懐古的自慰Written by Takumi


 その腕を振りほどくのは、あんたが嫌いだからじゃないよ。
 むしろその逆。
 あんたに触れられると身体のあちこちがおかしくなるんだ。
 身体の奥から熱くなって、馬鹿みたいに息が弾んで、あんたのぬくもりが欲しくてたまんなくなる。
 そんなのって、普通じゃないだろ。みっともないだろ。
 だから俺に構うなよ。そっとしといてくれって。
 そう言ってるのになんで―――あんたの目はいつも俺を見てるんだよ。

 思えば朝から慌ただしい一日だった。
 早朝、日の昇る前から叩き起こされ出陣命令を受け、無事に帰還したと同時に礼服を渡され式典への出席を余儀なくされた。身体を休める暇などない。移動中の車内でも式典で述べるべく挨拶文を暗記させられ、眠ることすら許されなかった。
 そして数時間の式典に何食わぬ顔で出席し、例によって人好きのする笑顔を振りまいたところでようやくの帰宅。
 見慣れた自室に一歩足を踏み入れたところで、一日の疲れにドッと脱力するのがわかった。顔中の筋肉が引きつってるような、そんな感覚に辟易する。
「疲れた……」
 フラフラとおぼつかない足取りで寝室に向かい、靴を脱ぐのももどかしい思いでベッドに倒れ伏す。その拍子に大きく軋んだスプリング音に、瞬間的に頬を染めた。
 思い出したのは数日前の己の痴態。
 半ば強引に抱かれたにも関わらず、最後には涙を流し腰を振った自分。悪戯にソレを抜こうとする彼に悲鳴に近い声を上げ、抜かないで、と懇願した。
忘れてしまえればどれほど楽か。
 だが思い出した記憶の欠片は、予想以上に強い刺激であの日の鮮明な映像を脳裏に蘇らせ、同時に身体の反応を促した。
「……っ、ふ…う」
 熱くなる下半身。無意識にそこに向かって伸びる手。やめようと思うのに、身体はそれを許さないとでも言うようにしっかりとソコを掴んだ。
『疲れてるときは自分で慰めるのが一番よ。一発出せば疲れなんか忘れちまう』
『まぁ、たしかに相手を楽しませる手間が省ける分面倒がなくて良いけどな』
『そうそう。多少の空しさよりは疲れが取れる方がずっとじゃねーか』
『違いねぇ』
 ふと脳裏に蘇る酒保での懐かしい会話。隣に座った連中が辛い訓練のあとには射精が一番だと言っていたのを思い出す。
「ぁ、つ……」
 その通りだった。
 自分の手だとわかっていながら、上がる声を抑えることが出来ない。物音一つしない寝室で自らの喘ぎ声が響くことで、より一層耐え難い快楽が背中を駆け上がった。
「…ぁ、ん……」
 次第に忙しくなる手の動き。うっすらと額に浮かぶ汗が気持ち悪くて、着乱れた礼服の袖で乱暴に拭った。その拍子にトロリ…と先端から溢れ出た精液がぬめるように手の平を汚す。余計な快楽が更に身体を煽った。
「……ふ、ぁん…」
 もう少し。もう少しでイケる。あと数回先端を擦れば。あと数度、手の平を動かせば。
 ビ―――…!
 だが極みに達しようとしたところで、サイドテーブルに置かれた通信機が前触れもなく音を立てた。反射的に手が止まり、ビクッ…と身体を強ばらせる。手の中で僅かに萎えた自身を見下ろし、ため息をつく。
「……なんだよ…ったく、こんな時間に…」
 自慰を途中で邪魔されたことへの気恥ずかしさからか、多少ぶっきらぼうな調子で手を伸ばし、スイッチを押す。だが次の瞬間耳にした声に、そのまま身体を硬直させた。
「元気そうだな」 
「おっさ…ヴィクトール……」
「ふん。少しは学習したみたいだな」
 名前を呼べと、以前何度も言われては泣くまで焦らされた。
 それを思い出し、慌てて言い直せばふてぶてしい口調に相手がどんな表情をしているのかが手に取るようにわかった。
今一番会いたくなかった相手が電波を介した向こうにいる。ズボンをゆるめた自分を振り返り、慌ててジッパーを引き上げた。
「な…なんの用だよ」
「理由がないと掛けてはいけないという法律でも?」
 ああ言えばこう言う。口では勝ち目がないとわかっていても、ついいつも反抗してしまうのは自分がそれほど子供だからか。手を濡らした精液が余計哀れみを募らせるようで、乱暴にシーツで拭き取った。
