Today is "Pocky Day"
Have a good time!

『記念日を祝おう!』 Written by Takumi


 どこの世界でも、その国独特の記念日というものがある。
 海の日、勤労感謝の日、敬老の日。
 そしてつい先日、火星でも政府を通して新たな記念日が設立されたのはまだ人々の記憶に新しい。
 発案者は元首として国民の信頼を一身に背負ったユージィン・アフォルター。
 八大財閥の一つ、アフォルター家の総帥としても有名な彼が今回この記念日を発案し、更には実現にまでこじつけたのはその莫大な財力ゆえだという声もあるが。
 結果として国家的休日がまた一つ増えたことに、異論を唱える国民はいなかった。
 そして今日、その記念日が正式に発表され初めての施行日が訪れた。
 11月11日。
 俗に言う、ポッキー記念日だった。

「だからそうじゃないって言ってんだろ!」
 アフォルター私邸の一室で上がった怒声に、部屋の前を通り過ぎようとしていた執事がビクッと大きく身体を竦めた。
 声の主はアロイス・アフォルター。
 次期アフォルター総帥の声も高い少年のものだが、実際は長年地球で暮らしていたため火星に住み着いたのもつい先日のことだった。
 完璧なユーベルメンシュとして突如目の前に現れた彼は、その人智を越えた力で国民を魅了し、今では父親のユージィンに並ぶ人気者である。
 だがそれはあくまで表の顔。
 裏の彼は長年の空白をどう埋めて良いのかわからず戸惑っている様子がありありとわかり、いつ爆発するかわからない不安定さを併せ持っている。
 それゆえ、アフォルター邸の使用人全てが彼を遠巻きにしていることも事実で。
 それが更に彼を孤独へと走らせていることもまた事実だった。
 だが今日は違う。
 午前中に情報部長官のヴィクトール・クリューガーから通信が入り、その後やって来た数人の地球人が今はアロイスを取り囲んでいる。
 彼の笑い声を聞くことは、もしかしたらこれが初めてかもしれない。
 執事はそう思い、だがすぐさま自分の仕事へと頭を切り換えたのだった。
 そして一方部屋の方では……。
「違うって何回言ったらわかるんだよ!今日が何の日か、知ってんだろ!?」
 顔を真っ赤にしながら怒鳴るラファエルの前では、無表情を決め込んだシドーが無言でポッキーを食べている。
 だがその様子に更に腹を立てたラファエルが容赦なくその手からポッキーを箱ごと奪い取った。
「どうなんだよ!」
 今にも噛みつきそうな勢いで問い詰めれば、ため息をついてようやくシドーが口を開いた。
「ポッキーの日だろ」
 それがどうした、と言いたげな口調にラファエルが更に声を荒げる。
「わかってんならちゃんと…」
 言いながら、無造作に手にしたポッキーを数本掴むと、
「こうしろよ!!」
 鼻の穴に一気に突っ込んだ。
 一瞬二人の間に落ちた沈黙のあと、シドーが相変わらずの無表情で淡々と言う。
「断る」
「なんでだよ!今日はポッキーの日で、ポッキーが何本穴に入るかをみんなで競う日だって、お前も知ってるんだろ!?」
「……お前はそれで良いのか」
「なにが…そ、そりゃたしかにあのクソ親父の決めた祝日だけど、それなりにメリットだって…」
「優勝者には一年分のポッキー…なるほど」
「あ、馬鹿!見るなよ!」
 シドーが手にしたチラシを慌てて奪い取る。
 そこには鼻の穴にポッキーを数十本単位で突っ込み、笑顔で手を振っているユージィンの写真と同時に『ポッキー記念日』の文字がでかでかと書かれていた。
 とどのつまりは、そういうことだった。
