雨宿りWritten by Takumi


 ザ―――。
 大粒の雨が地面を叩き、うっすらと視界が白く煙る。
 天候全てを把握する火星においては非常に珍しい、通り雨だった。
 道行く人は慌てて屋根の下へと駆け込み、不安そうな顔で空を見上げる。黒々と立ちこめる雲が視界全体を覆う様子は、決して気持ちのいいものではない。
 早くやまないかと願う人々の前を、一人の青年が全速力で走り抜けた。
 どこかで見たその顔に、おや、とばかりにすれ違う人々が振り向くが、その頃には小さくなった彼の背中を見守るだけで、気のせいだと誰もが自分を納得させた。
 こんな所に彼がいるはずがない。
 彼が――元首子息がこんなところにいるはずがないのだ、と。
「……だーっ!もう、なんなんだよ!」
 降りしきる雨の中、どうにも避けようのない雨粒を全身に浴びラファエルは誰にともなく毒付いた。
 服はすっかり濡れそぼり、素肌にぴったりと密着している。靴の中まで染みこんだ水が、走る度にグチャグチャと音を立てた。額にぴったりと張り付いた前髪を乱暴にかき上げ、くそ、と一度仰いだ空に向かって小さく呟く。
 今日はせっかくのオフなのだ。なのに、この予想外の悪天候。愚痴りたくなるのは仕方がないだろう。
 それでなくても前日はこのオフのために、いつもの倍以上の仕事を任されこき使われたのだ。全ての任務を終え、自室に辿り着く頃にはユーベルメンシュの肉体をもってしても疲労を感じずにはいられないほど疲れ切っていた。
 だからこそ今日は、その疲れと日頃のうっぷんを晴らそうと楽しみにしていたのに。
「どこも一杯じゃねーか!」
 再びラファエルが毒づいた。
 目を見張る俊足で目抜き通りを駆けながらも、目は忙しなく屋根の下をチェックしていたが、雨宿りをしようにも目にする軒先には全て人で埋まっている。
 ここで自分が無理矢理にでも入ろうもうのなら、避難めいた視線が投げられるのは必須。それでなくても今日はお忍びで出かけているのに、ここで騒ぎを起こすのは本意でなかった。
「屋根屋根…と……」
 歩調をゆるめ、辺りを見回すがなかなか余裕のある軒先はない。
 仕方ない、とばかりに人通りの少ない脇道へ入ってみると運良くひと一人が陣取る屋根下を見つけた。
「ラッキー!」
 深く考えることもなく、猛ダッシュで近づいたところで突如その足が止まった。軒下でこちらを見つめる人物を確認し、震える唇が小さく「嘘だろ…」と呟く。
 雨は降り続いていた。
 いい加減濡れそぼった身体が動けずにいる。
 視線の先にいる男がそんな自分を見つめ、笑った。
「なにしてる」
 早く来い。
 言われてのろのろと歩を進めた。なんとか軒下に辿り着いたところで、呆れたような苦笑に出迎えられる。軒先ぎりぎりの所にいた自分を引き寄せた腕にドキッとした。
「ひどいな…風邪でも引いたらどうする」
 そう言って乱暴に前髪をかき上げてくれる相手を改めて見上げ、信じられないものでも見るように目を瞬いた。
「……おっさん?」
「クリューガーだと何度言えば覚えるんだ」
「だって…あんた、なんでこんな所にいるんだよ……」
「それは俺の台詞だ。仮にも元首のご息子がこんなところでなにをしてる」
「え…俺は、その…オフで……」
 何も後ろめたいことはないのに、こうしてヴィクトールに問い詰められると口調が怪しくなってしまう。まるで悪戯が見つかった子供のような反応に、自分自身情けなくて耳まで赤くした。
「そういうあんたこそ……」
 だからつい挑むような眼差しを投げてしまう。強がりはいつだって張りぼてのように脆いのに、それでも強がらずにいられないのは彼との年齢差を気にしてか。
 いつまでも子供じゃない。
 そう暗に訴えているのを、ヴィクトールはどこまでわかってくれているのだろう。
「すぐ近くに知り合いがいてな。顔を出したついでに歩いて帰ろうかと思ったんだが…まぁ、人間誰しも読み間違えというのはあるだろう」
 そう言って肩をすくめる彼も、腕に上着を引っかけている。遠目から見て彼だと気づかなかったのもそのせいだった。
 普段嫌と言うほど見慣れた軍服姿。
 だが今は、腕に濡れた軍服を引っかけているとはいえ、白いワイシャツに黒のズボンという端から見れば一般人と大差ない格好だ。
 ラファエルにしてみても、初めて見る軍服以外のヴィクトールである。
「どうした」
 押し黙り、微かに頬を染めているラファエルを意地悪くのぞき込むヴィクトール。
 間近に迫った顔に思わず一歩退けば、濡れるだろう、と伸びてきた手が再び近くへ引き寄せた。
 だが、ありがとう、の一言が言えない。
 俯いて濡れた地面を見つめてみれば、傍らに立ったヴィクトールが不意に喉奥で笑った。
「乳首が透けてるぞ」
 いやらしいな。
 反射的に胸元を両腕で隠した。羞恥で真っ赤になった顔をためらわず、ヴィクトールに向ける。
「ばっ…なに言ってんだよ!」
「事実だ」
「そっ…そういうことを平然と言うんじゃない!」
「いやらしく言えばいいのか?」
「誰もそんなこと言ってないだろ!」
「……感じたな」
「〜〜〜〜!」
 今度こそラファエルは言葉を失った。当然思考の半分を占めるのは目の前のエロオヤジに対する怒りと羞恥心だ。
 だがそんな彼を認め、なおも意味深な笑みを唇に浮かべた男が腰をかがめ、そっと耳打ちした。
「乳首が立ってるぞ」
「なっ…そ、そんなわけねーだろ!」
 意味深な視線と台詞に肌が粟立つ。反射的に乳首が立ちそうになって、慌ててシャツを引っ張った。だがその手を逆に掴みあげられ、身体ごとホールドされた。
「ちょ、おっさん!なに考えてんだよ!」
 いくら人通りが少ないとはいえ、ここは天下の公道である。
 いつ誰が通り掛かるともわからない。どこかから見られているとも限らない。
 そんな場所で、強く抱きしめられて――だがなぜ、こんなにも自分は嬉しいと思ってしまうのだろう。
