Thank you St. Valentaine's Day!
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甘辛い恋のかたち』 Written by Takumi


 その日は朝からオロキ鳥便があとを絶たなかった。
 原因は各島々に存在するトルハーンの妻達から贈られてくる、夫宛のバレンタイン・チョコレート。
 オロキが一声鳴く度に、手下の誰かが慌てて迎えに行く。今日だけでもう何度船縁と船長室とを行き来していることか。
 しかも良くできた妻達はチョコレートだけでなく、必ずそれとは別に何かもう一品気の利いた品を贈ってくる。たとえばそれはトルハーンの好きな酒だったり煙草だったり。
 数多くの贈り物は、朝からの配達で既に船長室には置く場所がないほど。
 仕方なく置ききれない贈り物は甲板の隅にまとめて置くことになった。だがそれも既に小山状態といったところか。更に贈り物が来る気配はあとを絶たない。
「まったく、うちのお頭はもてていけねぇや」
 苦笑混じりの笑みを交わす手下達も、だが副長の仏頂面を見たときにはさすがに押し黙り足早にその場を去っていった。
 今朝から眉間の皺が刻一刻と深くなりつつある副長のソード。不機嫌の原因は早朝からオロキの泣き声で叩き起こされたことでも、そのオロキが排出する便の処理でもなく。
 船縁に腰を据え、海原に視線を定めた頭のあまりに清々しい表情そのものに対してだった。
 この大海原で誰よりも恐れられている大海賊。その自分たちを統率しているトルハーンは溢れる闘争心を持つことで有名だが、今の彼からはそんな気配は微塵も感じられない。
 むしろ今は色違いのその瞳を水平線に向けたまま、失った左腕が空しく宙を切っていた。
 穏やかな空気。平和なひととき。
「お頭、またオロキが来ました!南の方角からです!」
 どこからか手下の声がする。その声に誘われるように、トルハーンがゆっくりと顔を南に向けた。その拍子に風にすくわれた髪の毛が緩やかに波打つ。
「よぅ…お疲れだったな。どっから来たんだ?ん?」
 同じように船縁にとまった大柄な黒鳥を恐れることなく撫でてやりながら、トルハーンがその足首に括られた手紙を器用に解いた。
「あぁ、メギーからか」
 その顔がほころぶ。対してソードの眉間にまた深く皺が刻まれた。
 別にトルハーンのにやけ面が気に入らないわけではない。それなら毎日嫌と言うほど見慣れてる。
 問題は彼がにやけてる対象だった。彼の妻、伴侶が贈る愛の形。それに対してなんとも穏やかな顔つきで迎える、その愛を受け取る夫。
 いくら努力しても自分はその中には入れない。わかってはいても、どこか釈然としないから機嫌は悪くなる一方だった。
 だがそれを知ってか知らずか、目の前でオロキを相手にいくらか言葉を交わすトルハーンが嬉しそうに手を挙げこちらを振り返る。
「ソード、アビーの奴がユリ・スカナの火酒を送って来てくれたぞ!」
 それも超極上品だ、と嬉しそうに笑いながらそれらしき瓶を振り上げた。衝動的にその瓶を叩き割りたい気持ちを抑えて、そんな彼に近づく。
「火酒…か」
「ああ、お前好きだったよな?」
 無邪気に笑う彼。ふぅん…と返し、手を伸ばす。
「なに?」
「毒味させろ」
「あぁ?なに言ってんだ、お前」
 馬鹿か、と思いっきり顔をしかめた奴の腕から無理矢理瓶ごと奪い取る。文句を言いながらも従うのは、過去に何度か同じような手口があったからで。
 その度にこうして毒味をするのがソードの役目だった。
 別に副長だからというわけではなく、ただ自分が毒慣れをしていたからという理由で。かつて自分も船長だった頃、同じように頻繁に狙われたことから自然身に付いた特技とも言えない体質だった。
「……悪くない」
 飲み干したところで呟いた。悪くないどころか、さすが愛する夫君に贈る酒なだけにまれに見る極上品だった。
 だがその旨味が愛の濃度を連想させ、少しばかり顔をしかめる。