 要するにポッキーがどれだけ鼻の穴に入るかを国民単位で競い合おうというのだ。それはつまり国民全員で一つの目標に向かい精進し、最終的には国家団結を推し量ろうと。
 どこまで本気かわからない計画は、だが国の第一人者でもあるユージィンが言えば自然説得力が出てくる。
 お陰様でここ数日のポッキーの売り上げは鰻登りだったそうだ。
 だが、人には持ち前のキャラというものがある。
 常日頃から寡黙・冷静・知的をウリにしているシドーにとって、たかだか菓子一年分のために自分を捨てることは無意味だった。
 おまけに部屋にはアブドゥルやクルゼルといった馴染みの連中と一緒に、当然のようにグッドリーも付き添っているのだ。
 彼女にはそんな姿、死んでも見せられない。
 シドーにはシドーなりの事情というのがあるのだ。
 そう思い、断ろうとした矢先に傍らで嬉しそうなクルゼルの声が上がった。
「見てください、シドーさん!」
 なぜ自分を呼ぶのか。
 げっそりとした顔で声のした方を振り向いた瞬間、普段は無表情のシドーの顔が固まった。
 クルゼルは…鼻の穴と耳の穴にポッキーを突っ込んでいたのだ。
 それを見てラファエルは、ほれみろ、とばかりに大声を上げる。
「ほらな!あれが正しい国民の姿なんだよ!クルゼル、お前それで何本突っ込んだんだ?」
「えっと…全部で18本です」
「18か…結構良い線行ってるな」
 うんうん、と頷きながら負けてなるものかとラファエルも新たにポッキーを開封して数十本をまとめて掴みあげた。
 こうなると誰にも止められない。
「どうだ!」
「わぁ、すごい!!」
 というやり取りを聞きながら、たまらずため息を吐き出そうとした時。
「……いた、痛いわ…。シドー君、ちょっと見てくれない?」
 聞き慣れた声にビクッと体をすくませた。
 この声は…そして、この内容は……。
「グッドリー少尉…」
 誰か夢だと言ってくれ。
 シドーの心の叫びはまさにそれだった。
 そこにいたのは鼻の穴はもちろんのこと、クルゼルに負けじと突っ込んだ耳の穴に、更には睫毛の上とポッキーを乗せたグッドリーの姿だった。
 しかもその手にはしっかりと先ほどのチラシが握られている。
「商品ほしさに頑張ってみたんだけど…やっぱり駄目ね。なんだかさっきから目が痛くて…」
 言われて恐る恐る彼女の目を調べようと近づいたが、すぐさま肩を落とし診断を下した。
「グッドリー少尉」
「はい?」
「プリッツのサラダ味は目に入った場合危険ですからやめた方が良いと思います」
「あら…ポッキーより軽いから沢山乗ると思ったんだけど…」
 恥ずかしそうに言う彼女を目の前に、再びこれが夢ならどんなに幸せだろうと自分に問いかけてみる。
 まさかあのエリートで美人で、誰にでも好かれるグッドリーがたかだか一年分のポッキー目当てでそれら全てを捨てる行為に出るとは。
 だが落ち込むシドーを目の前に、慌ててプリッツを全て引っこ抜いたグッドリーは、だがはにかみながらも背後を探り、
「じゃあはい、バター味。シドー君も一緒に頑張りましょうね♪」
 笑顔で悪魔の誘いをしてきた。
 背後では相変わらずラファエルとクルゼルがやれ20本入ったの、今度は25本に挑戦だのと騒いでいる。
 そのすぐ脇ではひっそりとアブドゥルが髭に何本ポッキーが乗るかを試している。
 部屋にいる中でポッキーを突っ込んでいないのは自分だけ。
「ね?」
 そして目の前では満面の笑顔のグッドリー。
 逃げ場はない。
 直感的にそう思った。
 これまでも数多くの危機に面してきたが、今やっとわかった。
 本当に怖いものは自分が想った以上に身近に存在するのだと。
 やがてシドーがプリッツに手を伸ばし、第一回目のプリッツキングに選ばれたかどうかは神のみぞ知る。

