終幕Written by Takumi


 別れようと言った彼の唇。
 穴が空くぐらいに見つめて、掠れた声を返した。
 どうして、と。
 しばらく躊躇ったあと、疲れたんだという彼の顔は至極真面目で。
 衝動的にその頬をひっぱたいていた。
 それから罵声をいくつか浴びせ、彼の前からまるで逃げるように去った。
 彼が狙撃されたと聞いたのは、それから2日後のこと。
 ここしばらく反乱分子に狙われていたのだと葬儀の席で知らされたとき、なぜ彼が突然別れを言いだしたのかがわかった。
 こんな優しさは辛いだけだ。残される者の気持ちなどなにも考えていない、自己満足の優しさ。
 遺体を前に、流す涙も忘れて拳を握った。
 身を屈め、冷たくなった彼の唇にキスをする。味気ない、だが覚えのある唇の感触をいつまでも忘れないように。
 だがキスのあとも、嬉しそうに笑う彼の声は聞こえない。
 もう二度と、聞くことは叶わない。

「……かん、長官」
 遠くから聞こえる声にうっすらと目を開けば、申し訳なさそうに肩をすぼめた副官と目があった。
 その顔を改め、今の自分の現状を把握する。
 ここは移動中の車内。自分は保安部長官で、前長官が亡くなったのは今から10年も前のこと。
 数年前から続いている、極当たり前の日常だ。
「………どうした」
「お休みのところすみません。ですがあと少しで目的地に辿り着きますので」
「そうか」
「お疲れのようですね。無理もありませんが」
 気の毒そうに言う副官に笑い返し、車外に視線を移す。
 無理もありません、か。
 そうかもしれない。連日騒ぎ立てるブラック・ブラッドと名乗る反乱分子に引っかき回され、ろくすっぽ寝ていない。
 今の自分がまともに立っていられるのも、おそらく気力のおかげだろう。
 だがなぜ今頃になってあんなことを思い出したのか。
「弱気になるには早過ぎるな」
 囁くように呟けば、車窓に映った副官が怪訝そうに自分を見返すのがわかった。
 関係ないと手で合図をし、だが一度思い出してしまった故人の姿はあまりに鮮明で、朦朧とした頭はその姿を寸分の狂いもなく瞼の裏に思い起こしてくれた。
 いつも柔和な笑みを浮かべ、だがその反面意地悪なことばかりを言っては自分を赤面させていた。そんな自分を可愛いと言い、手招いたついでに押し倒すような、そんな人。
 あれからどれだけの男を抱き、抱かれたかは覚えていない。
 ヤケになっていた時期もあった。抱かれながら、相手が彼だと倒錯的に思おうとしたりもした。
 思い留まったのは、1枚の手紙を見たからだ。
 彼が死亡して一ヶ月後に届いた手紙。それは紛れもなく彼の筆跡で、冒頭にはよく口にした口癖が添えられていた。
 可愛い私のカール、と。
 キスマークの記号もご丁寧に紙からはみ出すほど書かれていた。
 それからあとは、まるでドラマのような展開で淡々と述べられる現状と、私への想いは決して偽りではなかったという謝罪の言葉の数々。
 どうしたの、と声を掛けられたことで初めて自分が泣いていることに気がついた。
 それからあとは、今に至る。
 彼の意志を引き継ぐために必死の思いで保安部部長に就任したことは、まるっきりの自己満足かもしれないが、それでもいいと思っていた。
 少しでも彼との接点を持てるのなら。
 少しでも、彼のことを身近に感じられるのなら。
 再び聞くことの叶わない甘い声音での囁きは、今でも時折自分を苦しませるが。それでも幸せを感じずにはいられない。懐かしさに涙を流さずにはいられなかった。
「長官!」
 考えにふけっていたところを、だが驚愕の色に染まった副官の声で現実へと引き戻される。
 どうした、と声を掛ける間もなく車が急停止する。
「どうした!」
「ブラック・ブラッ……っ!」
 最後の言葉を言いきることなく、その額に銃弾が当たった。
 もんどりを打つ副官の躯をすぐさま脇によけ、フロントガラスに目をやれば数人の覆面男が目の前。車内に携帯している護身用の銃に手を伸ばしたところで、ドアが乱暴に引き開けられた。
 焦げ茶の瞳のみが露わになった、覆面男。
「カール・マッソウだな」
 確信を持った迷いのない声。
 頷いたところで、彼の手が銃の引き金に掛かるのを視界の端に見た。
 だが少しも焦ることのない自分にどうしたことだと自問し、しばらくして思い立った結論に苦笑した。
 彼の瞳はあの人と一緒だったのだ。
 だから恐怖心など、敵意など感じるはずがない。
 そんな自分に微かに苦笑を浮かべれば、なにがおかしい、とばかりに罵声が飛んでくる。
 目の前の覆面男を見据え、小さく肩をすくめて見せた。
「昔を思い出してただけだ」
 それが私が最後に発した言葉。
 遠くで聞こえた銃声は、だが実のところ自分に最も近いところで発せられた。
 だがそれを確認することはもうない。
 最後の長官との接点。
 同じように反乱分子に殺された自分。
 そんな小さなことでも、私はこんなにも幸せを感じることができるんです。
 遠のく意識の中で微かに聞こえた声は、今まで何度も頭の中で反芻したもので。
 やがて目にした彼の人の姿に、私は当時のように赤面しつつも、だが嬉しさを隠しきれない顔で微笑んだ。
 カール・マッソウ。
 その死に顔は、意外にも安らかだったという―――。


この闇プロジェクトを発動して、何が驚いたって……ギャグじゃないところが(笑)
どうするよ…今までUPしてきたのは全部エロで、今日に至ってはお涙頂戴モノだよ(笑)
こりゃ、ついに俺の本音が明らかになったってことか?
そう…俺は常々カールの話はシリアスしかないと思ってたんだ!と、勢いのままこの場で告白(笑)
っていうか、自分で言うのもなんだが受けカールの可愛さに惚れてしまい、今更ダンディーな攻めカールを書く気が失せてね(爆)
それでなくても宮の方では格好いい攻めカールさんがご活躍されてるし(笑)
というわけで、俺の方では今回は受けカール1本で行こうと思ってるんだが……異論あります?聞かないけど(爆)←おい
さぁ、残すプロジェクトはあと1日!
最後の最後まで可愛いカールを書くことに全力を尽くすよ!!(笑)

そしてあとの2人は一体どんな最後を飾るのか。
それがすごく気になるよ……ああもう、楽しみでたまらん(>0<)
エロで行くのか、ギャグで行くのか、受けで行くのか、攻めで行くのか……今回の企画でカールの守備範囲が恐ろしく広がったことはたしかだな(笑)

 

 

 

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