで見 事な弧を描いて彼の頬に決まってしまいそうだ。
「なんてこと…なんてことしてくれたんだッ!」
 それで合点がいった。ここに来るまでの廊下、すれ違った人々の意味ありげな視線。今にして思えば彼らは全員幹部と呼ばれる人種で、特殊会議室の設置された廊下で彼らに出会うのは何ら不思議はなかったのだ。
 では自分はそういう対象だと、知られてしまったんだろうか。
 今朝はいつも通り6時に起きて、トーストを2枚平らげてきた。時間通りに支度を終え、時間通りに家を出た、そんないつもと変わらない1日だったはずなのに。
「あんたのせいで…俺の一生が………」
 視界が滲む。おかげで彼の姿が歪んでくれたのがありがたかった。
 だが次に頬を伝った涙に、激しく自己嫌悪に陥る。こんな歳になって人前で泣くなんて。
「放っておいてください。もう、俺のことは……」
「カール」
 耳元でそっと囁かれた甘い声。うるさい、とばかりに手を振ってそんな彼を撃退するが、巧くかわしたまま今度は背後から腰を掴まれた。
「私が君に言ったことを覚えてるか」
「……知るか………」
「君には素質があるんだ。考えてもみなさい。これまで女性を相手に真剣な恋をしたことがあったか」
 言われ、過去何度かつき合ったことのある女性達を思い浮かべた。あるよバカ、と誇らしげに思ったのはだが一瞬で。次いでその彼女たちと誰1人として「そういう関係」になったことがない事実に気がついた。
 嫌いだったわけじゃない。だが不思議と、そんな設定になると気分が悪くなっていたのだ。こみ上げる吐き気や、その気にならない下半身。自慰をするにはなんら問題はなかったのに、本番ともなると全く使いものにならなかった。
 そこに辿り着いたとき、愕然とした。腰に触れる彼の腕の感触すら忘れてしまうほど、呆然と。
「わかっただろう?」
 静かに言われる。だが返す言葉が見つからなかった。
 では自分は、この俺は……ゲイだというのか。長官のように、男を相手に感じてしまう、そんな人種だと。
「い…イヤだ……」
「カール」
「そんなはずない!俺は…俺はまともなんだ!ゲイなんかじゃない!そんなことあって……んぅ!」
 叫びながらボロボロと涙を流したところで、背後から顎を掴まれ強引に唇を覆われた。
 隙間から入りこんだ舌が器用に動く。口腔内をじんわりと撫でられれば、興奮した身体が必要以上に反応した。
「んっ…う゛……」
 苦しさにうめき声を上げる。だが無理な体勢はいつも以上に身体を刺激して、いつの間にか勃起したソレを彼の身体に押しつける羽目になっていた。
 唇が離れれば、頬を伝う涙を舐め取られ。乱れた髪をそっと撫でてもらう。
「落ちついたか」
 微かな笑みを浮かべた彼に、すみません、と消え入るような声で返した。
 彼の前で取り乱した自分が恥ずかしくて。ゲイである彼を前にして、ゲイは嫌だと差別するように叫んだ自分が情けなくて。
 だがその一方で高まる胸がある。先ほどのキスで反応してしまった身体がある。
 これにはどう説明をすればいいのか。
「今日はもう帰りなさい。いきなりすぎたようだね」
 悪かった、とこれまでなにをしても謝らなかった男が殊勝に頭を下げた。
 シャツのボタンを留め、外したばかりのネクタイをつけ直してくれる彼。その拍子に首筋に微かに当たった指先にビクリと震えた。
 それは今までの彼との触れあいで恥ずかしくも慣れ親しんだ快楽で。
 だがその感触を嫌がっていない自分に気がついた。
 嫌じゃない……それどころか、もっと欲しいと思う自分がいた。
「……ぁ……」
 辿り着いた想い。そうだ自分は……決して嫌がってはいなかった。
 これまで何度か繰り返してきた彼との情事まがいのこと。それらは全て恥ずかしさからくる感情だったのではないか。
「カール?」
 反応を返さない自分に怪訝そうに首を傾げた長官。
 間近に迫った顔に、意を決した。
 スルリ、と結んでもらったばかりのネクタイを外す。留めてもらったばかりのシャツのボタンに手を掛けた。
「おい………」
「抱いてください」
 微かに見開いた彼の瞳。だが次いでしたり顔の笑みを浮かべるまで、そう時間は掛からなかった。
 彼の手が差し伸べられる。
 今度は大人しくそれを手に取った。
 カール・マッソウ、ついに現代への道を歩み始めた瞬間である。


逃げたな……そんな言葉が聞こえてきそうだ。
タイトルに期待して読んだ人には本当に申し訳ないが(爆)
でも今回はこれで勘弁してほしいところだ。どうせまだ先は長いんだし(笑)
宮も参加してくれるってことで、ホモエロはあちらに期待してくれ(笑)←なんてことをΣ( ̄□ ̄;)
まぁ、ある意味逃げで、手抜きかもしれん(爆)
Hシーンを書くにはちょっと体力・気力・精力が足りなくてな(^-^;
つーか、俺的には可愛いカールが見たいって願望があったんで(笑)
それが果たせただけ結構もう満足してるんだが(笑)
なにはともあれ、前回はオヤジギャグで吹っ飛ばしてた長官も最後は人の子だったということで(笑)
ほんの少しの優しさを垣間見せてくれたんじゃないかと。それが例え計算だとしても(笑)

さぁ、あとは今内の更新を楽しみにするだけ♪
彼女の麗しいカールは今日はどんな表情を浮かべてるんだろうか?(笑)
っていうか、ハインツ×カールだった事実に唖然としたのは俺だけじゃないはず……(笑)

 

 

 

 

 

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