『秘淫』  Written by Takumi


 ザァァ―――……
 突然降りだした雨に、読みかけていた本から顔を上げ外を眺めた。
 アロイス、傘持っていったかな。
 気になるのは半身のことばかり。
 それがユーベルメンシュだと言われれば身も蓋もないが、自分がアロイスに抱いている感情は兄弟愛などではない。
 男女間で成立するソレだと、自覚していた。
「迎えに行くか」
 ページにしおりを挟み、ソファーから立ち上がる。
 あいつのことだ。出際に雨が降ってない限り、傘なんて邪魔なものは持っていきそうにない。
 ずさんなところは誰に似たのやら。
 だがそんなところも愛しくて。
 同時にこの雨の中、傘を持っていった俺を見つけた時のあいつの嬉しそうな顔が目に浮かんで、知らず笑みがこぼれた。
 あいつが喜ぶのなら俺はなんでもしてやれる。
 あの笑顔が見れるならなんでもやってやる。
 それだけは間違いなかった。
「お出かけですか?」
「ああ、アロイスを迎えに行って――」
 伺いをたててきた執事に答えると同時に、玄関のドアが盛大に開く音がした。
「まぁ!アロイス様!」
「こんなにずぶ濡れに……早く身体をお拭きになってください」
 そしてざわめく使用人達の様子に、俺はすぐ状況を察して慌ててその場から駆け出した。
「アロイス!」
 半ば階段から身体を乗り出すようにして階下を見下ろす。
 すぐに見つけた、栗色の髪を濡らした半身の姿にホッと胸をなで下ろしながら、
「なんで連絡しなかった!」
 マッハで階段を下りきり、目の前のアロイスを怒鳴りつけた。
 本当ならすぐにでも濡れた身体を抱きしめたいのに、奴の取った態度が気に入らなかった。
「俺が家にいるってわかってて、なんでずぶ濡れになってまで帰ろうとしたんだ!」
「なんでって……お前この時間いつも本読んでるし、邪魔しちゃ悪いと思って………」
「時と場合を考えろ!」
 そして俺達の様子になにも言えない使用人を見回し、
「さっさとタオルを持ってこい!風呂もだ!」
 八つ当たりなのを承知で叱咤した。
 蜘蛛の子を散らすように去っていく使用人達を見届け、改めてアロイスを見つめた。
 びっしょり濡れたシャツが身体に張り付いてる様子に、不謹慎ながらも思わず生唾を飲みこむ。
 だが同時にひどく震えているアロイスにその腕を苛ただしげに掴むと、
「いくら3月だからって、雨に濡れたら寒いに決まってるだろ」
 グイグイと浴室に連れていった。
 すっかり冷え切った身体が腕を掴んだだけでわかる。
 どうしてこんなになるまで外にいたのか。
 この半身は俺がなにを求めているかわかってない。
 俺はお前の頼みならなんでも聞くのに。遠慮なんかしてほしくないのに。
 こんなんじゃ、なんのための半身かわからない――。
「入れよ」
 自室に連れ帰り、浴室のドアを開けた。先ほどの命令で既にバスタブにはたっぷりの湯が張られ、もうもうと湯気が立ちこめている。
「ひとまず風呂に入って身体を暖めろ。着替えはあとで持ってこさせるから」
「………ユリウス」
 浴室のドアに手をかけたアロイスが背中越しに小さく俺を呼ぶ。
「なんだ」
「………ごめんな」
「二度とするなよ」
 頷くアロイスに、早く入ってこい、と促し俺は再びソファーに座り、読みかけの本に手を伸ばした。
 ページをめくり、物語の中に自分を投じる。
 サァァ―――……
 だが同時に聞こえてきたシャワー音に、次第に動悸が激しくなる。
 本を持つ手が震える。
 集中できない。
 ドア一枚へだてたところでアロイスが裸身でシャワーを浴びている。
 そう思っただけで鮮やかなヴィジョンが頭に浮かび。
 しなやかな肢体を撫でながら、首をのぞけらせ湯を浴びるアロイスの姿がこれ以上にないくらい色っぽくて。
 頭から浴びる湯はその首筋を伝い、鎖骨を撫で、なめらかな太股を流れて排水溝へと流れ………。
「うっわ………」
 自分の想像の生々しさに思わず声をあげ、左胸を押さえた。
 伝わる動悸はさっきよりもずっと忙しなくて。
 だが止まらない妄想はほんの些細なことにも反応してしまう。
 そのシャワーは俺が毎日使ってて、そのシャンプーも石鹸も、毎日俺が愛用してるもので。
 アロイスが今、それを使ってる。
 つまりは俺達は間接的に身体を触れ合わせてるってことで。
 それはひどく官能的で、思わず口元を覆い呼吸を整えた。
 だがその様子は俺を確実に妄想の世界へと引きずり込み。
 若い性はそんな想像一つで簡単に俺を高ぶらせた。
 既に痛いほど張っている下半身が自己主張をはじめる。もう読書どころじゃない。
「んっ………」
 最低なのを承知で、俺はズボンのファスナーを下ろしソレを掴んだ。
 罪悪感がチクチクと良心を刺激する。
 だが、もう止まらなかった。
 ずっと、アロイス相手にこうしたいと思っていたんだ。
 あの深緑の瞳が潤んで、俺に懇願する日を毎晩夢に見ていた。
 恥ずかしげに俺に口づけし、互いのソレを擦り合わせるだけで悲鳴を上げるあいつ。どんな体位も受け入れ、泣きながら、だが激しく腰を振る半身の姿。
 そんなこと、あいつが知ったらどう思うだろう。
 赤面して俺を罵倒するか、はたまた口も聞いてくれないか。
 だがそんなこと、今はどうでも良かった。
 下半身に与えられる自慰の快感は例えようもなく甘美で、あがる声を止められない。
「っく……アロ、イス………」
 次第に激しくなる手のひら。先走りで濡れる指先。
 頭の中を駆けめぐるのは、激しい俺の突きに身体をよがらせながらそれでも俺を求めるアロイスの淫らな姿。
「好きだって……言えよ…言ってくれよ………」
 目を閉じ、淫夢のアロイスに懇願する。
 そうすれば奴は簡単に俺を好きだと言い、愛してると囁いては執拗に口づけを求める。
 夢の中ならこんなにたやすいのに。
 目の前の天使は常に手の届く距離にあるのに、どうしても手が出せない。
 お前は、綺麗過ぎるから―――。
「んっ…く……はっ…はっ……」
 指の動きに伴ってあがる声も次第にせまったソレになる。
 シャワーの音がこれ見よがしに聞こえるのは意識しすぎなのか。
 ちらっと見やった浴室は俺にとっての聖域。
 侵してはならないその場所を、だが俺は淫夢の中で何度も犯し続ける。
 ただひたすら架空のアロイスを、俺は犯し続けるんだ。
「うっ、く………ッ!」
 ドクドクと血管の浮き出た自身を強く握りしめ、ひときわ激しく擦りあげた。
 間髪入れずにあふれ出る、白濁した液体。
 罪の証は俺の指にまといつき、そしておそらく拭われることはない。
「はぁ……はぁ……はぁ………」
 極上の射精感に襲われながらも、肩で息をしその場に倒れ込む。
 激しく上下する胸板。対照的に落ち着いた下半身。
「くっ……は、ははっ………」
 ぼんやりとそんな自分を見下ろして、不意に笑いがこみ上げた。
 バタバタと身体をばたつかせ、しばらく止まらない笑いに身を任せる。
「あはは……くく…ふははは……は、はは…」
 やがて笑いの余韻を引きずったまま、天井を見上げ精液にまみれた手のひらを光に透かしてみた。
「なに…やってんだ、俺は………くくっ…あはは………ッ」
 最後は絞り出すような、掠れたみっともない声。
 笑い声は既に本心からではない。
 だが笑わずにはいられなくて。こんな自分が滑稽で。せめて自分が笑ってやらないと、惨めさで死にそうだった。
「くく……バカだな、こんなことでアロイスが手に入るとでも思ってるのか?」
 笑い声に混じった、自虐的な言葉。
 透かした手のひらを濡らす精液がそんな自分を更に追いつめて。
「こんなことしてどうなるって言うんだよッ!!」
 力の限り、拳を床にたたきつけた。
「こんなことして………ッ!」
 悔しさで言葉がでない。
 こんな自分、自分じゃない。
 涙は出ない。
 だが、決して見えない涙を俺は流す。
 これからも、きっと永遠に流し続けるんだろう―――。