 鼓動はさっきよりもずっと激しく鳴っている。呼吸だって小刻みに荒く吐き出される。
 だが抱きしめられた腕から伝わる体温が嬉しい。
 情報部長官という立場を省みることなく自分を抱きしめてくれる彼が、ただ、愛しかった。
「……なぁ…なんでこんなこと、すんだよ」
「聞きたいか?」
 暴れることをやめ、腕の中で大人しく身体を預けてみれば、濡れたTシャツから薄い彼のシャツを通して熱が伝わってくる。普段は意地悪しか言わない彼の、妙に人間的な部分にくすぐったい思いで肩をすくめた。
「………別に」
 言えば、可愛くない奴だ、とばかりに回された腕に力が入る。そんな些細なことが嬉しくて、肩口にそっと頬を押し当てた。
 雨は相変わらず容赦ない降りで、もうしばらくはやみそうにない。こんな路地に入ってくる人もいないだろうと、そんな安堵感にホッとしたところで腰に回された腕がじわじわと下肢を這っていく感触に息を詰めた。
「…やめろって……」
「好きなくせに」
 笑いでくぐもった声がフッと意図的に首筋に掛かる。ズボンの上からゆっくりと、割れ目を確認するように指先が上下に動いてそれから僅かに……。
「…ぁ、……」
 ソコを突くように指先を押しつけられた。感じやすい入り口、それだけで鼻に掛かったような喘ぎ声が漏れる。拳を堅く握って押し寄せる快楽をなんとか乗り切った。
 でもそれだけで終わるはずもなく。
 他にどこを触るでもなく、ただソコだけを集中して弄られた。小刻みに、時に粘つくような執拗さで何度も入り口だけを刺激され、殺す声が次第に大きくなるのがわかる。無意識に彼の太股に自分の高ぶったそれを押し当てて擦って、また押し当てて。
「も…っ、……」
 触って、と言葉には出さずに唇の動きだけで伝えた。促すように、自らズボンのジッパーを引き下げる。それを確認した男がうっすらと笑みを浮かべるのを、赤く染まった頬がばれないよう俯きながら感じた。それでもなかなか男の手はソコへは伸びてくれなくて。
 たまらず、自分の後ろをまさぐる男の手を取り強引にソコへと導いた。
 フッと耳元であがった笑い声。恥ずかしさに耳まで赤くなる自分を自覚する。
「好き者が」
「な…ぁん……」
 囁かれた声に抗議しようと、口を開いたところでソコを握られた感触に思わず声が上がった。堪えようとしても、それまでの焦らしが嘘のように大胆にズボンの内側で動き出す指先が確実に快楽を与えてくる。上下に扱いて、亀頭の割れ目をじっくりと親指で撫で回しては時折爪を立てる。
「ぁ、ああ…っ……」
 とろとろと先端から流れ出ただろう精液が、握られた手の平の中でくちゅくちゅと音を立ててるのがわかる。精液の滑りを借りて、更にいやらしく動き回る手の平に無意識のうちに腰が引けてしまう。だがすぐさま伸びてきた腕が腰を掴み、ぐいっと身体を押しつける形に力を入れてきた。
「や、だ……」
 たまらない快楽。たまらない、刺激。
 それまで激しく地面を叩いていた雨音が、いつの間にか小降りになっていた。耳を澄ませばようやく雨宿りから解放された人々が慌ただしく道を歩く音が聞こえる。
 もしかするとこの路地にも誰か入ってくるかもしれない。もしかしたら、誰かに見つかるかもしれない。
 背筋を走り抜けた恐怖心は、だがそれと同じように自分を虜にする快楽を前に呆気なく消え去ってしまう。いや、その恐怖心すら快楽の一種でしかないのか、より敏感に彼の愛撫に反応してしまう自分がいた。
「ぁ…んっ、く……」
「そろそろ、か?」
 いやらしく耳元で囁く声に必死で頷く。だからイカせてくれと自ら腰を振った。
 握った手の平が動きを早める。それまで腰に回されていた手が再び下肢に移動し、布越しとはいえ指が食い込むほどにソコを突いてきた。
「あっ…ぁ、ん…ん……」
 両方からの刺激に、たまらず彼のシャツを噛んで声を殺す。自然と揺れる腰、隠しようのない荒い息、染みができるほどに濡れた下着。
 目の前が白く光った。一瞬気の遠くなるような感触に襲われる。
「………ッ!」
 あっと言う間だった。吐き出した精液が彼の手の平に飛び散るのを感覚で知る。その感触に身体ががくがくと震えた。
「気持ちよかったか?」
 聞いてくる声に頷く気力もなく、その肩口に頭をもたれ荒い息を整える。濡れた肌がいつの間にか熱いぐらいに火照っていた。
 潤んだ視界。泣いていたのかと、目尻に溜まった涙を指先で拭う。そのまま潤んだ瞳で男を見上げ、ほんの少し、身体をもたれ掛けた。
「このあと…仕事は?」
 掠れた声で聞く。今の刺激だけでは物足りない自分の浅ましさを自覚しながら、それでも実際に身体の奥で彼を感じてたまらなくて。
 耳まで赤くなるのを隠すように、肩口に額を当ててそう聞いた。
「このあとすぐ、会議が入ってる」
 だが返ってきた返事は自分とは対照的に冷静な、その上この時間の終わりを告げる容赦ないもので。思わず浮かびそうになった涙を堪えたところで、抱きしめる手に力が入った。
「だが優秀な副官がいるからな……」
「……え…」
 見上げれば、にやりと意地悪そうな笑みを浮かべた男が目の前。
「今日は俺もオフということだ」
 既に雨は降り止んでいた。あれほど分厚く空を覆っていた雲が薄れ、その間から眩しいほどの日の光が降り注ぐ。
 濡れたTシャツ。乳首は今でも立ったまま。
 視線を感じ、思わず両腕を組んで隠そうとしたところを放り投げられた軍服に驚いて彼を見返した。
「濡れてるが、隠すにはちょうど良いだろう」
 俺以外の男に見せるな、と暗に言われた台詞にまた少し、頬を赤くした。
 受け取った軍服を着る間、ふと思い出したように大通りに目を向けた男がさりげなく手を差し伸べてくる。何も言わずにその手を握り返した。
 広がる快晴。
 その下で、これから始まる情事の予感に次第に早まる互いの歩調に気づき、笑う。
 ピチャピチャと足下を踊る水たまりが、そんな浮かれ気分を諫めているような気がした。


