日常的恋愛通信法Written by Takumi


 好きだと一言囁かれれば、その言葉だけで達せるから。
 そんないやらしい俺を笑わないでね。
 好きなものは好きだと、言えるうちに言っておこうって決めたから。
 何度も愛してるを呟く俺に同じぐらい囁き返して。
 いつもみたいに強く抱きしめて、息ができないぐらいキスをして。
 それだけでいい。
 それだけで、俺は泣きそうなぐらい幸せを感じるんだから。

 けだるい身体を持て余して、乱れたシーツの合間に寝転がった。
 傍らでは惰眠を貪ることもなく、手早く軍服を身にまとう男がシャツのボタンを手に掛けている。その指先が先ほどどんなにいやらしい動きをしたか、思い出して一人シーツに顔を埋めた。
「今日の予定は」
 そんな様子を知ってか知らずか、ヴィクトールが手首のカフスに手こずることもなく身支度を整えながら声を掛けてくる。
 厚手のカーテンが掛かった窓からは微かに日の光が差し、夜が明けたことを告げていた。
 昨夜の会議終了と同時にどちらからともなく落ち合ったクリューガー邸。出迎えた執事になんの後ろめたさもない顔で挨拶をしたあと、扉が閉じたと同時に噛みつくようなキスをした。
 多忙な毎日。互いに自由の利かない身。
 だからこそ久々の情事はいつも以上に乱れ、ヴィクトールの睦言全てに過剰なまでに反応して見せた。彼の体温を感じることに素直に幸せだと伝えながら。
「今日は…えっと、たしか午後から親父に呼び出されてたと思うけど」
 だがそんな情事も、一度日常に意識が戻れば恥ずかしい以外の何物でもなく。いつまでも慣れない羞恥にもぞもぞと居心地悪そうにシーツの上を転がった。
 その身体がひやり…と湿った部分に掛かり、赤面する。
 自分の体液、彼の体液、どちらのものかわからないそれは、だが確実にお互いが愛し合った証で。日の光のある場所でまざまざとそんなものを見せつけられて、たまらずそっぽを向いた。
 意識を逸らすように、話題を変える。
「あんたの方は…今日からまた忙しいの?」
「まぁ、三日は帰れんかもしれんな」
 忙殺されるほどのスケジュールを、だがさらりと流す男の格好良さ。無理をしないでほしいと思っていても、それを口にすれば失笑されるのがわかっていたから黙って頷いた。
 ユーベルメンシュはその才能と引き替えにひどく短命な生き物だ。それを知らない人はいない。
 ましてや彼はそのユーベルメンシュの中でも極めて希な、半身を持たないユーベルメンシュだ。絶対的な精神力の強さがその理由だとしても、三十代というユーベルメンシュの絶命期に乗り上げ、今の多忙スケジュールが身に堪えないわけがないのに。
「連絡…時間あるときで良いから、くれよな」
 再び接点のない生活に戻るのだから、僅かな繋がりだけでも残してほしくて、シーツの間から顔だけ覗かせて呟いた。
 ネクタイを結んでいたヴィクトールの手が止まる。
 鏡越しにチラリと見つめられ、慌てて言葉を続けた。
「いや、あの…時間があるときで良いからって……」
「…………」
「無理なら別にしなくても…あんただって忙しいだろうし」
 次第に小さくなる語尾、いつまでもガキ臭いと笑われるかもしれない不安に上目遣いで相手を見上げる。すると鏡越しの顔がフッと笑った。そのまま振り返り、足早にベッドに近づくと、
「それだけで良いのか?」
 意味深な台詞に戸惑う。だが言葉を続けようと口を開いたところで、軽くそれを塞がれた。
 ヴィクトールの唇で、しっとりと静かに。
「ん……」
 誘われるままに首に腕を絡めようと伸ばすも、すぐさま身体を離した相手に不満げな視線を送れば珍しい苦笑顔のヴィクトールと目が合う。
「これ以上やると遅刻だ」
 時計を見れば、たしかにあと僅かしか時間がない。ヴィクトールの支度もほぼ終わり、あとは迎えの車を待つだけだ。
 あと少し、この時間を強要できる時間はあとほんの少しの限られた時間。
