契約Written by Takumi


 ひっそりと静まった寝室。
 中央に据えられた天蓋つきのベッドに、1人の少年が横になっていた。
 病床歴が長いことを示す細い身体、白い肌が目に痛い。
 だがその顔にはなぜか常に笑みがたたえられ。来訪者と気の利いた挨拶を交わすことさえできた。
 ルトヴィア第三皇子、アルゼウス。
 幼少の頃から聡明であることで次期皇帝の噂も高い少年だ。だが天は二物を与えなかった。
 彼の身体は、既に病魔に侵されていた。
 床に伏してもう数年が経つ。
 年々痩せていくアルゼウス。だがいつまでもその顔から笑みが消えることはない。
 そのあまりの儚さは見る者に涙させた。
 そしてその傍らで、自分も常に胸を掴まれたような気にさせられる従者が1人。
 真摯な瞳で主人を見守る。
 いつ消えてもおかしくない、儚い、だが尊い命がそこにあった。

「エド」
 色を失った唇が従者の名前を口にする。スッとベッド脇に控えていた従者がアルゼウスに近づいた。
「なにか?」
 エドと呼ばれた従者の氷のような美麗がほんのわずか、微笑む。
 それにそっと微笑み返し、アルゼウスは静かに言った。
「お願いがあるんだ」
「はい」
「守ってほしい」
「…………?」
 首を傾げる従者に、わかってるんだ、と悲しげに笑む。
「僕の身代わりを」
 瞬間、エディアルドの表情が強ばった。だがそれを無視して、アルゼウスは言葉を続ける。
「母上達の計画は知ってる。でも、あんなことはさせてはいけないんだ」
 静かだが、力強い口調。
 もし健康体であれば……あり得もしない夢ごとに、エディアルドは胸が締め付けられた。
「ですが……」
 自分も先日聞いたばかりの話をうち明ける。
 乗り気のしない、いや、むしろ嫌悪すら感じるこの計画を。
「フリアナ様は既に使者を立てております」
「わかってる」
「では…………」
「だからお前に頼むんだ。お前しか、影武者の味方にはなれない」
 スッと伸ばされた手が、自分のそれに繋がれた。
 すっかり痩せた、少女のように華奢な指。だが自分の手を掴む力は充分男のそれだった。
「お願いだ」
 再び、静かに言葉を紡ぐ。悲痛にさえ感じられる真摯な青い瞳がまっすぐ自分に見据えられた。
 彼は知っているのだ。
 自分がその使者に選ばれたということを。
 彼の身代わりへの教育者は、一番近くでアルゼウスを見続けた自分が最も適任であるということを。
 それをしばらく見つめ、だが揺るぎない決心をその奥に認めた。
「わかりました」
 言ったと同時に、掴んだ手の力が緩むのがわかった。
 なぜこの主人は自分の現状すら省みずに他人に入れ込むのだろうという想いがエディアルドの中に渦巻く。
 それがアルゼウスの美点でもあるが、やはり近くでそれを見るのは辛かった。他人事より、自分のことに注意を払ってほしかった。
 だがそれを本人に言えるはずもなく。
 今もこうして彼の言われたままに動く自分がいることの矛盾。その事実に、エディアルドはわずかに眉根を寄せた。
「エド?」
 その微妙な表情の変化に気づいたのか、アルゼウスが心配げに首を傾げる。
 その愛しい存在に深く頭を垂れた。静まり返った部屋で、契約を立てる。
「私の主人は、生涯あなただけです」
 どんなことがあろうと。たとえあなたがこの世から失せようと。
 私の主人はあなたしかあり得ない。
 あなたのためなら、どんなことでもしてみせる。
 いくらでも、犠牲を払える。
 だからあなたも。
 いつまでも私だけを見てください。私だけを、想ってください。
 誓いは本心からだった。
 そして誓いと共に生まれる交渉が、常に心の奥底に秘めていた想いを露わにする。
 エディアルドの言葉に、アルゼウスが一瞬表情を驚きの色に染める。
 だがそれもすぐさまいつもの笑顔に変わり、ふわりとその忠義深い従者の額にキスをした。
「アル……ッ!」
 思いもしなかった主人の行いに、エディアルドはすぐさま額を押さえ絶句した。
 高貴な者から目下の者へのキスは、特別な意味を持つ。
 それは生涯変わらぬ友愛の誓い。
「僕の従者も、生涯お前だけだよ」
 目を細め、静かに言うアルゼウス。
 不覚にも、その姿に涙が溢れた。
 だがそのわけがわかっているのか、アルゼウスはなにも言わず、静かに涙を流す従者を見守っていた。
 いつまでも。彼の気が済むまで。
 静かな時が、流れていた―――。


こんな内容の小説を配った奴……趣味丸出し(爆)<去年の冬
とはいえ、現在天バカ最終回ということもあってやや涙もろい今日この頃。
アルゼウス様の笑顔を某所で見かけてからというもの、その涙もろさに拍車が掛かった(爆)
あぁぁ〜…なんで亡くなられたんじゃぁ〜〜(ToT)
気持ちはまさにエド(爆)
というわけで、ネット上に彼のファンがどれほどいるかわかりませんが<当初は俺1人だったような…
1人でも多くの人が、アルゼウス様の面影をいつまでも覚えていてくだされば幸いです。

 




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