『奇跡の人』 Written by Takumi


 空の彼方に見えた、一機の飛行機。
 左翼がもげかかり、エンジン部分からは黒い煙がもうもうと吐き出されているという最悪な状態でふらふらと空をさまよう。
 だが飛んでいるということは、パイロットは無事ということだ。
 それだけで、よかった。
 握りしめた拳をとき、宿舎へ足を向ける。
 不時着を果たしたのか、ざわめきが耳に聞こえた。だが、振り返る必要はない。
 奴はきっと、生きてるから――――。

「んぅ……はっ………」
 貪るようなキスをした。噛みつくように、彼の唇を味わう。
「な…んだ………よ……パード……レッ……!」
 腕の中で困惑したように腕をばたつかせるピロシキを、だが無言できつく抱きしめ、更なる口づけをくり返した。
 その存在を、確かめるために――――。
 あのあと、何事もなかったかのように部屋に帰ってきたピロシキ。
 いくつかのやけどを負い、顔には湿布が貼られているが、いたって元気そうな彼を見た瞬間、それまで悶々と悩んでいた思いが一気にあふれ出た。
 死ぬはずがないと確信は持っていた。
 だが、いざ本人を目の前にすると、その想いは感動にすら達してしまって。
 もう二度と手放さぬようにと思う、たしかな欲情までもが息づいてくる。
 その二つの感情が溢れて、溢れて、どうしようもなくなった。
 気がついたときは、すでに実行犯。
 参った参った、などとほざく彼を問答無用で抱きしめ、口づけ、そして今に至る。
 感情がうまくコントロールできないとは、こういうことを言うのだろうか。
 頭の片隅でそんなことを考えながら、ピロシキの口腔内をたっぷりと舌で味わう。
 そして暖かい、なめらかな舌の感触に、ホッとする。
 うめく彼の声に、安堵を覚える。
「も……なに…がっついて……んだ……」
 唇の合間からでる苦情。だがそれも生きてこその代物だ。だからよけい、愛しいと思う。
 ピロシキのすべてを、感じていたかった。
「心臓が………」
 声を出すと、震えている自分に気づく。
「心臓が…止まるかと……思った………」
 唇を離し、彼の肩口に頭を埋める。彼の薫りを吸いたくて。
「………パードレ?」
「あんな思いは……もうしたくない………」
 きつく抱きしめ、存在を確かめる。いたい、と小さく呟いた彼の言葉も無視して。
 この腕を離すぐらいなら、このまま死んでもいいと思えた。
 だが腕の中の彼は、そんな俺の気持ちなど知る由もなく、ひょうひょうとした口調で答える。
「しょうがねーよ。飛行機乗りなんて死と背中合わせだ。いつ死んだっておかしくない」「でもっ………!」
 肩口に顔を埋めながら、抗議の声をあげた。
 飛行機乗りの命が保証されないなんて、そんなことは知ってる。知らない奴の方がおかしい。
 でも、それを改めて、しかもこいつの口から聞くとなると話は違ってくる。
「耐えられない!……お前を失うなんて………」
 最後は囁きのように小さな声で自分に言い聞かせるかのように呟いた。
 だがまるで女のようだ、と内心自分に自嘲の笑みを送る。
 そして仮にもクリスチャンの身でありながら、禁忌とされる同性愛に身を投じた自分を欺きながら。
「バカ、縁起でもねーこと言うなよ」
「お前を失ったら……きっと俺は…生きていけない……飛行機にも、二度と乗らない…」
「……………パードレ?」
「だめなんだ……俺は…お前がいないと……」
「お前……なに泣いてんだよ?」
 びっくりしたピロシキの言葉に、え、と顔を上げる。
 冷たいものが、頬を伝っている事実に気づく。
 ――コレハナンダ――
「いい歳して、勝手に人殺して泣くんじゃねーよ」
 頬に触れる、暖かい彼の手の感触。
 唇の感触。
「俺は……俺は………」
 言葉が見つからない。だが涙は止めどなく溢れる。
 そんな俺をベッドへと導いたピロシキが、静かに俺を抱きしめた。
「大丈夫。俺は死なない」
 そっと耳に囁かれる言葉は、力強い意志を伴い俺自身に届く。
 目を見開き、そんな彼を見つめた。
 絡み合った視線の先で、彼が笑う。
 それだけで、よかった――――。

「いっ………!」
 翌朝、食堂へ向かう廊下でピロシキが顔をしかめた。
「どうした?」
「………なんでもねーよ」
 俯いて答える彼の様子がおかしく、耳元に唇を寄せ、低く呟いた。
「昨夜の、か?」
「ちがうって!」
 とたん真っ赤に赤面して顔を上げるピロシキだ。その動きがまるで小動物のようでついついからかいたくなってくる。
「すまない……理性がきかなくて………ひどいことをしたと反省してる」
「だからそうじゃねーって!」
「でも……昨日はいつもの倍激しかっただろ?お前、途中で失神したし……」
「ばっ……あれはお前が………!」
「俺が?なにしたって?」
「〜〜〜〜〜ッ!」
「はっきり言ってくれないとわからないぞ?」
 いかん、どうも口元がにやけてしまう。
 そしてようやくからかわれていると悟ったピロシキが、廊下中に響くようなバカ声で、
「やけどッ!」
「………は?」
「やけどが服にこすれていてーんだよッ!」
 俺に蹴りを入れながら答える。そういうところも可愛いと思えるのだから、俺もかなりの重症だ。
「そうか、ならよかった」
「全然よくねー!!」
「俺が原因でないというだけで、充分安心だ」
「そういう奴だよな!お前って!!」
「だが昨日はよかっただろ?」
「んなこといちいち言えるかーッ!!」
 可愛いピロシキ、どうか永遠にそのままでいてくれ。


泣き上戸、パードレ(爆笑)
実を言うとこれが初めて書いた天バカ小説だったりする。
連載1回目にして既に彼らをくっつけていた俺は……(-_-;)
しかもこのパードレ、反則じゃねーか?(笑)
もうまるっきり別人だし(笑)
アナザーにも限度があるというのが今回よくわかりました(笑)
でもパードレが卑わいな単語を口にすると通常の倍エロく聞こえると思うのだが……どうだろう?(笑)

 


戻る