愛しさのサイズ』 Written by Takumi


 それは突然起こった。
 前夜の激しい情事に溺れ、寝穢くベッドを占領していた時。
 ふと腕を伸ばし、傍らで寝ているはずの男を引き寄せようとしたところで、思いもしない感触に眉根を寄せた。
 ぷに…と指の埋まるほどの柔らかい肌。片手に余るほどの細い手首。
 いつもの彼はむしろこちらが抱きかかえられ、抱きしめられるほどの腕を持っているのに。
 どうしたものかと閉じていた目を開け、伸ばした腕に沿って目線を上げたところで……。
「…うわぁ!」
 思わず声を上げていた。
 それもそのはず。本当ならそこにあって当然の彼の姿が…いや、姿自体はあくまで彼自身なのだ。ただそのサイズが…昨夜の記憶にある彼よりもずっと小さくて、そしてずっと…幼かったのである。
「お、おっさん…なぁ、おい!起きろよ!」
 動転する気をなんとか抑えて声を掛ける。
 こんなことをする時点でおかしかった。普段の彼は自分が目を覚ます前にじっくりとこちらの寝顔を楽しむような、そんな奴だ。間違ってもこんな無防備な寝顔を披露するような奴ではない。
 その彼が今目の前で堅く目を閉じ、身体を丸めて眠っている。
 ひどく、異様な光景だった。
「なぁって…」
「……うるさいなぁ」
 伸ばした手を軽く叩かれ、ベッドに丸まった当の本人がゆっくりと寝返りを打った。耳慣れた声よりも幾分高い、澄んだ声。金色の髪が記憶にあるものより微かに鮮やかで、シーツの上をキラキラと流れる。
「…………」
 綺麗な光景だった。
 真っ白な、それでいて僅かに乱れた卑猥なシーツの上で天使とも思える子供が軽い寝息を立てている。
 ごく普通の家庭にある、朝の風景。
 だが目はたった今叩かれた手の甲をじっと見つめて、軽く息をついた。
 自分の手を叩いた手は明らかに子供のソレで、特有の柔らかさは間違いなく本物の肉体だった。いつもの意地悪や冗談などではなく、本当に小さく、そして頼りなげだった。
「おい、起きろよ。大変なんだって」
 再び寝息を立てる相手を慌てて揺すり、なんとかこっちを向くように促す。
 普段ではとうてい考えられない展開だった。自分が彼を起こすだなんて。それも、こうして小さな彼を見下ろす形で声を掛ける日が来るとは。
「……お前の大変はあてにならないんだよ」
 モゾ…と動いたシーツの合間から不機嫌に満ちた声がした。
 だがそれも子供特有の高く澄んだ音で、躊躇いがちだった表情に自然と笑みがこぼれる。
「あのな、おっさん」
 驚くなよ、と前置きをする前に目を擦りながらも上半身を起こした彼が、自らの手のサイズの異様さに気づいてふと動きを止める。
「……………」
 ゆっくりと、それでいて慎重に自身の身体を見下ろす。目の前に持ってきた手の平を何度も握っては開き、その手で頬を挟んでは柔らかさを確認するかのように撫でさすった。
 あどけない表情。
 思わず見ているこちらも笑みを浮かべそうになるが、そうしようとした矢先に目の前の愛らしい顔が見る見る険悪の色に染まるのを見て息を呑んだ。
「あ、の……」
「なんだ、これ!」
 甲高い声。砕けた口調。
 子供らしくはあるが、これが普段の彼が発しているのかと思うと一瞬目眩を起こしそうになる。どっちつかずの仕草に返答できずにいると、キッと愛らしい瞳を精一杯つり上げたヴィクトールがシーツを蹴散らす勢いで近づき、そして怒鳴った。
「どういうことだよ!」
「どうって…俺に聞かれても……」
 起きた時には既にあんたはその状態だったし、と口ごもる自分に詰め寄る小さな身体。思わず仰け反れば、どうして逃げるんだとばかりに頬をつねられた。
 子供の小さな手。精一杯込められた力は、でも全然痛くなかった。
「一緒に考えるんだよ」
「考えるって…なにを?」
「俺がこうなった理由に決まってるだろっ!」
 顔を真っ赤にして言い募るヴィクトール。
 悪いと思いつつも、たまらず吹き出した。
 これでは立場がまるっきり逆だ。いつもは冷静沈着で意地悪な彼に自分が怒鳴り、泣き言を言うのに。今はこうして小さいながらも彼自身が自分を頼って、どうにもならない現実に焦っている。
 あははは、と笑った。シーツの肌触りが気持ちよくて、更にふふふと笑いを噛みしめる。
「なにがおかしいんだよ!」
 ブルーグレイの瞳が間近に迫った。いつもより大きな目。まつげの長さが強調されたそれを見て、思わずチュッ…と口づけた。
「なっ……!」
「可愛いな」
 小さな手の平で小さな桜色の唇を抑えるヴィクトール。
 いつもは卑猥なまでのキスを繰り返す彼からは、想像も出来ない無垢な姿。
 に…と笑った。金色の髪をくしゃくしゃっとかき回す。
「ほっぺ柔らかくて、あったかくて良い匂いするし」
 すんすん、と鼻を近づけて素肌の匂いを嗅いだ。普段の彼がつけた高級な香水とはまた違った、不思議な匂いがした。
