遺品Written by Takumi


 広い個室。高い天井。
 戦時中であるため調度品は最低限のものだが、それでも一介の兵のそれとは比べものにならない豪華さだ。
 JG1の司令官室。
 中央にはどっしりと構えた執務机が陣取っている。
 夢にまで見たそのイスに腰を据え、ゲーリングはその座り心地を確かめた。
「ふん……まぁまぁだな」
 口ではそう言いながらも、にやけた顔つきはどうしようもない。
 しばし腰をもぞつかせ、こみ上げる笑いを堪えようと無理矢理渋面を作った。
「やった…ついに手に入れたぞ……!」
 だが一言想いを口にしてしまえば、それまでの努力はあっけなく朽ち果て。ゲーリングは高らかに笑っていた。この世の春だとばかりに、その襟元にはブルーマックスの勲章が燦々と輝いている。
 欲しいものを全て手に入れ、まさに怖いものなし。
 執務室に足をあげ、背もたれにもたれたゲーリングは何気なくその引き出しの1つに手を掛けた。古びた取っ手を握り手前に引けば、そこで目にしたものに顔が強ばる。一瞬にして表情が失われた。
「……………」
 それは一枚の便せんだった。
 所有者のサインが印刷された、特殊なもの。上官のみに与えられた特権だ。
 だがそこに記されたサインを前に、ゲーリングはゆっくりと机にあげた足を下ろす。ついで震える手でそれを手に取った。当然触れる前に自らの軍服で掌を擦って。
 『マンフレート・フォン・リヒトホーフェン』
 今は亡き、上司の名だ。
 部屋の移動をすると宣言したとき十分な清掃がされたはずなのに。何を思ってか、これだけが忘れられていたのだろう。
 まるで謀ったかのように。再びその名をゲーリングの前に現すように。
「大尉……」
 過去何度も口にした単語を唇に乗せる。
 彼の後ろ姿を必死で追い、憧れると同時に激しく妬みもした。自国のエース、空の悪魔。
 だが一歩陸に足を下ろせば、その柔和な性格と笑顔で多くの言葉を交わした。空のこと、 戦争のこと。彼との思い出は決して上司としてのものに限られるものではない。
「満足ですか…望み通り、あなたは空でその命を絶たれた……望み通りに」
 誰ともなしに呟けば、脳裏に蘇る他愛もない会話の数々。
「戦場を離れたら、相手には礼を尽くすべきだと常々言っているはずだろう?」
「お前は優れた技量の持ち主だが、心の余裕がない」
「撃墜するだけではなく、その相手を尊重する心構えがなければ」
 彼はいつも自分との会話で何かを伝えようとしていた。
 騎士道に基づいた正しき道。人を思いやる気持ち。
「きれい事です……全て」
 あなたの言うことは。
 実際にやろうとすれば、これほど難しいことはない。時勢の関係もある、そもそも戦争中に敵を思いやる気持ちなど持てるはずがない。だが……
「そうあることができれば、私にも少しはあなたのような想いが出来るんでしょうか」
 空で死ねたら本望だと。
 ただ空さえあればいいと。
 そんな想いを持つことが出来るでしょうか。
 返らない答えに静かに目を閉じる。手にした紙の感触だけがたしかなものだ。
 鼻の奥がツン…としかけた。
 同時に閉め切った扉を軽いノックが叩く。
「……誰だ」
「リヒトホーフェンです」
 告げられた名前に一瞬腰を浮かせる。まさか大尉が、という思いに動悸が早まった。
 だがすぐさまその考えを否定する。
 あれはロタールだ。レッドバロンと呼ばれ恐れられた、彼の狙撃王ではない。
 もたれたイスから背筋を伸ばして座り直す。パンッと自身の両頬を掌で叩いた。
「司令官は俺だ」
 自分に言い聞かせるように押し殺した声で呟き、キッと視線を扉へと投げる。
 その顔はこれまで見た中で最も彼らしくない、勇ましいもの。
「入れ」
 告げたと同時にゆっくりと扉が開いた。
 それが開き終わる前に、大仰に声を張り上げ再びイスへとふんぞり返る。
「これはこれはリヒトホーフェン少尉」
 強がりの台詞は、ロタールの呆れ顔で見事騙しきれたことを知らせていた。
 司令官という地位。
 長い間焦がれ、切望していた肩書き。
 だが実際に自分が就いて初めてわかる、その責任の重さと計り知れぬ孤独。
 この全てに彼は耐えたのか。
 長い間、あの細い体躯一つで。
 言いしれぬ想いがゲーリングの胸に広がる。
「司令官?」
 押し黙った彼にロタールが怪訝そうに顔を覗き込んできた。
「あ、ああ……なんでもない」
 慌ててその顔を押しやれば、未だに手にしていた便せんに気がつく。同時にぐしゃりと握りつぶした。
 答えを聞こうにも、答える相手はもういない。
 手に残った便せんを、手近のゴミ箱に放り投げた。


最終回のゲーリング、格好良かったよな〜……
というわけで、俺の妄想も多々入ったゲーリングによる今回の小説。
バロンが死ぬのは史実でもあるから仕方がないんだけど、それでもやっぱりあの終わり方がね。
なんだか古き良き時代に戻って現世の苦しみから抜け出したバロンって感じがしてさ<俺的に
とても切なくなっちゃったのだよ。
あぁ…なに言ってるんだ、俺(爆)
本当に、感想上手になりたいよ。もしくは心の内を言葉で巧く表現できる人になりたいな〜。
とはいえ、レッドバロンことマンフレート・フォン・リヒトホーフェンが長く皆さんの胸の内に在り続けますように。

 

 

 

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