『色んな瞬間Written by Takumi


 自分が嫌になる瞬間――下らない嫉妬に焦れてるとき。
 自分がみっともなくなる瞬間――四六時中彼のことを考えてる自分に気づくとき。
 自分が幸せを感じる瞬間――彼の笑顔を見たとき。
 こんな単純な自分。こんな、子供っぽい自分。
 それでも彼の姿を見ただけで泣きたいぐらい嬉しくて。
 そんな自分は、ほんの少し好きだった。

 呼び出された部屋、所在なさげにドアの前で突っ立ってた。
 重厚な机がドンと構え壁際の本棚にずらりとファイルが並んだ、ここは情報部長官室。
 これまでに何度か隠密に忍び込んだ部屋だけど、こうして公に呼び出されてここに来るのは初めてで、どうしていいか身の置き場に困った。
 チラッと視線を動かし、部屋中央のソファーを認めた瞬間サッと頬が赤く染まる。つい先日そこで激しく乱れた自分が妙に生々しく思い出された。焦らされて何度も懇願して、ようやく達した時には革張りのソファーに点々と自身の放った精液が散ってた。
 拭いて、と泣いて頼んだ自分を彼が優しく抱いてくれたのが記憶に新しい。その腕の感触を思い出して、密かに下肢が疼いた。
 俺ってほんと、節操ない…。
「いつまでそんなところに突っ立ってる気だ」
 掛けられた声に身体が飛び跳ねそうになった。いつの間にそこにいたのか、ヴィクトールが薄笑いを浮かべた顔でじっとこっちを見つめてる。隣の資料室にいたのかもしれない。
 いやらしい顔がばれなければいいと、思わず俯いていた。
「……用があるって…」
 突然の館内放送に驚いたのは、なにもこいつの声を聞いたからじゃなく。正真正銘、名指しで自分を長官室に呼びだしたことに対してだった。
 いつもならテレポーテーションで来いと、互いの立場をわきまえた誘いをしてくるのに。 あまりにも直接的な方法に不信感と僅かな期待があった。
 僅かな期待…抱いてもらえるんじゃないかと。
 抱き合ったのはつい先日だというのに、もうヴィクトールがほしくてたまらない自分に驚く。
 地球時代は間違ってもこんなことなかったのに。それこそ自己処理自体滅多にしなくて良かったから、てっきり自分は淡泊な性分なのかと思ってた。
 でも今はいつだって、それこそ毎晩のように奴をおかずに抜いてる自分がいる。一人部屋という条件もそういう…その、オナニーとかしやすいし。変な言い方だけど、自分の世界に没頭できるから歯止めが利かなくて。
 毎朝起こしに来るE-60の視線が痛かった。暗に責められてるみたいで、居心地の悪さと羞恥を感じずにはいられない。それでもその行為をやめることはできなくて、飽きずに気持ちが高まれば盛った猿みたいに何度も何度もソコに手を伸ばしてた。
 本当は何度も頭をよぎる想いがあるのに、それにはわざと気づかないよう、気づくことがないよう更に手を動かすのを早めたりして。
「どうした」
 元気がないな、と抱きしめられた。一瞬すくんだ身体が、でも奴の体臭を嗅いだ瞬間馬鹿みたいにホッとするのがわかる。抱きしめられることに震えそうなぐらい感じてる自分がいた。
「別に…」
「最近食欲が落ちてるそうだな」
 ユージィンの奴が心配してたぞ、と笑いを含ませた声で囁かれ、心臓が跳ね上がった。
 こんな些細なことで反応してしまう自分。ただ名前を呼んだだけじゃないか。他意はないはずなのに、わかってるのに問い詰めずにはいられなくて。
「……親父に、会ったんだ」
 声が上擦ってる。馬鹿だな、こんなんじゃすぐばれるに決まってるだろ。わかってるのに、奴の肩口に添えた拳を強く握りしめた。
「なんで?」
 少しの沈黙。何も言い返さない相手の様子が、返ってくる返事が怖くて顔を俯かせる。今ヴィクトールの顔を見たら思いっきり責めてしまいそうだから。今まで我慢してきたことを全部、吐き出してしまいそうだから。
 俺を抱いたのは親父の変わり?あんたが本当に好きなのは親父?じゃあ、あんたにとって俺は何?単なる性欲のはけ口?そうじゃないだろ…そうじゃなくて、愛してるって、言ったじゃん。愛してるってさ…。
「なんで、親父に会ったの?」
 もう一度聞いた。しつこい女は嫌いだと、ヴィクトールがいつか呟くように言ってたのを思い出しながら。しつこい男も嫌いなのかな、なんて別次元のことのように考えて。
 だってユージィンとヴィクトールの関係が、普通の元首と情報部長官のソレじゃないなんてことは馬鹿だってわかる。学生時代からの友人だなんて理由は今更笑いが出るぐらい陳腐だ。
 それでなくてもセックスの間、ヴィクトールはやたらと目を見つめてくる。俺を見ろと、まるで口癖のように言ってくる。
 それがどういうことか、わからないほど馬鹿じゃない。俺の目は親父にそっくりだって、火星に来てから耳にタコができるほど言われてきたから。奴が何を求めてるのかなんて、本当はすぐにわかってた。
 でもそれでも良かったんだ。それでも、抱かれてる間はヴィクトールが自分を抱いてくれてるから。その体温、腕の感触、そして粘液…何もかもが嬉しかった。
「会議で顔を合わせただけだ。そんな顔するな」