「あれ、どうしたんだよ、その手」
 浴室から出てきたアロイスが、めざとく俺の拳の傷を見つけて怪訝そうに首を傾げた。
「なんでもないよ」
 読みかけていた本から顔を上げ、俺は微笑む。そのまましおりを挟んだ本をサイドテーブルに置き、
「ほら、貸せよ」
 奴の手からタオルをひったくり、濡れたままの髪を拭いてやる。
「髪、濡れたままで出てくるなよ。床が濡れるだろ」
「あ、わりぃ」
「今度からはちゃんと俺を呼べよ」
 さりげなく先ほどの問題を掘り起こす。
 だが返事のないアロイスに、俺はタオルを持つ手を止め、
「おい?」
「わかってるよ!」
 奴の顔をのぞき込んだところで、それまで俯いていたアロイスが突然顔を上げ、俺の手からタオルを奪ってドアへと走り寄った。
 ドアノブに手をかけ、くるっと俺の方を振り向く。
「髪の毛、サンキューな」
 そして極上の笑顔を見せたあと、するっと開いたドアから滑り出ていく。
 あまりの事の早さになにが起こったのかわからないまま、俺はしばらくその場に立ちつくすと、
「は……ははっ……あはは…くくく………」
 こみ上げる笑いに、腹を抱えて身体を振るわせた。
 どうしてこの弟はこうも自分のツボを刺激するのだろう。
 今の一言で胸の内にあったモヤモヤが一気に払拭された気分だった。
 都合のいい解釈かもしれないが、そう思わずにはいられない。
 目をすがめ、扉の向こうに消えた半身を思い浮かべながら。
「アロイス、お前はやっぱり天使だよ」
 とっくの昔に閉まったドアに向かって、俺は心からの投げキッスを送った。


もしサリエルが生きて「ユリウス」として生活していたら…という超パロディですな。
原作もなにも無視しきった、今じゃ絶対書かないタイプの小説なんだけど(^-^;
当時はやたらとこのユーベルメンシュ双子兄弟のホモに燃えてたような気がします。元々双子は嫌いじゃないし。
とはいえ、ドア一枚隔てたところでそいつをオカズに自慰をしてのけるサリエルは、ある意味勇者(笑)
途中でラファが「あ、そういえばさぁ…」とか言ってドアから顔出してきたらどうする気だったんだろう(笑)
でもなんか自分で言うのもなんですが、若さが充ち満ちてる作品だと思います…若さっつーか、青さ?わけわかんない展開と、妙に多い改行が今読むとウザいよ…。
ただ当時これを同盟に献上したとき、管理人さんだった某Mさんから「情景がすぐ目に浮かぶよ」と言われたのがものすごく嬉しかったのを今でも覚えてます(笑)
とはいえ、少しでも楽しんでもらえれば幸いです。

 

 


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