今回同時企画を開催してます、かのんさんの【地下組織】でお目に掛かったヴィク&ラファに設定状況がものすごく似ててびっくりしました(笑)
雨・その中で二人が遭遇・ちょっとラブラブ…よく考えつく設定なのかな?(笑)
というか、夢見がちな乙女が彼らに求める設定?(笑)
ちなみにこれは前回の、5月ぐらいですか?
第一回目の親子丼企画の時にUPするつもりで書いてた代物です。
当時は結局サーバーの方のトラブルで完成しないまま放置されてたんですが、今回の復活を機にようやく書き終わったと(笑)
そしてここでもオヤジ・ヴィクは健在で…どこまでも成長してない自分がなんとも言えません(-_-;)
でもタイトルからしてなぜか無性にさだまさしの「雨宿り」を思い出してしまい、更にはそれをラファに当てはめてみると……

「それはまだ私がヘルを信じなかった頃。5月のとある木曜日に雨が降りまして。こんな日に素敵な彼が現れないかと、思ったところであなたが雨宿り♪」(歌詞適当)

という感じでものすごくぴったり…というか、乙女ラファ?(笑)
いっそのこと相合い傘でもさせれば良かったかな…(笑)
そしたらきっと、遠慮して傘からはみ出すラファとか、それをグイッと引き寄せるヴィクとか、はたまたヴィクの肩が濡れてるのに自分は全然雨に濡れてないのに気づいて慌てて傘を押しつけたり、そんなラファを……うぅ、妄想は考え出すと止まらないとはまさにこのこと(爆)
気がつけばなんて長いあとがきだろう……。
とはいえ、まずは楽しんでもらえれば幸いですm(_ _)m

 

 

 

 

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