 そしてそんな騒々しいやり取りが繰り広げられる一方で、情報部長官室でも小さないざこざが起こっていた。
「だからなぜ俺がお前の決めた下らないルールに従わねばならんのだ!」
 罵声をあげるのはこの部屋の主、ヴィクトール・クリューガーである。
 その目の前のソファーでは、悠々と足を組んで美味しそうにポッキーを食べている元首のユージィンが、クスクスと笑いを噛み殺しながらそんなヴィクトールを見上げた。
「国民の祝日…つまりは君も火星の住人だから、そのルールに従う必要は十分あるんじゃないのかな?」
 グッと言葉に詰まるヴィクトール。
 事の起こりは、例によって朝から多忙を極めるヴィクトールの部屋にポッキー片手に「勝負だ〜!」とかなんとか言いながらユージィンが殴り込んで来たのがそう。
 元々このポッキー記念日に反対を唱えていたヴィクトールにとって、この案が通ったことさえ腹立たしいというのに、その発案者と何が悲しくてポッキー突っ込み大会などをしなくてはいけないのか。
 そう思い、しばらくは無視して片づけなければならない書類に目を通していたが、その脇で一人で騒々しくも何本入ったかで一喜一憂しているユージィンを目の前に、切れたのがつい先ほど。
「ちなみに僕は今のところ28本で、現段階で最多本数は…えっと32本らしいよ」
 すごいよね、と胸元から取り出した極小通信機で秒単位で報告されるポッキー突っ込み本数を確認しながらユージィンが嬉しそうに手にしたポッキーの何本かをヴィクトールに差し出した。
「そこで、君にはぜひユーベルメンシュ代表として打倒40本の壁を越えてもらおうと思って」
「馬鹿か」
「マックスも頑張ってくれたんだけど、途中でサリエルが邪魔してさ…せっかく39本までいったのにね」
「黙れ。帰れ。今すぐ消えろ」
「……ふぅん、そういうこと言うんだ?」
 とりつく島も見せないヴィクトールに、ついに堪忍袋の緒が切れたのか。
 一瞬沈黙したあと、見る者をぞっとさせるような笑みを浮かべたユージィンが執務机に座ったヴィクトールに身体を密着させた。
「……おい」
「さっき言った32って数字、鼻の穴と耳の穴と睫毛を使った本数なんだけど」
 身体をよじり苦情を訴えるヴィクトールを無視して、その耳元に唇を近づけ囁く。
 時折わざと息を吹きかけ、耳朶を甘噛みすることも忘れない。
「あれさ…」
 そっとヴィクトールの下肢に向け、手を伸ばす。
「アソコに入れたらもっと行くよね?」
 握った。
「……ッ…」
「だっていつも君のこんな…のが入ってるんだもん」
 クスクスと笑いながらも、だがソコを掴んだ指先は巧みに動いて確実に快楽を促そうとしていた。
「貴様……」
「でもさすがに自分じゃ入れられないから…君に入れてもらいたいんだけど」
 手を動かしながら、顔をヴィクトールに向けチュッと触れるだけのキスをする。
 そしてそのまま上目遣いで目の前の彼を見つめ、一言。
「ダメ?」
 ごくり…と唾を飲む音がしたのが同時。
 やがてヴィクトールの手がゆっくりと伸びてくるのを、ユージィンはしてやったりという笑顔で迎えた。
 その年のポッキー・キングに発案者の元首自らが選ばれるというセンセーショナルな事件が起きたかは…神のみぞ知る。


事の起こりは、それこそ日々書き連ねてる日記で冗談交じりに言った一言。
『明日に向けて今から鼻の穴に何本ポッキーが入るか競うシドー&ラファなんて短編を書く…気は更々ありませんが(笑)』
これを書いたときは本当にその気はなかったんだけどね(^-^;
よくよく考えてみると今年はロクに記念企画をしてないし、最近は日記の更新ばっかりだと思って。
運良くスラスラとネタができていったのを良いことに、軽い気持ちで書いてみました。
結果としては…なんか、そういえば俺って元々はこういう路線の人間だったよな、なんて昔を懐かしく思ったりして(笑)
最近はやけにシリアスとか妙にしんみりくる話を書いてたんで、忘れてましたが。
基本的にやっぱりこういう話が書きやすいみたいです、自分(笑)
というわけで、本人は言うまでもなく楽しく書かせてもらったんですが、訪問者の方が一人でも楽しんでもらえれば幸いですm(_ _)m

 

 

 


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