 それに名前を付けるのだとしたら、幼さとか純粋さというひどく曖昧なものなのかもしれない。
「やめろよ」
 ついでにぺろりと舌で素肌を味わったところで止めの声が入った。
 見上げれば頬を染めた彼が目の前。嘘みたいな光景にしばらく呆気にとられた。
「おっさ…じゃない、えっと…ヴィクトール」
 呼び慣れない名前に少し照れる。その名前はベッドの中、暗闇の中でだけ呼んでも良いのだと思っていたから。
 ゴホン、と咳をして伺うように相手を見る。
 小さな身体。自分よりも遥かにあどけない表情を浮かべた姿は、天下の情報部長官、ヴィクトール・クリュガーとはかけ離れた存在だった。
 その彼がじっと自分を見つめてくる。
 心なしか潤んだ瞳。だがそれを気取られまいと、キュッと結ばれた唇がなんとも言えない庇護欲をかき立てた。
 なんでこんなことになったのか考えないとな。あれじゃねーの?ほら…昨日の夜飲んだワイン。少し味がおかしいって言ってただろ。
 そう言うはずだった唇は、だがしばらく躊躇したあと、全く違う言葉を発していた。
「もう一回、ギュッとして良いか?」
「…………」
 返事はない。でもそれを肯定と受け取り、そっと手を伸ばして目の前の身体をまるで壊れ物みたいに軽く抱きしめた。
「うわ……」
 言うともなしに感嘆の声が上がる。
 そのくらい、柔らかかったのだ。たぶん風船でもこうはいかない。
 しっとりと吸い付くような肌。きめの細かいそれに頬をすり寄せれば、いつも彼がしてくる仕草を思い出した。
 同じように自分の背中に何度もキスをして、舌触りを楽しむ彼。
 気持ち良いと言われる度に恥ずかしくて死にそうだったけど、自分がしてみて初めてわかった。
 本当に気持ち良いのだ。
「もう良いだろ」
 もぞもぞと腕の中で居心地悪そうに身体をよじるヴィクトール。
 逃がしてたまるかとばかりに、無理のない程度の力を加えた。普段の自分からは考えられないような、気遣い。
「駄目。もう少しこうして…俺に甘えろよ」
「誰も甘えてなんか……」
「心配しなくてもなんとかなるって。ならなかったら…俺が面倒みるし」
 な、と微笑んでみれば、らしくない顔つきで、馬鹿、と呟く小さな彼に目を細めた。
 こういうのも悪くない。
 悪くは―――。
「……ん…」
 瞼を刺激する光で目が覚めた。うっすらと目を開ければ、小さな笑みを浮かべた彼がこちらを見つめる瞳と目が合った。
 いつも通りの彼。
 その姿は小さくもなく、頼りなげでもない。
 記憶にあったヴィクトール・クリュガーという男が、それまでの小さな身体とはかけ離れた逞しい体躯を惜しげもなく晒し、寝ていた自分を見守っていたのだ。
「……はよ」
「よく寝てたな」
 低い声音は先ほどまで聞いていた甲高い音とは違った、落ち着きに満ちたもの。
 まぁね、と答えたところで伸びてきた手がそっと抱きしめてきた。
 違和感に少しだけ、苦笑した。
「あのさ……」
 その腕に収まり、声を掛ける。うん、と相づちをうつ声はこちらを見守るソレ。
「あんたの気持ち、少しはわかったよ」
 独り言のように呟いた。
 いつも自分に意地悪を言う彼。
 今日初めて逆の立場に立ってわかった。好きな子を虐める快楽。最も子供らしい、ひねくれた感情。
 だがその瞬間自分に向けられた瞳の甘さ。
 瞼の裏に刻まれた小さな彼を思い出しながら、回された腕に小さなキスをする。
 硬い皮膚。上質の香水の匂い。
「どうした」
「ん…なんでもない」
 小さなヴィクトールがほんの少し、懐かしかった。


第四弾にしてかなりトチ狂った内容が…そう思った人が果たしてどれだけいるだろう(笑)
俺自身、自分がこの手の作品を書くとは夢にも思いませんでしたが。
様々な紆余曲折を経て…というか、今内に「大人×子供モードのヴィク×ラファって良いと思わない!?」と提案したところ、更なる彼女の煽りで自分まではまってしまったと(爆)
つまりはそういうことです……。
世間ではこれをなんて言うんでしょうね。ミイラ取りがミイラになったってやつですか?(笑)
とはいえ、既になんのテーマも目的も決まってない今回の強化週間。
どうせなら行けるとこまで行ってみよう、という感じです(笑)
だから弱ショタ系の、超パラレル。
さすがに小さくなったヴィクを手込めにする、という展開だけは避けましたが(笑)
つーかね!俺はこの手の作品が文章にすると寒いっていうのは百も承知なのよ!!
ただ俺は…今内のショタ絵が見たいがために……!!
……ここまで言っておいて、彼女が今日普通の大人絵を描いてたら…俺は怒るよ(笑)
でもまぁ、際どい作品なだけに一人でも多くの人が楽しんでもらえれば…それに越したことはないんですけどね(笑)

 

 

 

 

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