感謝企画−タイプA−

同性同士であろうと、健全は可能。
懐かしい顔に思わず微笑むそんな一瞬が良い。
友情とは何物にも代え難いものである。

 


『残像』

 懐かしい空気。
 むせ返る熱気と人々の活気。
 騒がしい市場はごった返す人の流れで動きを取るのも難しい。
 そんな中、今もなお当時と変わらぬ店舗を構えている人々が気さくに声を掛けてくる。
 ―――軍曹、と。
 懐かしい呼称に、笑みがこぼれた。
 だがその視界の端をふと、気になる影が通り過ぎた。
「……ぇ…」
 思わず銜えようと手にした煙草を取り落とす。まさか、と自分を問いただした。
 だが見間違いのないあの容姿。
 父親譲りの青緑の瞳。ひょろりとした細身の長身。明るい栗色の髪の毛。
 そんな人間はいくらだっている、自分でもわかっていた。類似した姿を見かけたからといって追いかけるなんて、バカバカしいにも程がある。
 だが一抹の希望がそんな考えを全て否定する。
 無駄な努力が一番嫌いな自分。確信の取れない相手を、それも野郎を追いかけるのは趣味じゃない。わかってるのに……。
「くそっ……」
 走り出していた。
 人混みをかき分けるように、わずかな隙間を見つけては縫うように前進していった。
 そこかしこから罵声が上がる。たしかにこんな巨体が走ればタダで済むはずがない。尻餅をつく者、よろめく者、それら全てが自分に向かって声を荒げる。
 だがそんなものに構っている暇はない。
 人混みの中、再び見え隠れしだした影。
 この雑多な市場をスルスルと流れるように歩く姿は、かつての訓練の賜物だろうか。
 一歩を踏み出す。彼との距離がそれだけ縮まった。
 更に数歩、足を延ばした。
 あと少し、あと少しだった――。
「おい、テメー。ぶつかっておいて謝罪の一つも……ッ」
 背後から自分を掴む腕。
 相手をするのも面倒で、振り返りざまに一発お見舞いしてみれば、不意を食らった相手が見事なぐらい後方に吹っ飛んだ。
「悪い、急いでるんだ」
 悪びれもなく言う。
 ざわめいていた市場が一瞬静まりかえり、次いで盛大な怒声と歓声に満ちあふれた。
「やろ…フザけんなよ!」
「待てって言ってんだよ!」
 仲間とおぼしき連中があとに続く。
 こんな時に限って面倒ごとが続くのは日頃の行いの悪さだろうか。
 思わず舌打ちしたい気持ちを堪え、連中を振りきるために更に足を速めた。
 彼はもう目の前。
 あと少し、腕を伸ばせば届く距離だった。
 伸ばせば――たった数十センチの距離で彼に手が届く。
「待てよ!」
 自分らしくない。こんなに息を乱れさせて、こんな必死な顔をして。
 掴んだ相手の肩を離してなるものかと、更に力を込めれば怪訝そうな顔をした彼がゆっくりと振り返る。
「………………」
 彼は、こんな顔だっただろうか。
 こちらを見据える表情に、小さな違和感を感じた。
 こんなに、穏やかな顔を。こんなに、奥ゆかしい表情をする子だったろうか。
 記憶の中にある彼の顔はいつだって満面の笑みだった。もしくは妙に大人びた、無理矢理の微笑。
 だが今目の前にいるのは、そのどちらでもない。
 そこにいるのは間違いなく彼なのに、どこか違和感を感じずにはいられない事態に無意識に言葉を選んでいた。
「……あんた、名前は」
「え、あ…ラファエル、ですけど。僕のこと、知ってるんですか?」
 パッと輝く顔に息を飲む。
 この顔だった。
 自分が探していたのは、自分が知っているラファエルは彼だと、確信する。
 だがそれと同時に彼の最後の言葉が気になった。
 彼は、何を言っているのだろう。
 その彼が少しばかり肩をすくめ、背後を指さした。
「……あの、後ろ。相手しなくて良いんですか?」
 つられて振り返ると、そこには数人の屈強そうな男が今か今かとばかりにこちらを狙っているところ。
「あ〜…っと……」
 気まずい雰囲気にカシカシと頭をかいた。
 そんな自分をじっと見つめる青緑の瞳はあの頃と少しも変わらない。澄んだ、綺麗な色だった。心配そうな眼差しを向ける彼に、にっと笑う。
「逃げろ!」
 有無を言わさず彼の手を取った。
「えっ…ちょ、なんなんですか!?」
 たたらを踏んだ彼がずれた眼鏡を押し上げる。そう、彼は眼鏡をしていた。まるで父親のように、穏やかな表情の上に硝子一枚で自分と外界とを隔てるかのように。
 でもそんなことは関係ない。
 彼が目の前にいる。こうして、手を繋いでいる。伝わる温もりだけが全てだった。
 そうだ、キャッスルに手紙を書こう。
 何年も連絡を取っていなかった友の顔を思い浮かべ、思わず微笑んだ。
 あの赤毛の鬼隊長はきっとものすごい勢いで地球に来るはずだ。そして彼に会い、驚きに目を瞠るだろう。
 その時の様子を想像し、喉奥からこみ上げる笑いを必死に殺す。今笑い転げては間違いなく後続の連中に袋叩きにされる。それだけはごめんだった。やはり久しぶりの再会は最高の美貌でお出迎えしたいものだ。
 とはいえ、くつくつと引き締めた唇から漏れる笑い声に、隣で走るラファエルが怪訝そうな顔を向けてくる。
 その彼に微笑み返し、そして遠い星の友にそっと心の中で舌を出した。
 なぁ、キャッスル。
 握った掌に力を込めた。握り返してくる力が嬉しい。
 なぁ、キャッスル。
 再びその名を呼んだ。赤い髪、ヘイゼルの瞳が今も記憶に新しい。
 今度はお前がラファエルを追いかけるんだ。
 惚れさせる自信はあるか、と問いかければ、記憶の中の彼女はしっかりと、だが嬉しそうに親指を立てたポーズで答えてきた。
 我慢できず、ついに俺はそこで声を立てて笑った。
 それからどうなったかは、想像に難くない。
 だが気持ちだけは、最高にいい気分だった。

 

 



企画後記

 

 

 

戻る