 トルハーンが大好きでたまらないアビー。彼女のことは同じ海賊としては尊敬もしてるし、女だてらに島一つを統率するその敏腕ぶりにも敬意を払ってる。
 だがトルハーンの女房という立場で見れば、これ以上嫌らしい存在もない。
 妻という絶対的な位置。戸籍上の血族。残るは彼との血を分けた二世達。
 そのどれもが自分が手に入れられなかったものだから。この先もずっと、どうあがいても手に入れられないものだから。
 口に残るワインの香りに舌打ちし、彼女の存在をせめて自分の周りからはうち消そうと唾を何度も吐き出した。
「なんだよ」
 毒でも入ってたのか、とその様子を見とがめたトルハーンが顔をしかめて見つめてくる。本当はそんなこと微塵も感じていないくせに。妻には絶対的な信頼を置いてる人間が言わせた台詞だった。
 それがわかっているから、わざと笑ってやった。滅多に見れない副長の笑顔だ、しっかり記憶に刻み込んでおけとばかりに。
「味見するか?」
 何気なく呟いた言葉に、案の定嬉しそうな顔のトルハーンが大きく頷く。
 ふと頭に意地悪な考えが浮かんだ。いや、本当は微笑んだときから考えていたのかもしれない。そんなこと、どうでも良かった。
 じゃあ…と腰をかがめて彼との距離を取る。色違いの瞳を少し上から見下ろした。
「飲ませてやるよ」
 少し戸惑った表情を浮かべるトルハーン。
 その瞳に、口移しなんて無粋なことはしねぇから心配すんなよ、と目だけで訴える。
 栓を抜いたままの瓶を自らの頭上に持ち上げた。怪訝そうな顔のトルハーンに、もう一度微笑む。そして、瓶を逆さまにした。
「うわっ…馬鹿!てめぇ、なに勿体ないことしてんだよ!」
 頭から火酒を被ったソードを前に、仰天したトルハーンが慌てて腰を上げた。その拍子に船縁にとまっていたオロキ鳥が大きく羽ばたき上空に舞い上がる。
 ポタポタと髪の毛から、服の裾から遠慮なく火酒の滴が垂れ落ちる。むっとする匂いが立ちこめた。
「あ〜…あ……」
 床まで濡らした極上の火酒の名残にがっくりと肩を落とすトルハーン。だがその俯いた顎に手を添え、ぐいと持ち上げる。
「飲めよ」
「あぁ?なに言ってんだ?」
「俺の身体から、直接飲んでみろ」
 できるだろ、とずぶ濡れの髪の毛をかき上げ、ひょいと首を傾げて見せた。
 こちらを見つめる色違いの瞳がしばらく動きを止め、次いでにやりと笑みをかたどる。なんだよそういうことか、と独り言のように呟いて立ち上がった。
「構ってほしいならほしいって、最初からそう言えよな」
 来いよ、と再び船縁に座り、大きく足を開く。膝の上に座れと指示され、大人しく従った。
 幸い乗員はみんな見て見ぬ振りをする物わかりの良い連中だけに、人目を気にすることもない。
「へぇ…匂いはさすがだな」
 スンスンと首筋に鼻を近づけ匂いを嗅ぐ。手は腰に添える程度に掛かった状態。だがそんな些細な仕草ひとつでも、僅かに掛かる吐息に刺激され息を詰めた。
「……っ…」
「味は…あぁ、やっぱり極上ものだ」
 ズンと来るね、とその首筋に舌を這わせながら器用に腰を押しつけ、その高ぶりを布越しに臆面もなく伝えてくる。まだ日は高いが、そんなことは関係なかった。
「…杯の…おかげ、だろ……」
「そうだな。入れ物が良いから酒もいっそう美味く感じられる」
 言うと同時にグッとお互いのソコを擦り合わされた。
「……ぁ、…」
「でももっと美味しく飲ましてくれるんだろ?」
 挑発的な台詞。だが拒む理由が見つからなくて、そうだ、とばかりに口づけた。
「ベッドに行くか?」
 濃厚な口づけの後、囁かれた台詞に首を振る。あそこはライバル達の巣窟だから。お前を想う連中からの贈り物で溢れた部屋で抱かれたくはないと。
 目の前の男を強く抱きしめることで答えた。
 頭上を舞うオロキ鳥。
 その数は先ほどの倍にもなっている。どの足にも大切そうに手紙と贈り物が括られて、主人が気づくのを待っている。
 だが生憎だったなと、その光景に密かにほくそ笑んだ。
 お前達の思い人は、今だけは俺だけのものなんだと。
 誇示するように、再びソードは目の前の男に熱い口づけをねだった。

