感謝企画−タイプD−

相手が二重人格であろうと、健全は可能。
人格区別ができることを前提に、2人同時に相手をする。
それは相手にとって何よりの喜びである。

 


『真夜中の来訪者』

 夜半を過ぎた頃、ようやくの帰宅。
 疲れ切ったため息を吐き出して自室に引っ込んだ。
 無意識のうちに足が部屋の隅の本棚へと向かう。その一番下の段に、隠すように置いてあるブランデーを瓶ごと取り上げた。中身は既に半分もない。
「…………」
 無言のまま封を開け、グラスに琥珀色の液体を注いだ。僅かに口に含み、手近な椅子にもたれて座った。
 疲れた目元を軽く多い、マッサージをする。そんな時にふと思い出すのは、昨日と変わらぬただ忙しいばかりの日々。
 だがこの連日の忙殺されそうな勢いも、もはやこの星が破滅へと向かっているような気がしてならなくて。
 そんなはずがないと、自分に言い聞かせるために再び瓶を傾けグラスに注がれた液体を飲み干した。
 どのくらいそうしていただろう。
「飲み過ぎじゃねーの?」
 やけに明るい声がした。
 驚いて振り向けば、その拍子に手にしたグラスが滑り落ちた。だがグラスは一向に床に到達することなく、ふわふわと空中に浮かんだままやがて静かにサイドテーブルに落ち着いた。
 その不可思議な光景に、逆に安堵の息をつく。
 見慣れた光景。声の主を確認するまでもなかった。
 こんなことができるのは、火星広しといえども限られている。だが不思議なのはその彼がなぜこんな時間にこんなところにいるかで。
「こんな夜分に、どうなさったんですか」
 ラファエル様、と名前を呼べば、にやりと笑い返す青年がソファーにもたれ掛けた。
 いつの間にそこにいたのか。だが最高のユーベルメンシュにしてESPの使い手としてもトップレベルの彼には、そんなこと造作もないことだろう。今更それを問うのも馬鹿らしかった。
「別に。暇だったから」
 屈託なく笑う彼が足を組む。その顔が微かに疲れの色を見せていることに、申し訳なさを感じずにはいられなかった。
 自分が多忙である以上に、この青年は更に多忙な日々を過ごしている。それも彼にしてみればひどく理不尽なやり方で。
 少し痩けた頬を見て、あまり褒められたことではないが、つい先ほどの瓶を振って見せた。
「眠れないなら…どうです?一杯ぐらい」
 そんな様子をちらりと見せた笑みで返し、ラファエルが肩を竦めた。それを返事と受け取り、新たなグラスを持って注ごうとした時、耳にした台詞に思わず動きを止めていた。
「お酒より、ほしいものがあるんだけど」
 ほしいもの。
 思わぬ単語に真顔で彼を見返した。これまで彼が要求してきたものは全て形無いもので、今のようにはっきりと物だと言われたことはない。
「なんでしょうか?」
 半信半疑で聞いてみた。にやり、と笑んだラファエルと目が合う。
「あんた」
「……は…?」
「お前が抱きたいと言ってるんだ」
 がらりと変わった口調にハッとする。冷や汗が浮かんだ。
 普段の彼からは想像もつかないような、位高げな物言い。思いつくのは彼が同調する、彼自身の半身で……。
「……サリエル…?」
 囁くように口から出た言葉に、再び目の前の青年が色濃い笑みを浮かべる。
 形良い唇が少しばかり開かれ、
「さぁ……」
 どうでしょう、とばかりに再び肩を竦めてみせる。その素振りはあくまでラファエルのものなのに、浮かべる表情は明らかにサリエルのそれで。
 その姿にかつての自分が重なった。アミータを前に、マックスを演じてみせた自分。
 だが彼らの場合、外見はあくまでラファエルだ。中身の違いなど、自分のように偽って演じてみせればどうとでも受け止められる。
 はっきりとした区別が付かない分、質が悪かった。
「どっちでもいいだろ」
 いぶかしむ視線を嫌がるように、眉根を寄せたラファエルが顔の前で手を振る。次いでおもむろに立ち上がると、ゆっくりとこちらに近づきズボンへと手を掛けた。
「ちょ……!」
「良いから」
 俺に任せろよ、と笑うラファエルがジッパーに手を掛ける。やめろ、と伸ばした手を逆に掴まれた。鋭い眼差しが向けられる。冷や汗が流れた。
「大人しくしろと言うのがわからないのか」
「そんな…できるはずないでしょう!」
 必死の形相で太股に力を入れ、なんとしてでもズボンが降ろされないよう苦心する。その様子に小さく笑った顔がサリエルを連想させた。
「お前のそういうところは、嫌いじゃない」
 言われた言葉にサッと頬が染まった。
 一回り以上年下の青年。しかも相手はあの元首の息子だというのに、その彼からまるで良いようにからかわれてる自分が情けなくて。
 だがその隙をついてズボンを一気に降ろされた時は、さすがに悲鳴に近いものが上がった。
 やめてください、と身体をよじらせ懇願するが、静かに笑みを浮かべたラファエルがどちらの意志ともわからないまま良いように身体をまさぐる。
「さすがユーベルメンシュ…年の割に肌がスベスベだ」
 露わになった尻を撫でられた。あのカール・マッソウにすら触られたことのない尻をだ。
「ラ、ラファエル様!冗談はよしましょう…こんな……」
「冗談?まさか……」
 下から見上げる顔が浮かべた笑み。ぞっとするような妖艶なそれは、とても十代の青年が浮かべる代物ではなかった。
