悪天候への喜び』 Written by Takumi


 嫌いなら嫌いだと言ってください。
 変な期待は持たせないで。可能性なんて匂わせないで。
 僕はとても愚かだから。
 あなたの言葉、仕草の一つでいくらでも幸せになれるんです。
 だから。
 一言でいい。
 嫌いだと、そう言ってください―――。
 
 雨が降る。
 ボルネオ特有のスコールだ。自分の声すらわからない、激しい雨音。
 その中を銃一丁片手におぼつかない足取りで彷徨う。見張りは苦手な任務だった。
 誰もが寝静まる夜の森を、たった一人で神経を辺りに張り巡らさなくてはいけない。それはひどく孤独な戦いで。僕は常に小さな物音一つにビクついていた。
 だが今日は生憎のスコール、物音なんて聞こえない。
 だから頼りになるのは視力だけ。こんな夜は聴力なんか当てにならない。耳につくのは打ち付ける雨の音だけだから。
「やだな……」
 呟いた声が微かに耳に届く。不安ばかりが募っていった。
 目の前を遮る木々は、ともすればなにかの物陰に見えなくもない。時折葉音を立てる小動物達の動きに仰天しては、胸をなで下ろすこともしばしば。
 イヤなのは見張りじゃない。
 こんなことでいちいちビクついてる自分自身だ。
「……ぁ………」
 土砂降りの中、薄く白んだ視界の端に人影が映る。
 まさかレジスタンスが。
 銃を持つ手に力を込めた。水で濡れたグリップが微かに滑りやすくなっている。
 ピシャッ……
 歩を進める度に足下の水たまりが小さくはねた。だがそれでも細心の注意を払って人影へと近づく。幸いなことに相手はこちらには気づいていないようだ。
 だがそう思い、いざ飛びかかろうと銃を握りしめたとき、
「なにをしてる」
 抑揚のない声がこの豪雨の中、スッと耳に飛び込んできた。聞き慣れたそれに、思わず膝の力が抜けそうになる。
「シ、シドーさんだったんですか……」
 現れた東洋人に安堵の息をつけば、涼しげな視線が投げられる。雨の中でもそれはやけに明瞭で、漆黒の瞳に捕らえられた自分を想い軽く身をすくめた。
 同じ隊に所属する同期の兵。
 名前はシドー・アキラ。日本出身の17歳。
 口数は少なくて、趣味は読書で得意なことは裁縫をはじめとする家事全般。
 彼のことならなんでもわかる。
 ずっと見ていたのだから。
 レジスタンスに捕らえられた自分を助けに来てくれたあのときから、ずっと見守っていたのだから。
 だがあの瞳に見据えられるとすくんでしまう自分がいる。言葉が巧く発せなくて、変に上がってしまって、最後にはいつも俯いてその視線を避けてしまう。
 情けない自分。なのに、うぬぼれだけは強くて。
「驚かしたか……悪い」
 こんな彼の一言でいくらでも浮上できる。もしかして、なんて思ってしまう。
 彼を想う気持ちが日に日に強くなって、もう息すら出来ない。
「いえ……僕の方こそ、銃を向けてしまって」
「俺だと知ってると思ったんだが」
 そう言って微かに首を傾げる彼。
 その首筋に何度囓りつこうと思ったかわからない。
 東洋人特有の、象牙のような白い肌。きめの細かいソレを夢見て自慰をしたこともある。
 いつも夢の中で、僕は彼を汚していた。
 無防備とは言えない、だが近頃ようやく見せてくれるようになった微笑みともつかない微かな笑みに何度欲情して、何度自分を押さえたことか。
 今も小さく自己主張をする下半身を、ポンチョの裾でうまく隠す。
 こんな汚い自分は見られたくないから。
「雨、すごいですね」
 誤魔化すように声を掛ければ、なに、と聞き返す彼が目の前。
 激しくなる一方の雨。その雨音でまともな会話すらできない。
 まるで自分と彼との関係を表したかのように、それはなかなか縮めない大きな壁となって目の前にそびえ立つ。壊すことのできない障害。
 そう思っていたのに。
「悪い、なんて言ったんだ」
 白んだ視界に突如現れた、明瞭な彼の顔。
 唇さえも触れてしまいそうな、狭まった間隔にたまらず赤面した。闇色の瞳がこんなに間近で見られる、その事実に死んでしまいそうなくらいの幸せを感じながら。
「うっ…わ……!」
「……っと」
 ぬかるんだ地面に足を取られて、まるで謀ったように彼の胸へと倒れ込んだ。
 薄いとばかり思っていた胸板は、だが日々に訓練からか、しっかりとした成年男子の逞しさで僕を受け止める。濡れたポンチョが頬に当たり、微かな痛みが走った。
「……っつ!」
「切ったな」
 見下ろす瞳が一瞬だけくぐもる。
 次いでねろりと頬に感じたぬくもりに、心臓が止まりそうになった。
 彼の舌が…僕の……
「あっ…あの!僕あっちの方見て回りますから!」
 気がつけばグイッと目の前の胸板を押しやっていた。
 突然のことにあっさりと離れたぬくもりを名残惜しく感じながら、だがドキドキと激しい動悸を打つ自分に気づかれないように慌ててきびすを返す。
「おい」
 その背中に微かな彼の声が掛かった。
 振り返る勇気はなく、足を止めた状態で静かに続きを待てば、
「しっかり消毒しろよ」
 優しい彼の一言にじんわりと身体が温まるのがわかった。
 単純なのを承知で、その言葉を何度も頭で反芻する。彼に向かって深く頭を下げ、それから再び走り出す。
 激しい豪雨。視界が悪くて途中何度も転びそうになった。
 だが心は反対に晴れ晴れとしてて。
 先ほど考えていたことなど微塵も覚えてはいない。
 期待を掛ける言葉も、思わせぶりな態度も全然構わないから。
 もっとして。もっと、僕を喜ばせて。
 いつか彼が自分にのみ微笑む日を夢見て、足を早める。
 激しいスコール。
 今日ばかりは、この悪天候に感謝しよう―――。


おかしい…カールの時もその予想外な展開に驚いたもんだが。
こっちの展開も本当に予想外だ……つーか、俺が狙っていたのは切ない系だったのに。
なぜか気がつけばクルゼル・ハッピー編に(爆)
だめだよ…幸せになっちゃ……(爆死)←なんてことを!
冒頭文句から、展開としては「好きなのに!こんなに好きなのに!」みたいなクルゼルの葛藤が見れる……はずだったのに(笑)
ああもう、なんか悔しい!(笑)
くそ、明日の更新こそは切ない系で絞めてみせるわ!!
なんて言って明日襲い受けだったらそれはそれで笑うな(笑)

 

 

 

 

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