「誰もそんなこと言ってねーだろ。大体なんでここの番号知ってんだよ」
 仮にも元首の息子の部屋に通じる直通の番号だ。ごく近しい関係者にしか公表されていないはずだが、それをなぜヴィクトールが知っているのか。
 だが情報部長官の彼にとってそれがどれほど愚かな質問か気づいたときには、フッと微かに笑う彼の声が耳に届いた。
「お前の声が聞きたかった。それでは不十分か」
「な…なに言ってんだよ……」
 言われた言葉に不本意ながらも真っ赤になる。
 あの声で、あの顔で、そんな台詞を吐くのがひどく似合わなかったから。だが同時に火照る頬を押さえながら、次第に激しくなる動悸を感じで息を詰めた。
「今一人か」
「そう…だけど。それがどうかしたのかよ」
 照れ隠しのような乱暴な口調。だがそれを一向に構わず続いたヴィクトールの言葉に思わず腰を浮かし掛けた。
「溜まってるだろう?これでも良ければ…相手になるが」
 これ、つまりは通信の状態でということだろうか。
それまで赤かった顔が、まるでトマトジュースを掛けたみたいに真っ赤になった。ななな、とどもる唇を叱咤して通信機に向かって声を張り上げる。
「なに考えてんだよ!」
「ほしくないのか?そんな格好をしてるのに?」
 含み笑いの混じった声に、反射的に部屋中を見回す。そんな格好…自慰の途中だと知っているのか。隠しカメラが……言葉に詰まったまま、必死にありとあらゆる方角に目をやる。
「なんで知って……」
 呟くように言えば、すぐさま朗らかに笑う声が返ってきた。その場に不似合いな、珍しいヴィクトールの笑い声に訝しげな表情を浮かべる。
「おい……」
「図星か」
 カッと顔が朱に染まるのがわかった。カマを掛けられたのだ。そしてまんまと、はまった。
「てめぇ…!」
「手間が省けたと思えば良いだろう」
 悪びれもなく言う。にやりと笑った相手の顔まで鮮明に浮かんで来そうで、それを消し去る勢いで顔を激しく左右に振った。
 そうこうする間もなく、ヴィクトールの次の声が通信機越しに室内に響いた。
「今どんな格好だ」
「………なんだって良いだろ」
「ラファエル」
 名前を呼ばれ、ぞくりと意識しない快楽が背中を駆け上った。駄目だ。自分はこれに弱い。アロイスと呼ばれる続けることに慣れた身体は、時折ひどくラファエルになることを望んでいるから。
 絶妙のタイミングで名を呼ばれ、震える唇で羞恥を堪えて「ズボンだよ…礼服の」とだけ答えた。
「じゃあ…そうだな、まずは膝までズボンを下ろして両足を大きく広げてみろ。できるな?」
「な…やだよ!そんなの!」
「ラファエル」
 するんだ、と告げる声。
 反抗など、我が儘など許されるはずがない。それはあの日、嫌と言うほど教え込まれた。
 震える手でそっとズボンを下ろした。ベッドに寝そべり、そっと足を開く。
「……したよ」
「良い子だ。下着は…まだつけてるな?」
 うん、と言葉少なに答えて自分の痴態に目を閉じた。そして暗示を掛ける。
 今から自分に触れるのは彼の手。彼の吐息。彼の……。
 思ったところで下半身が素直な反応を返す。先ほどの中途半端な自慰が未だに貪欲に快楽を求めようと喘いでいるかのように。
「まずは下着の上からゆっくりとさすってみろ。この間したように…手の平と指先で丁寧にな」
「忘れたよ、もう」
 せめてもの反抗とばかりに言ってみるものの、その声はあまりに弱々しい。
 そっと伸ばした手で下肢に触れた。微かに頭をもたげたソレが布越しにはっきりと勃ち上げるのがわかる。
「ぁ…ん、……」
「握って…ゆっくり上下に動かすんだ」
 言われるままに、握った自身をゆっくりと扱き出す。身体が覚えているやり方で、まずは全体を存分に刺激したあと先端のくびれを小刻みに擦った。
 数日前にこれを彼にやられた時は、泣いて懇願したことを思い出しながら。
「ふ…ぅ、ぁ……」
「指先で裏の筋もゆっくりと下からすくい上げるように……そう、ここが好きだったろう」
「や……」
 不思議な感覚だった。
 ソコを扱く手はあくまで自分の手の平なのに、通信機から流れる声がいつからか耳元で囁く彼の声、彼の手に変わっていた。