 そう思ったところで外から控えめなクラクションが鳴った。迎えが来たのだろう。
 さて、とばかりに髪の毛を軽く撫でつけたヴィクトールがドアへと向かう。その背中を見つめ、ふとたまらない衝動に駆られた。
「……まっ………!」
 シーツを身体に巻いたまま、ベッドから抜け出した。振り返った相手の表情を確認するまでもなく、抱きついて、強引にキスをした。
 身長差がある分、精一杯の背伸びをして。首に腕を絡めれば、それまで身を包んでいたシーツがはらり…と床に滑り落ちる。
 自分は裸で、彼は軍服で。
 全く正反対の格好のまま、だが激しく舌を絡めて互いに互いを求め合った。
「……っ、ふ……」
 混ざり合って飲み込めない唾液がツー…と顎を伝い落ちる。それでもやめない、やめられない。
 素肌の腰を引き寄せられ、あっとのけぞれば、それが合図だったように身体が離れた。
 ほんの少し上がった息。目元の方が少し熱い…きっと赤くなってる。
 感じる視線にふと目を上げ、苦笑を浮かべたヴィクトールと目が合った。
「朝からするようなキスじゃないな」
「……うん」
 ごめん、とあまりの恥ずかしさに俯いて、自分が裸なことに気づいて慌ててソコを両手で隠した。昨夜イヤと言うほど弄られた箇所だというのに、こんな日の光の中で見られるのはまだ慣れてなかったから。
「ほら」
 苦笑混じりの声で、ヴィクトールが床に落ちたシーツを取り上げる。そのままぐるりと身体に巻き付けられ、仕上げとばかりに小さく触れるだけのキスをした。
 離れるのが嫌で、遠ざかる唇を追って舌が覗く。その仕草になにを思ってか、ヴィクトールがしょうがないなとばかりに頭を軽く撫でた。
「一日何回しても良いんだな」
「……え?」
 言われた言葉がわからず、聞き返せばそのまま髪の毛をぐちゃぐちゃに掻き回される。突然のことに慌ててもう一度聞き返せば、少し早口な台詞がすぐ。
「お前が嫌だと言ってもするから、覚悟しとくんだな」
 連絡のことだと気づいたときには、既にヴィクトールが足早に部屋を去ったあとで。
 慌てて窓のカーテンを引いて車に乗り込む彼を上から見守った。声を掛けたい想いを必死に堪えて、胸の中で精一杯の「行ってらっしゃい」を呟いて。
 先ほどの台詞と彼の表情を思い出し、一人でいつまでもクスクスと笑っていた。
 ヴィクトールがその言葉を実行しているとわかったのは、それから数分後。
 携帯していた通信機が受信を伝え、出たところで憮然とした彼の声が聞こえる。
『いつまでもダラダラしてないで、着替えて朝食にしろ』
 まるでこっちの様子を覗き見してるような台詞。少しも甘みを感じないそれは、だが彼の精一杯の日常的恋愛通信法で。
 それがわかっているからこそ、わかってるよ、とこちらも少しぶっきらぼうに答えた。
 ただ通信を切る間際。
 どちらともなく通信機越しに小さなキス音を響かせたのは、単なる偶然ではないはず。


かのんさんから俺の書くヴィク×ラファは甘甘だと言われ、そうか、とばかりに今回は甘甘で締めてみました(笑)
俺にしては珍しくヴィクが感情豊かというか…ラファに振り回されてるかな?
でもこの手の限定企画はやっぱり面白いですね!
やってる人間だけかもしれないけど…(笑)
普段書けないカップリングを一時期だけまるで狂ったように書くという…改めて言うと濃いなぁ(笑)
でも来年もできたら3月までにもう一度やってみたいです。
その時はまた協賛者を募ってね…(笑)
企画は一人でやるより大勢でした方が楽しいというのはもう経験からわかってるので(笑)
その時はまた同意してくれる方が現れることを願います。
というわけで、まずは今回の企画これまでつきあってきてくださった方には本当に感謝。
その一言がどれだけ活力源になったことか……。
そして最後になりましたが、今日を含めて今回の企画を楽しんでもらえたらそれに勝る喜びはありませんm(_ _)m

 

 


戻る