「カリエ、お茶にしませんか?」
 一方こちらは平和な船内。一段落ついた縄編みの作業にホッと安堵していた頃、ふと頭上から掛けられた声にカリエは満面の笑みで振り返った。
「する!」
 元気いっぱいな返事に同じく微笑むのは、美女とはまさにこの人のことを言うのだと誰もが納得する美貌を持つラクリゼだった。
 その手には湯気の立ったカップが握られている。
「熱いから気をつけてくださいね」
 だがそれを受け取るカリエはほんの少し、それこそわからない程度の苦笑を浮かべた。
 たしかに自分の好物はホット・チョコレートだと言ったが、今は南海を航海中なだけに真夏並みの暑さだ。その中で長時間の労働を強いられたあとのお茶にホット・チョコレートは拷問に等しい。
 だが彼女の親切を無下にはできない。
 ありがとう、と微笑んでカップを受け取った。案の定、取っ手を握っただけで叫びそうなぐらい熱い。
 見れば表面はグツグツと煮立っている。
 ふと、ラクリゼは料理が不得意だったことを思い出した。
 だが今更断ることもできない。あの過酷な海賊流の儀式もなんとか乗り越えられたのだ。今更熱いチョコレートの一つや二つ、どうってことないだろうと自分を鼓舞する。
 いざ、と気合いを入れてカップを傾けた。ラクリゼの期待に満ちた視線がまとわりつく。
 だが一口飲み込んだところで、カリエの顔が強ばった。
「……ラクリゼ…」
「はい?」
「これ…本当にチョコレート?」
 怖々といった様子で問いかけるカリエに、はい、とこれまた極上の笑みで答えるラクリゼ。
 だがその微笑みを前に、なんとも言いにくそうに口ごもった後、
「……しょっぱいよ」
 ついに告げた。その時のラクリゼの顔をどう表現すればいいのか。ショックを通り越して、無に近いものがあった。彼女はある意味悟りの境地に達したと言っても良い。
「……え…」
 形良い唇からそれだけが発された。そんなにショックだったのか、見る者が思わず一歩後ずさるほどその目は生気がなかった。
「たぶんね、海水で溶いたんだと思う」
 ずばり原因を言い当てられて、すみませんでした、と消え入りそうな声で謝りラクリゼはそのままフラフラと退場していった。
 残ったカリエは手にしたカップの中身をどうしようかと迷い、結果鼻をつまんでなんとか一気に飲み干す。
 一応これでラクリゼの気持ちは受け取ったことになる。
 だがそれよりも何よりも。
 問題は当のカリエが今日がなんの日か、まったく知らないことだった。
 ラクリゼなりの愛の告白はまたもカリエの胸には届かず。
 その想いが報われる日は、たとえ女神と契約を果たした者にも見抜けないのだった。


宣言通り、今年のバレンタインは血伝で決めてみました。背景色もばっちりピンクです。
去年まで散々ナオミだのホモだのを扱って来ましたが、今年も今年でホモとレズ(爆)
微妙にはずしまくりです。
でも今回は書いてる途中で「やべぇ…ソード、これじゃあ攻めだよ…」と思い、無理矢理受けモードに切り替えたり。
それにしても手下達にとっては良い迷惑だよね、こりゃ(笑)
「お、おい、あれ…」「馬鹿!死にたくなかったら目ぇ逸らしていつも通りにしとけ!」なんてやり取りがあちこちで取られてそうです。
何気にトルハーン海賊団は胃痛持ちが多かったりして…(笑)<ストレス性?
とはいえ、世間は平和なバレンタインデー。
関係ある人もない人も、まずは共に浮かれつつ今回の企画を楽しんでもらえれば幸いですm(_ _)m

 

 


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