小姓頭と神武人』 Written by Takumi


 奇妙な男だ。
 相手の部屋でぼんやりとイスの背に身を預けた状態で、コルドはそんなことを思った。
 視線はまっすぐに目の前の男に向けられている。
 その気配を知りつつも、なんとも思わない潔い仕草で着替えをするのは、武将のヒカイ。
 神武人のみに許された刺青を惜しみなく晒し、鍛え抜かれた上半身を露わにする男は慣れた仕草で身体を拭いている。
 そんな彼を前に、コルドはひっそりとため息をついた。
「なんだ」
 だがそれを耳ざとく聞き入れたヒカイがじろりと眼差しを向けてくる。
 別に、とばかりに肩をすくめて見せたコルドだが、それを許さない厳しい視線に見据えられ仕方なく口を開いた。
「それだけ良い身体してるのに、浮いた話が一つもないってのはどういうことかな〜と思いましてね」
「お前には関係ない」
「そう言うと思って言わなかったんですよ」
 やれやれ、と大げさに頭上で手を振るコルドにヒカイも一瞬眉をしかめる。
 だがそれをあえて無視したコルドが再びイスに背を預けた。すっかり通い慣れた彼の部屋は、今では自室と大差なくくつろげる空間となっている。
 そのことを口にするとヒカイは嫌な顔をするが、本人は至って気にしていない。
 それどころか、更に快適な暮らしをするために次々と自室から自分の物を持ち運ぶまでになっていた。
「あ、そうそう」
 思い出した、という風に声をあげたコルドをヒカイが訝しげな顔で見つめる。
 またなにかロクでもないことを考えたんだろう、とその瞳が告げるのに対し、以心伝心だな、とばかりに笑みを見せたコルドが懐から取り出したのは、掌に乗るほどの小さな瓶。
 怪訝そうな顔をするヒカイの前で、蓋を取ってみせる。掌に向けて瓶を傾ければ、とろりと中から白濁色の液体が流れ出た。
「………なんだ、それは」
 身体を拭く手を止め、不信感に満ちた眼差しを向ける男にコルドはにやりと笑みを返す。
 なんだと思う。
 そう告げる紫の瞳はまるで子供のよう。
 自然と嫌な予感がしたヒカイは再び彼の掌に溜まった液体を見つめ、正直にわからないとばかりに首を振った。
 その反応にクスクスと嬉しそうにコルドが笑みをこぼす。
 そして一言一言をまるで惜しむようにゆっくりと発音する唇はやけに赤い。
「これはね……潤滑剤」
「はぁ?」
 さすがのヒカイも一瞬呆れたような声をあげる。
 だが彼の中では、ここになぜ潤滑剤があるのか、という一般的な疑問ではなく、純粋に潤滑剤という聞き慣れない単語に思考を停止させていた。
 それを知ってか知らずか、とろりとした液体をこれみよがしに人差し指に乗せ、自身の右手首に塗りつけたコルドがひっそりと囁く。
「ついさっき、行商の者が来ましてね。滅多にないものだとかで勝手に置いていったんですよ」
 困りますよね、と言う表情はまったく困っていない。
 それどころか新しい玩具を手に入れた子供のように輝いている。
「これ、どうした方が良いですかね?」
 伺うような目線。ねっとりと絡みつくようなそれに、ヒカイは一瞬身体を震わせた。剥き出しの腕に目をやれば一面に鳥肌が立っていた。
 だがそれを認めた視線で再び目の前のコルドに向けた眼差しは至って冷静。
「忘れ物なら相手に返すのが礼儀だろう」
「……なんですって?」
「たぶん持ち主も今頃必死になって探してるはずだ」
 早く返してやると良い、そう言いながらもそそくさと上着を着るヒカイ。一瞬にして隠された刺青を引き留めるようにコルドの腕が追った。
「……なんだ」
 掴まれた腕を不振そうに睨み、ヒカイが早く離せと目で訴える。
 そんな彼としばらく見つめ合い、
「ったく、だからイヤなんですよ。武将なんて無骨な人間は」
 大きなため息と同時にその腕を離したコルドの顔には小さな苦笑が浮かんでいた。
 その顔を見られまいと、くるりと反転したままドアへと向かう。
 手にしていた瓶をその際窓から盛大に放り投げた。
「おい………」
「心配しなくても何年後かには微生物が綺麗に分解してくれますよ」
 引き留めるヒカイを遮るように冗談を言う。
 ヒラヒラと肩越しに手を振れば、背後で同じくため息をつく彼の気配。落胆か、安堵か。確認する間もなく部屋を出た。
「さ〜てと、この傷心はマヤルにでも慰めてもらいますか」
 大きく伸びをして軽口を叩く。
 小さく口笛を吹けば、意外と響いた廊下に少しだけ足を止めた。
「変な奴……」
 囁きは声に出した同時に、空気の中に浚われた。
 その様子に小さく笑い、コルドは再び歩き出した。
 背後を振り返ることもなく、小さな笑みを浮かべながら。


潤滑剤……の下りで期待した人、残念でした〜!(笑)←撲殺
基本的にこの2人に肉体関係はない、というのが俺の考えなんですけど。周りは結構コルヒカだのヒカコルなんて騒いでますね。
珍しく、俺一人取り残され状態(笑)
でもやはり血伝、特にエティカヤ関係はまだうまく掴めてないので、結局なにが言いたいのかわからないものに(^-^;
タイトルも全然ひねりがないし。
もっと精進しないとなぁ〜……。
でもまぁ、これを皮切りに色々とエティカヤサイドの話が書ければ…と思ってますので。
諦めず、今後もついてきて下さい(笑)


 


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