 その彼が一瞬目を閉じ、再び開く。青緑の瞳が一層輝かしい光を灯らせていた。
「本気だよ」
「ですが…っく……」
 いつの間にか、唾液で湿らせた指先が容赦なくソコにねじ込まれた。当然のように身体が強張る。これから先は未知の世界だ。いや、どうせなら生涯知らないままで過ごしたかった。
 だがそんな気持ちを知ってか知らずか、根本まで埋め込んだ指先をゆっくりと数回出し入れし、こちらの反応を楽しそうに眺めるラファエルが喉奥で笑いを噛みしめる。楽しくてたまらないというように、露わになった尻を甘噛みした。
「…痛ッ……」
「痛いのも良いんだろ?」
 あんたマゾだもんな、と呟く声に再び体が震えた。こんな屈辱は他にない。受ける義理もなかった。
 どうして、と。そんな思いばかりが頭を埋め尽くす。自分は何か彼の気に障ることをしたのだろうか。彼を誘うような行為をしただろうか。
 あまりの悔しさに涙が浮かんだ。
 日々の疲れも相まって、自分が今世界中で一番不幸な人間のような気がしてくる。いや、実際そうなのかもしれない。
 相手は上司の息子で、仮に彼の要求を拒絶してみれば自分の将来は断たれたも同然。別に出世や権威などに興味はないが、家族を養っていくにはそれなりに必要な時もある。おまけに自分には可愛い妻と娘がいて、その彼女たちにこんな姿を見られでもしたら、たぶん自分は一生立ち直れないだろう。
 嫌なことばかりが浮かんだ。浮かんで消えるのではない。浮かんでばかりなのだ。だからそのうち頭がその事で一杯になる。どうしようもなく、追いつめられた。
「綺麗だよな、あんたのココ。花とか突っ込んでも…全然おかしくないんじゃないの?」
 いや、おかしいって!
 追いつめられた頭でも、そこだけはきっちり突っ込んでおいた。
 だがそれはあくまで心の中での突っ込みだったので、結局は彼に聞こえるはずもなく。
ESPという厄介なものを身につけた彼が、次の瞬間その手に薔薇の花を持っていたとしても何ら不思議はなかった。そしてその彼がソレで何をしようとしているのかを、察しないほど自分も馬鹿ではない。
 一気に血の気が失せる。耳の奥で変な音が聞こえた。
「やめ……」
「一輪挿し…か。よし、あとで写真も撮ろうな」
 嬉しそうな声に、喉の奥がからからに乾くのがわかる。そして尻に手が掛かった。ひっ…と押し殺したような情けない声が漏れるが、全て無視された。
「ほら…入る……」
 いやな感触がした。明らかに出口とわかるところに異物が入るのだから、気持ちの良いものでないことは当たり前だが。それにしても酷い。
 今の自分の格好を想像して、あまりの情けなさに死にそうになった。
「……ぅ、く……」
 ボロボロと意志に関係なく涙がこぼれる。
「そう泣くな」
 だがこちらの気持ちを全く察しない様子でラファエルが言葉を続ける。尻に突っ込まれた茎が僅かながら再び奥へと押し込まれた。
「余計泣かせたくなる」
「なにを……」
 思わずギョッとするような台詞に尻に薔薇を刺した状態で身じろいだ。これ以上何かされたら自分はきっと壊れてしまうだろう。それだけは避けたかった。
 だがそう思い探るような目つきで彼を観察してみれば、一瞬眉根を寄せたラファエルが鬱陶しそうに頭を振るのが見えた。
「……わかった。そう怒鳴るな……ああ、軽い冗談だ」
 一体何を言っているのか。
 わからず、呆然と彼を見つめていること数秒。独り言の終えたラファエルが微笑む。
「半身がうるさいからな」
 言いながらおもむろに突っ込まれた薔薇の花を引っこ抜いた。
「……ぁ…」
 声が出たのは無意識だ。恥ずかしさに、一気に耳まで赤くなった。
 その様子にラファエルが苦笑する。
「そうあまり可愛い顔をするな」
「……は、はぁ…」
 もはやなにがなんだか、事態がさっぱり把握できなかった。そんな自分の髪に触れ、乱れているだろう髪を丁寧に手櫛でといてくれたラファエルが胸ポケットから小さな箱を取り出す。
「伝言を伝える」
 そら、とばかりに突き出された箱を反射的に受け止めていた。それを認めてラファエルが淡々と言葉を続ける。心なしか、その表情が妖しい。
 手にした箱も、軽く振ってみれば微かにカタカタと小さな音がする。中身は想像がつかなかった。
「誕生日おめでとう。これからも宜しく」
 にやり、と彼が笑んだ。
「byラファエル」
「なっ…ラファ、って……!?」
「オヤスミナサイ」
 待ての台詞を言う間もなく、その瞬間彼の姿がその場から消え去った。テレポーテーションだ。
 もはや彼がいた場所には何も残っていない。
 だが今のは一体。つまりあれは彼ら二人の姿ではなく、サリエル一人の演技だったというのか。
 確かなのは掌に残る小さな箱だけ。そしてはたと気がつく。なるほど今日は自分の誕生日だった。忙しさにかまけてそんなこと、気づきもしなかった。だが。
「……寿命が…縮んだ……」
 乱れた着衣もそのままに、その場にへたりこんだ。箱を開ける気力もない。
 そして次の日、顔を合わせたラファエルが必死に謝り倒し。
 プレゼントの中身が洒落た薔薇のカフスだったことに、余計疲れを感じたのだった。

 

 



企画後記

 

 

 

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