 そしてそれを自覚した瞬間、背中を駆け上った言葉に言い尽くせない快楽にたまらず腰を引いた。シーツに擦れた素肌がくすぐったくて、それが更なる感覚を呼び起こす。
「っ…ぁ、は……」 
「気持ちいいのか?」
 意地悪な声。だが今はその声すら性感帯を刺激する要素の一つでしかない。
 張りつめたソコが既に限界に近かった。先端から溢れ出る精液で手の平はしとどに濡れている。その滑りを借りて更なる快楽が与えられることを知った身体は、取り憑かれたように手にしたモノを激しく扱いた。
「…うん……気持ち、良いよ…」
「やけに素直だな」
 笑った声が、ご褒美だ、と言葉を続ける。
 同時に期待する身体。震える腰。
 そしてふと、いつの間にかこんなに貪欲になった自分を振り返り、小さな失笑を漏らした。
「挿れるぞ」
 淡々と言われた言葉。だがそれだけで身体が更に熱っぽく、奥に潜めた部分がせわしなく収縮するのがわかる。
 言われる前にゆっくりと足を開いた。膝に絡まったズボンが邪魔で、それが余計恥辱を煽った。身体を思い通りにさせまいとする拘束具を連想し、たまらず声を上げる。
「やっ……」
「足を抱えて、ソコを広げて…俺を誘ってみろ」
 耳に届く声が微かにうわずっているのは気のせいか。
 言われたとおりに足を抱え、精一杯広げた両足とその奥の秘穴を暗闇に晒しながら余った手の平で忙しなくそそり立つ自身を擦り続ける。
「まずは先端」
 通信機から静かな声が響く。
 同時にキュッとソコが締まるのがわかった。小さく喘ぎ声が上がる。
「ぁっ、ん……」
「そんなに締めるな」
 苦笑を滲ませた笑い声。言われて慌てて力を抜いた。だがその間も物欲しげに収縮を繰り返すソコと下肢に、たまらず喘ぐ声もそのままに懇願した。
「も…お願い……」
「なにをだ」
 とぼける声。クリュガーとせっぱ詰まった声で名を呼べば、その場に不似合いなほどの笑い声がした。
「わからないから聞いてるだけだろう」
「だから……」
「うん?」
 言ってる側から身体が疼く。閉じた目の端から一筋、涙が流れる。ズズッと鼻をすすった。
「……意地悪、するなよ…」
 静まりかえった部屋。返事は返ってこない。数秒間、まったくの沈黙が辺りを包む。
「あの……」
「今夜、このあと何か予定は入ってるか」
 おどおどと声を掛けたところで突然の質問に一瞬なにを言われたのかわからずキョトンとする。だが同じ質問をもう一度され、慌てて頭の中でそのあとのスケジュールを思い出した。
「え…いや、今日はこのまま好きにして良いって……」
 それがどうかしたのかよ、と続けるはずの言葉がヴィクトールの声に阻まれる。
 彼にしては珍しい、微かに焦りを含んだ声。
「窓の鍵を開けておけ」
「え…なんで……」
 言い終わる前に言葉が続いた。
「今から行く」
 そして何の前触れもなく突如切れる通信。行き場の無くなった手の平と痴態に、わけがわからず切れた通信機をしばらく見つめた。そして……。
「………イカせてから来いよな」
 軽く毒づいてみたが、にやけた顔では一向に説得力がない。
 いそいそとベッドを抜け出し、寝室の窓を軽く開けたところで空に上った満月を見上げる。
 恋人が来るまでの少しの時間。
 それは何よりも甘い時間だった。


これよ、これこれ!俺が書きたかったネタは!!(笑)
というわけで、もうすっかり変態オヤジに成り下がったヴィクトールですが…楽しかったぁ(笑)
3作目にしてようやく自分でなんとか折り合いのつく作品ができてホッとしてます。
いや、これで折り合いがつくのもどうよ…って感じだけど(笑)
ひとまずこの自慰ネタは今回企画を考えたときからずっとやりたくてやりたくて…念願叶ったり!
本当はもう少し自慰の描写を長く生々しくするはずが、時間とページの都合であえなく断念(^-^;
う〜ん、それこそ自分の指を舐めて唾液で濡らしたラファがソコに突っ込んだりするところとか…書いてみたかったんだが(笑)←やめてください…
なんとか及第点ってところですか。
あとは…訪問者の方々がいつもの如く、少しでも楽しんでもらえれば幸いm(_ _)m

 

 

 

 

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