 俯いた顔に手を添え、そっと持ち上げられる。その指先に自身の指を絡めて、唇を押し当てた。
「抱いてよ」
 何も言わないブルーグレイの瞳。その静けさが妙に腹立たしくて、絡めた指先を口に含んだ。そういう意志を込めて、舌でじっくりと舐め上げる。
 目を逸らさず、次第に潤んでくる瞳を見せつけるように睨み続けて。
「この間みたいに…あれより酷くして良いから。だから…しよ?」
 いつもの俺じゃないみたいに、甘えて見せる。本当は恥ずかしくてしょうがないけど、胃の辺りがむかむかして馬鹿みたいに口が回った。
「ソファーでもどこでも、好きなところで良いからさ。早く…」
 上着のボタンに手を掛ける。半分ほど外したところで、ぴくりとも動かないヴィクトールに静かに言った。
 これが俺の最高譲歩。最高で、最低の精一杯。
「……ユージィンって呼んで良いから…」
 言った瞬間、頭をはたかれた。
 パン…って感じで、本人は軽く叩いたつもりなんだろうけど、静かな部屋に妙に大きく反響したもんだから俺の方がびっくりした。
 でも次の瞬間その頭を思いっきり抱きしめられて、耳元で囁かれた言葉に情けなくも涙がこぼれた。
「子供が妙な気を遣うな」
 子供…そうか、俺ってガキだもんな。こいつに比べたらまだまだ全然子供で、親父に比べたらセックスだってきっと物足りない。場数が違うし、なにより立場も違う。惚れてるのは俺の方で、だから俺の方が絶対的に不利なんだから。
 そう考えるとたまらなく悔しくて、恥ずかしくて、ボロボロ涙がこぼれた。鼻水がズルズル流れる。汚いなとは思ったけど、もうそんなことどうでも良かった。
 ヴィクトールの優しさが逆に辛くて、抱きしめられた頭を必死に外そうともがいた。でも今度は逃がすまいとする腕が腰を掴んで、身動きが取れなくなる。どこまで恥をかかせたら気が済むのかと、また新たな涙がこみ上げてきた。
「なん、で…」
「いつ誰がお前と父親に二股かけた」
「………だって、」
「だからガキは嫌なんだ」
 言われた言葉にカチンと来た。今正真正銘、ガキって言ったよな?
 そんなガキに手を出したのは誰だよ。俺だってこれでも精一杯あんたに合わせようと頑張ってきたのに、今更それを言うわけ?
 そう思って口を開こうとした瞬間、目が合った。
 滅多に見れない奴の笑顔に、毒気を抜かれた。だってこんなに優しく笑うなんて、本当に珍しい…そんな切り札、ずるいよ。
「ガキはいつまで経っても人の気持ちに気づかないからな」
 優しく髪を撫でられる。こめかみに軽いキスをされた。
 なんだよ、これ。なんでこんなに優しいんだよ。それに今の言葉。人の気持ちってなに?人って、もしかして…。
「……え…あの、それって……」
「知るか。あとは自分で考えろ」
 すぐさまその表情を消し、憮然とした顔で見下ろすヴィクトール。でもその目が笑ってるのを知ってるから、作り顔だってわかってるから妙にホッとして。
 だってそれってあんたの癖だろ。本当に好きな相手には意地悪せずにはいられない、子供みたいな癖。普段は距離を感じるあんたを一番身近に感じられる、俺の大好きな癖だから。
 嬉しさがこみ上げてくる。今までの不安が一瞬にして浄化されたみたいに清々しい気持になって。
 もう一度あの笑顔が見たくて今度は自ら奴の首に腕を回した。唇が触れそうなぐらい顔を近づける。小さくウィンクした。彼が好きだと言ってくれた、その青緑の瞳で。
「考えて…わかったから、しよ?」
 愛の再確認。
 言った瞬間、馬鹿か、と再び笑った彼が抱きしめてた身体を抱き上げた。そのまま向かった先はいつかのソファー。ゆっくり降ろされて、すぐさま奴の身体が覆い被さってくる。上から伝わる重さが嬉しい。
「ガキで猿で…お前の親父とは似ても似つかんだろうが」
 唇が触れ合う瞬間言われた台詞。抗議の言葉はそのまま奴の唇に吸い込まれた。
 勤務時間中の情報部長官室。一歩廊下に出れば、そこはごく普通に情報部員達が行き交う廊下で。
 そんな状況なのに、その日の情交はいつも以上に濃密で、俺は何度も泣かせられた。
 きっともう、あのソファーは使い物にならない。


馬鹿ですね…なんというか、もうラファが単なる馬鹿に成り下がってますね……。
本当ならヴィクトールの愛の真価についてシリアスに考え込むラファとか書きたかったんだけど…慣れない一人称に手間取った分、地の文章が馬鹿すぎましたわ…。
ちなみに今回やたらと「瞬間」って単語が使ってるのはわざとです。
ええ、決してこの単語が口癖になってる訳じゃありません!!(笑)←必死だな…
しかしなんだね、この二人は実際どうなんだろうね。
ラブラブであるのは基本として、個人的にはヴィクがラファに押されてほしいんだけど…しかもラファは無自覚で(笑)
惚れた弱みってやつですか?(笑)
そういうのが好きなんですよ…攻めが受けにめろめろってのはたまらなくラブです。
というわけで、俺のヴィク&ラファそんな感じということで。
少しでも楽しんでもらえれば幸いですm(_ _)m

 

 

 


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