記念企画−終章−

舞台は自宅。
唯一気を許せる場所として、ここに勝るところはない。
だがそれゆえに、その場を汚したいと思う輩が多いのもまた事実。

 


『最後の引導』

 ダルそうにポケットから鍵を取り出し、開いたドアから倒れるように部屋に入った。
 靴を脱ぐのも一苦労で、同時進行でネクタイをゆるめれば、ほどいた途端首元が解放されたような心地よさを味わう。
 学校が用意した職員専用の寮は、男性用と女性用に区切られドミトリアスのような独身に快く与えられていた。
 ちなみに両隣はロイとフィエルスという、なんとも言い難い連中に囲まれてはいるが。
 なんだかんだ言って男同士、気楽にやっているのが現状だ。
 微かによどんだ感じの空気を入れ換えるために窓を開け、買ったばかりのビールをコンビニの袋から取り出し、プルトップを開けて一気に半分以上煽った。
「っく〜〜!」
 たとえオヤジ臭いと言われようと、この一杯だけはやめられない。
 ドミトリアスは床に大の字になり、大きく伸びをしながら今日一日の出来事を振り返った。
「…………まぁ、こういう日もあるな」
 そう納得しなければ教師などやっていけない。
 天井を見上げながら、床に置いたビール巻に手を伸ばして寝たまま煽った。だがものぐさが災いしてか、口どころか鼻の穴にまでビールが入り強烈な痛みに襲われる。踏んだり蹴ったりとはこういうことを言うのだろう。
「ってぇ…げほっ…げほげほ……!」
「なにをしてるんだ」
 上半身を起こし、二つ折りにしながらも必死にせき込むドミトリアスの背後で冷ややかな、それでいてその状況を面白がってるような声がした。
 慌てて振り返り、玄関口に立っている人影を認めて思わずドミトリアスは席をするのも忘れて立ち上がった。
「グラーシカ……どうして、その………」
「婚約者が気まぐれで相手を訪問するのはまずいか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
 嬉しいよ、と口周りを拭いながら照れたように言ったドミトリアスが部屋に入るよう促す。
 同じ建物内に住んでるとはいえ、こんな風にグラーシカが自分の部屋まで来てくれることは滅多にない。
 毎日学校で会ってるからといえばその通りだが、こうして気分が落ち込んでるときに彼女の顔を見られるとは、人生なかなか捨てたものではない。
 だがその思いも、部屋に入ってきたグラーシカの手に握られたスーパーのビニール袋を見た瞬間凍り付く。
「グラーシカ…えっと、その荷物は……」
「ああ、これか?」
 言われて思い出したように袋を持ち上げたグラーシカが、全国民を魅了するような艶やかな笑みを浮かべた。
 この笑顔を前にすると自分がなにも言えなくなることを知っているだけに、ドミトリアスの気分はますます沈む。
 だがそれを知ってか知らずか、形良い唇をゆっくりと開いたグラーシカが続けた言葉と言えば、
「夕飯を作ってやろうと思ってな」
「………………」
 これ以上ないと言うほどドミトリアスの気分を落ち込ませた。
 グラーシカの手料理。
 それは世界三大珍味の中に紛れ込んでいると言われるほどの代物だった。元々お嬢様なだけに、これまでまともに包丁を握ったことがない彼女が作る料理は、たとえ入念に本を読んで作っても全く違う物ができるといった具合だ。
 彼女曰く、料理をするのはドミトリアスと婚約してからだそうで。
 だが既に彼女に料理の才能がないことに気付いていたドミトリアスとしては、その事実に早く彼女が気付いてくれと祈るしかない。
 不器用に目の前で包丁を操る彼女を見ては、なにも言えなくなるのが男というものだ。
 よって、これまでに何度か彼女の料理を口にしてはあとあとトイレに直行するということが続いていた。
 そして今日。
 これほどまでに暗澹たる事件が続いた今日に限って、そのグラーシカが腕を振るうという。
 だが断れないのは百も承知だ。
「どうした?嬉しくないのか?」
 気持ちが顔に出てたのか、心配そうな顔をしたグラーシカが目の前。
 思わずつきそうになったため息を飲み込み、ドミトリアスは満面の笑みを浮かべて見せた。
「まさか」
 そして一つ息をつく。
 次の言葉を言うにはひどく勇気が必要だったから。
「天にも昇る気持ちです」
 そのまま昇天できたらどれだけ幸せか。
 ドミトリアスの平凡な一日は、このようにして終わりを告げた。


 

 

終わってみれば、なにひとつ平凡ではない一日。
だがこれはあくまでドミトリアスの物差し。
彼にとって、こんな日でも一応は「平凡」なのだ。
そんな彼に同情せずにはいられない方々もいるだろうが、
ホモ界の総受けキャラは時に誰よりも働き者なのだった。

 

次なる場所は……


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