『大晦日の夜は…』 Written by Takumi


 あと数分で今年も終わり。
 見るともなしに見ていたテレビから視線を外し、窓の外へとやれば儚く舞い降りる粉雪が目に入った。
 ほっとため息をつく。
 肩を抱きしめたのは無意識。
 隣にいるはずの温もりがないことへの、抗議だった。
「嘘つき」
 ずっと一緒にいるって言ったじゃない。
 囁きに近い言葉が唇を飛び出した。
 だがそれに返ってくる返事はない。


「今日は無礼講だぁー!」
 テーブルの上にウォッカを片手に暴れるのは、存在自体が無礼講な男。
 だが今日ばかりは誰もそれを咎めることなく、おお、と頼もしい答えが返ってくる。
「ピロシキ、お前自分ばっか目立ってんじゃねーよ!」
「ヘイ、カウボーイ!今年も一年お世話になったな!」
「うわっ…馬鹿、酒ぶっかけんじゃねー!」
 テーブルの下から抗議をした青年に、良くやったとばかりに手にした酒を浴びせると場が一気に盛り上がった。
 ずぶ濡れになった青年が顔を真っ赤にしながら怒る。
 だがその顔も本気で起こっていないことは明かで、自然周囲の酒を飲むペースも上がっていった。
「……最終的に誰が面倒見ると思ってるんだ」
 バーの隅っこ、目立たない席で静かに杯を交わしていた2人がうんざりとした顔でその様子を傍観している。
 漆黒の髪の青年がフー…とため息をついた。
「あれだけ今日は潰れるなと言ったのに」
 短髪の男は首から下げたロザリオを握りしめ、大げさに首を振った。
「こっちも一応無駄とは思いつつも忠告したんだが」
 そして視線を合わせ、再び大きなため息をつく。
「お互いやっかいな奴に惚れたもんだ」
 2人の胸中を知ってか知らずか、バーの騒ぎはそれからますますエスカレートしていくのだった。


「どうした」
 全然飲んでないじゃないか、と肩を掴んできた野性味溢れる男の手を邪険に払った。
「だって…こんなの全然大晦日じゃないですよ」
 故郷の大晦日を思い出し、少しばかり熱を持った目頭を押させる。
 目の前に並んだ豪華な料理と贈り物の数々。状況としては明らかにこちらの方が豪華なのに、気持ちは一向に高揚しない。
 それどころか、極寒の地で迎えたささやかな料理と慎ましい贈り物が懐かしかった。
「そうか?俺にとってはこれがまさに大晦日なんだが」
 豪快に酒の杯をあおりながら、そんなことを言う男が傍らに座った美丈夫に同意を求める眼差しを送る。
「カイは北陸の出ですからね。年末と言えばそれこそ雪で覆われた世界が当たり前だったんでしょうよ」
 穏やかな声と同時に、果物はどう、と皿を勧められる。
 それを断りながら、外を眺めれば暗い砂漠が広がった世界が目に入った。初めて体験する雪のない大晦日。
「まぁ、様子は違えど今日は大晦日だ。しっかり飲んで食べて、少しは成長しろ」
 言う手がどさくさに紛れてそんな彼女の尻を撫でる。
「なっ…なにするんですか!」
「ん?知らんのか…身体は触った方が成長するんだぞ」
「誰が触って良いって言ったんです!」
「お前の尻が……」
「言ってません!」
 ぎゃいぎゃいとうるさい2人の傍らで、静かに杯を傾かせる刺青の男が小さくため息をついた。
「もう少し静かな大晦日がしたい……」
 だがその声は却下されたのか、誰に返事を返されることもなく静かに夜は更けていった。


 目の前に置いた紅茶がすっかり冷めてしまった。
 入れ直そうと立ち上がったところで、何の前触れもなくドアが開く。入ってきた騒音に思わず立ち止まった。
「あっれ〜、白雪ちゃん紅白見てないの〜?」
 朗らかな笑みと共にプラチナブロンドが驚いたように目を見開く。手にしたシャンパンの瓶には綺麗なリボンが掛かっていた。
「エイゼン、入り口で止まってないでとっとと入りな」
 続いて我が家の如く入ってきた、少年と見まごうほどの女性が乱暴に靴を脱ぐ。その彼女の横からなんとか身体を滑り込ませてきた少年は、大きな箱を脇に挟んだ状態で靴を脱ぐのに必死なのか一言も喋らない。
「……どうしたのよ」
 少し乾いた声が出た。
 他になんと言えばいいのかわからなくて。
 だが一斉に振り返った顔がどれも優しくて、知らず泣きそうになる自分を自覚する。
 それまで黙っていた少年が微笑んだ。
「みんなで一緒の方が楽しいと思ってさ」
 その声に、キュッと唇を噛みしめた。
 続いて他の二人も口々に声をあげる。
「そうそう、可愛い女の子がせっかくの年越しを一人で過ごすなんて罪だってね」
「まぁ、何かを理由に騒ぐのは大賛成だから」
 いつの間にか、ちゃっかりテーブルに陣取ったのがあまりにらしくて微かに眉根を寄せた。
「しょうがないわね」
 微かに声が柔らかいのが自分でもわかる。
 冷めた紅茶を下げながら、肩越しに振り返った。
「今年最後の紅茶を入れてあげるわ」
 返ってきたのは満面の笑みとガッツポーズ。
 待っていた人は来なかった。だが、もう一人ではない。
 紅茶を入れる手を一旦止め、E−74は静かに笑んだ。


色々と突っ込む点はあるんですが……あえて無視して(笑)
今年ももうあと数時間で終わりですよ。ただひたすら「早かったな〜」という感想しかないんですが。
HPを創立してからというもの、本当に沢山の人と出会うことができました。
来年も更に充実した一年が過ごせると良いですね〜(=w=)
なにはともあれ、今年も一年本当にお世話になりました。

 

 

 

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